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「……ふむ。想定よりも三日早い倒産、いえ、破局ですわね」
私は執務室のデスクで、王都のハミルトン法律事務所から届いたばかりの『王宮騒乱・最終報告書』を読み上げました。
窓の外では、秋の気配が深まり、キタノイチゴの二期作目の収穫が順調に進んでいます。
平和なこちらの光景とは対照的に、報告書の中身は阿鼻叫喚の地獄絵図が綴られていました。
「お嬢様、何が起きたのですか? そんなに嬉しそうな……いえ、冷徹な顔をなさって」
ベティが、新作のイチゴタルトを運びながら尋ねてきました。
「いいえ、ただの因果応報の計算が完了しただけですわ。……ベティ、聞いて驚きなさい。あのウィルフレッド殿下とミーナ様、ついに『真実の愛(笑)』の賞味期限が切れたようですわよ」
「まあ! あれほど世界を敵に回してまで愛し合っていたお二人が?」
「愛だけでは腹は膨らまず、ましてや国庫の赤字は埋まりませんもの。報告書によれば、殿下が私を連れ戻しにこの別荘へ逃亡した後、王都の執務室は完全に機能停止。溜まりに溜まった書類の山が物理的に崩壊し、下敷きになったミーナ様が『紙が痛い!』と泣き叫んで、殿下と大喧嘩を始めたそうですわ」
私は紅茶を一口飲み、報告書の続きを読むためにページをめくりました。
「殿下は『君がもっと有能なら、セリーナを頼る必要はなかった!』と叫び、ミーナ様は『ウィルフレッド様がポエムばかり書いているからいけないんです!』と応戦。……あら、お互いに客観的な事実を指摘し合えるようになったなんて、素晴らしい成長ではありませんこと?」
「……それ、ただのなすりつけ合いですわよ、お嬢様」
「さらにトドメは国王陛下の御成(おなり)ですわ。公務を放り出して愛にうつつを抜かした結果、隣国との物流協定(私が結んだもの)に重大な不備があると誤認して勝手に破棄しようとした罪で、殿下は王位継承権の無期限停止。ミーナ様は『公務妨害および王室への不当な攪乱(かくらん)』により、地方の修道院での再教育が決定したそうですわ」
私は、パチンと報告書を閉じました。
「これで、私が請求していた慰謝料の残額は、殿下の個人資産を差し押さえることで強制執行されることになりました。……計算通り、一ペニーの狂いもなく全額回収ですわ!」
「お嬢様、最後の方はもう、愛の結末というよりは債権回収の成功報告になっていますわね……」
「愛なんて不確かなものに投資するから、こういう破綻を招くのです。……さて、ベティ。この滑稽な物語の終幕を祝して、今日のイチゴタルトは三ついただくことにしますわ」
私がタルトに手を伸ばそうとした時、いつものように窓のサッシを軽く叩く音がしました。
「失礼。……どうやら、向こうの『真実の愛』は、私の予想よりもずっと安っぽい幕切れだったようだな」
レオナード殿下が、バルコニーから軽やかに飛び込んできました。
……最近、彼は扉という概念を忘れてしまったのでしょうか。
「殿下。人の家の朗報(他人の不幸)を勝手に聞きに来るのは、趣味が悪いですわよ」
「はは、君にだけは言われたくないな。……それにしても、彼らが愛を語れば語るほど、君の価値が王都で再評価されているよ。今や社交界では『セリーナ様を追放したのは、王家最大の損失』だと、手のひらを返したような騒ぎだ」
レオナード殿下は私の隣に座り、私の分だったタルトの一つを自然な動作で口に運びました。
「……あら。そのタルト、私の糖分補給計画に含まれていたものですわよ。一口につき、金貨三枚の損害賠償を請求いたしますわ」
「払おう。……ただし、その代わりと言っては何だが、一つ教えてくれないか?」
レオナード殿下は、タルトを飲み込むと、真面目な顔で私を見つめました。
「彼らの愛は壊れた。……では、私たちの『ビジネスパートナーシップ』は、この先どんな結末を迎える予定なんだ? 君の計算機に、その答えは出ているのかい?」
「……殿下。私の計算機は、不確定な未来を占う道具ではありませんわ」
私は視線を外し、イチゴジュースをストローで吸い込みました。
胸の奥が、報告書を読んだ時とは違う熱を帯びて、上手く論理的な答えが捻り出せません。
「ですが……そうね。殿下が、私の事業利益を阻害せず、かつ、私の人生の余剰時間をすべて買い取るだけの『誠意(独占契約)』を提示し続ける限り……。この関係が破綻する確率は、ゼロに近いと算出されておりますわ」
「ゼロに近い、か。……ふふ、合格点だな」
レオナード殿下が私の手を取り、その指先にそっと唇を寄せました。
王都の「真実の愛(笑)」は、あっけなく散りました。
ですが、ここ北方の別荘で、数字と理屈と……そして少しばかりの熱で編み上げられた私たちの絆は、どの恋愛小説よりも強固に、そして爆速で深まっていくのでした。
「……さて、殿下。甘い時間は終わりです。次の収穫祭の警備予算案について、三十分で決裁を済ませますわよ!」
「ああ、仰せのままに。私の有能すぎる未来の婚約者殿」
私のスローライフは、相変わらず全力疾走のまま、ハッピーエンドへと突き進んでいくのです。
私は執務室のデスクで、王都のハミルトン法律事務所から届いたばかりの『王宮騒乱・最終報告書』を読み上げました。
窓の外では、秋の気配が深まり、キタノイチゴの二期作目の収穫が順調に進んでいます。
平和なこちらの光景とは対照的に、報告書の中身は阿鼻叫喚の地獄絵図が綴られていました。
「お嬢様、何が起きたのですか? そんなに嬉しそうな……いえ、冷徹な顔をなさって」
ベティが、新作のイチゴタルトを運びながら尋ねてきました。
「いいえ、ただの因果応報の計算が完了しただけですわ。……ベティ、聞いて驚きなさい。あのウィルフレッド殿下とミーナ様、ついに『真実の愛(笑)』の賞味期限が切れたようですわよ」
「まあ! あれほど世界を敵に回してまで愛し合っていたお二人が?」
「愛だけでは腹は膨らまず、ましてや国庫の赤字は埋まりませんもの。報告書によれば、殿下が私を連れ戻しにこの別荘へ逃亡した後、王都の執務室は完全に機能停止。溜まりに溜まった書類の山が物理的に崩壊し、下敷きになったミーナ様が『紙が痛い!』と泣き叫んで、殿下と大喧嘩を始めたそうですわ」
私は紅茶を一口飲み、報告書の続きを読むためにページをめくりました。
「殿下は『君がもっと有能なら、セリーナを頼る必要はなかった!』と叫び、ミーナ様は『ウィルフレッド様がポエムばかり書いているからいけないんです!』と応戦。……あら、お互いに客観的な事実を指摘し合えるようになったなんて、素晴らしい成長ではありませんこと?」
「……それ、ただのなすりつけ合いですわよ、お嬢様」
「さらにトドメは国王陛下の御成(おなり)ですわ。公務を放り出して愛にうつつを抜かした結果、隣国との物流協定(私が結んだもの)に重大な不備があると誤認して勝手に破棄しようとした罪で、殿下は王位継承権の無期限停止。ミーナ様は『公務妨害および王室への不当な攪乱(かくらん)』により、地方の修道院での再教育が決定したそうですわ」
私は、パチンと報告書を閉じました。
「これで、私が請求していた慰謝料の残額は、殿下の個人資産を差し押さえることで強制執行されることになりました。……計算通り、一ペニーの狂いもなく全額回収ですわ!」
「お嬢様、最後の方はもう、愛の結末というよりは債権回収の成功報告になっていますわね……」
「愛なんて不確かなものに投資するから、こういう破綻を招くのです。……さて、ベティ。この滑稽な物語の終幕を祝して、今日のイチゴタルトは三ついただくことにしますわ」
私がタルトに手を伸ばそうとした時、いつものように窓のサッシを軽く叩く音がしました。
「失礼。……どうやら、向こうの『真実の愛』は、私の予想よりもずっと安っぽい幕切れだったようだな」
レオナード殿下が、バルコニーから軽やかに飛び込んできました。
……最近、彼は扉という概念を忘れてしまったのでしょうか。
「殿下。人の家の朗報(他人の不幸)を勝手に聞きに来るのは、趣味が悪いですわよ」
「はは、君にだけは言われたくないな。……それにしても、彼らが愛を語れば語るほど、君の価値が王都で再評価されているよ。今や社交界では『セリーナ様を追放したのは、王家最大の損失』だと、手のひらを返したような騒ぎだ」
レオナード殿下は私の隣に座り、私の分だったタルトの一つを自然な動作で口に運びました。
「……あら。そのタルト、私の糖分補給計画に含まれていたものですわよ。一口につき、金貨三枚の損害賠償を請求いたしますわ」
「払おう。……ただし、その代わりと言っては何だが、一つ教えてくれないか?」
レオナード殿下は、タルトを飲み込むと、真面目な顔で私を見つめました。
「彼らの愛は壊れた。……では、私たちの『ビジネスパートナーシップ』は、この先どんな結末を迎える予定なんだ? 君の計算機に、その答えは出ているのかい?」
「……殿下。私の計算機は、不確定な未来を占う道具ではありませんわ」
私は視線を外し、イチゴジュースをストローで吸い込みました。
胸の奥が、報告書を読んだ時とは違う熱を帯びて、上手く論理的な答えが捻り出せません。
「ですが……そうね。殿下が、私の事業利益を阻害せず、かつ、私の人生の余剰時間をすべて買い取るだけの『誠意(独占契約)』を提示し続ける限り……。この関係が破綻する確率は、ゼロに近いと算出されておりますわ」
「ゼロに近い、か。……ふふ、合格点だな」
レオナード殿下が私の手を取り、その指先にそっと唇を寄せました。
王都の「真実の愛(笑)」は、あっけなく散りました。
ですが、ここ北方の別荘で、数字と理屈と……そして少しばかりの熱で編み上げられた私たちの絆は、どの恋愛小説よりも強固に、そして爆速で深まっていくのでした。
「……さて、殿下。甘い時間は終わりです。次の収穫祭の警備予算案について、三十分で決裁を済ませますわよ!」
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