婚約者ですか? 熨斗をつけて差し上げますわ!悪役令嬢を全力で応援する!

パリパリかぷちーの

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「夢……夢ですわ。あれは絶対に夢です」

実家であるクロイツ伯爵邸。
愛する自室のベッドの上で、わたくしカテリーナは芋虫のように布団にくるまっておりました。

昨夜の出来事。
馬車の中での密着。
そして、アレクセイ様の甘い囁きと、不意打ちのキス。

『お前の老後は、俺の隣にある』

その言葉が、頭の中でエコーして離れません。

「ありえませんわ……! あの氷の公爵が、わたくしのような干物女を好くはずがありません。きっと、新手の拷問か、からかわれているだけです!」

わたくしはブンブンと首を振りました。
そうです。
彼はわたくしの反応を見て楽しんでいるだけ。
「珍獣観察」の延長線上に過ぎないのです。

(危険ですわ。これ以上あの男に関わると、わたくしの心臓が持ちません。……しばらくは仮病を使って引きこもりましょう)

そう決意し、布団を頭まで被り直した、その時です。

コンコンコンコン!

激しいノックの音が響きました。
侍女のアンナの声が裏返っています。

「お、お嬢様! 大変です! 起きてください!」

「……嫌よ。わたくしは今、重い病(恋の病ではなく、ただの怠け病)に侵されているの」

「そんなことを言っている場合ではありません! いらっしゃったのです!」

「誰が? 死神?」

「ある意味そうです! ベルンシュタイン公爵閣下が、当主様(お父様)に面会にいらしたのです!」

ガバッ!!

わたくしは布団を跳ね除けました。
病は一瞬で完治しました。

「な、なんですってーーー!?」

「しかも、大量の荷物を抱えた使用人たちを引き連れて……! これはただ事ではありません!」

(外堀を埋めに来た……!)

わたくしの脳裏に、昨夜の彼の不敵な笑みが浮かびました。
まさか、翌日の朝一番で攻め込んでくるとは!
行動力が化け物クラスです!

「お、お父様は!?」

「応接間でお会いになっています。お嬢様もお呼びするようにと……」

「行くわ! 阻止しなければ!」

わたくしはパジャマのまま飛び出しそうになりましたが、アンナに羽交い締めにされました。
「着替えだけは! せめて着替えだけはしてください!」という悲痛な叫びに、わたくしは音速で着替えを済ませ、応接間へと走りました。

***

応接間の扉の前に立つと、中から話し声が聞こえてきました。

わたくしはそっと扉に耳を当てます。

「……して、ベルンシュタイン公爵閣下。本日は、どのようなご用件で……?」

聞こえてきたのは、わたくしの父、クロイツ伯爵の震える声でした。
父は温厚で小心者な「事なかれ主義」の貴族です。
国の実力者である「氷の公爵」が突然押しかけてきたとなれば、寿命が縮む思いでしょう。

「単刀直入に申し上げます、クロイツ伯爵」

対するアレクセイ様の声は、落ち着き払っていました。
まるで今日の天気を話すような気軽さです。

「お嬢さん……カテリーナ嬢を、私にください」

「ブフォッ!?」

父が何かを吹き出す音が聞こえました。
わたくしも扉の外で膝から崩れ落ちそうになりました。
直球すぎます!

「は、はい!? か、カテリーナを!? 閣下が!?」

「ええ。彼女を私の妻として迎え入れたいと考えています」

「ま、待ってください閣下! 冗談にしては笑えませんぞ!」

父が慌てふためいています。
無理もありません。
自分の娘が「聖女」の皮を被った「怠惰の権化」であることを、父は誰よりも知っているからです。

「あの子は……確かに外面は良いですが、中身はとんでもないのですよ!? 家では一日中パジャマで過ごし、休日は昼まで起きてこない! 趣味は『二度寝』と『つまみ食い』ですぞ!?」

(お父様、そこまで暴露しなくても!)

「それに、性格もひねくれております! 『面倒くさい』が口癖で、王太子殿下のことも『歩く騒音』と呼んでいたような娘です!」

「……ふっ」

アレクセイ様が笑いました。

「存じております」

「え?」

「彼女のその素晴らしい『怠惰』も、毒舌も、全て知った上で……いや、だからこそ、私は彼女を求めているのです」

「……は?」

父の思考が停止した気配がしました。

アレクセイ様は続けます。
ここからが、彼の恐ろしいところでした。
ただの求婚ではありません。
相手のニーズを完璧に把握した「商談」の始まりです。

「伯爵。貴殿は心配しておられるのではありませんか? 王太子殿下との婚約が破棄された後、あの『社会不適合』な娘が、どこへ嫁げるのかと」

「うっ……図星です」

「田舎の領地に引きこもらせても良いでしょうが、彼女の美貌と聖女の肩書きを、周囲が放っておかないでしょう。変な虫がつく可能性も高い」

「そ、そうですな……」

「そこで私です」

ドンッ!
テーブルを叩くような音がしました。

「私が彼女を貰い受ければ、全ての憂いはなくなります。ベルンシュタイン公爵家の権力があれば、彼女に変な虫は寄り付かない。王家からの干渉も私が盾になります」

「し、しかし、カテリーナは公爵夫人なんて激務、三日で逃げ出しますぞ!」

「ご安心ください。私は彼女に『労働』を求めません」

「はい?」

「彼女の主な仕事は『屋敷でゴロゴロすること』と『美味いものを食べて笑うこと』。そして『たまに私の話し相手になること』。……以上です」

「……な、なんですと?」

「公務や社交は私が全て処理します。彼女が嫌がることはさせません。朝も好きなだけ寝かせます。最高級の羽根布団と、専属のパティシエも用意しました」

「……!」

「つまり、私は彼女の『怠惰な生活』を、公爵家の財力と権力で生涯保証すると申し上げているのです」

シン……。

応接間が静まり返りました。
父が息を呑む音が聞こえます。

これは、父にとっても、そして何よりわたくしにとっても、夢のような条件提示です。
「働かなくていい」。
「好きなだけ寝ていい」。
「美味しいものが食べられる」。
そして、「最強のボディーガード(公爵様)付き」。

父の声が、震えながら響きました。

「……ほ、本当ですか? 返品はなしですよ?」

「もちろんです。クーリングオフ期間など設けません」

「……カテリーナの食費は結構かかりますぞ? あの子、見た目に反して大食いですから」

「望むところです。私の稼ぎを食い潰せるものなら、やってみてほしい」

「……おお……神よ……!」

ガタタッ!
椅子を引く音。

「閣下! いえ、お義父様(息子よ)! 娘をどうぞらってください!!」

「お父様ーーーっ!!」

わたくしはたまらず扉を開けて飛び込みました。

「ちょっと待ってください! 勝手に商談を成立させないでくださいまし!」

応接間の中では、父とアレクセイ様がガッチリと握手を交わしていました。
すでに契約成立の空気が漂っています。

「おお、カテリーナ! 聞いたか! お前、永久就職先が決まったぞ!」

父が涙を流して喜んでいます。
娘を売った男の顔とは思えません。
いや、不良在庫が高値で売れた商人の顔です。

「お父様、早まりすぎです! 相手はあの『氷の公爵』ですよ!? 裏があるに決まっています!」

「裏などない。あるのは『愛』と『財力』だけだ」

アレクセイ様が涼しい顔で言い放ちました。
彼はゆっくりとわたくしの方へ歩み寄ってきます。

「カテリーナ。昨夜言っただろう? 『お前の老後は俺が引き受ける』と」

「そ、それは聞きましたけど……! こんな強引な手口だとは聞いていません!」

「強引? 心外だな。私は正当な手続きを踏んで、保護者(父親)の了承を得ただけだ」

アレクセイ様はわたくしの手を取り、その甲に口づけました。
父の目の前で!

「それに、お前にとっても悪い話ではないはずだ。……田舎で一人寂しくスルメを齧るより、俺の屋敷で最高級のスイーツを食べながら暮らすほうが、魅力的だろう?」

「うっ……」

痛いところを突かれました。
わたくしの理想とする「安楽な生活」。
それを完璧に提供できるのは、確かにこの男しかいないかもしれません。

「……羽根布団は、本当に最高級ですか?」

「ああ。雲の上のような寝心地だ」

「……お菓子は、食べ放題ですか?」

「『ル・ミエル』の職人を一人、引き抜いておいた」

「……!!」

職人を引き抜いた!?
なんという権力の無駄遣い!
でも、最高です!

わたくしの心が、グラグラと揺れ動きます。
プライドか、物欲か。
自由か、飼育か。

「……カテリーナ」

アレクセイ様が、わたくしの耳元で囁きました。

「それに、俺は……お前がいないと退屈で死んでしまいそうだ」

その声には、昨夜と同じ、微かな熱と弱さが混じっていました。
ただの取引ではない。
彼もまた、わたくしを必要としている。

その事実が、わたくしの最後の抵抗心を打ち砕きました。

「……わかりました」

わたくしは、大きく溜息をつきました。

「負けました。……謹んで、貴方様の『ペット』兼『公爵夫人』に就任させていただきます」

「賢明な判断だ」

アレクセイ様が勝利の笑みを浮かべました。
父が「万歳!」と叫んでいます。

こうして。
わたくしの実家は、わずか三十分足らずで陥落しました。
外堀どころか、内堀も本丸も埋められ、わたくしは完全に「氷の公爵」のものとなったのです。

「では、早速だが屋敷に来い。婚礼の衣装合わせがある」

「えっ、今からですか!? 今日は二度寝する予定が……」

「その布団の採寸も兼ねている」

「……行きます!」

わたくしはチョロすぎます。
知っています。
でも、これから始まる彼との生活が、そう悪いものではない気がして。
わたくしは少しだけウキウキしながら、連行されていくのでした。
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