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「……ベティ。今すぐ庭に強力な除臭剤を撒きなさい。私の計算によれば、不法投棄された『過去の遺物』から、極めて有害な未練という名の腐敗臭が漂ってきておりますわ」
私は、執務室の窓から見える「それ」を指差し、不快そうに眉をひそめました。
ピカピカに磨き上げられた別荘の門前。
そこには、かつての威光はどこへやら、目の下にどす黒いクマを作り、衣装も心なしかヨレヨレになったウィルフレッド殿下が、幽霊のような足取りで立っていました。
「お、お嬢様……。さすがに現国王の嫡男を『過去の遺物』呼ばわりは……。あ、でも確かに、漂ってくるオーラが完全に『詰んだ経営者』のそれですわね」
ベティが窓の外を確認し、納得したように頷きました。
私は溜息をつき、手元の「村の収益改善グラフ」を閉じると、玄関へと向かいました。
放置しておけば、村の景観指数が低下し、キタノイチゴのブランドイメージに傷がつく恐れがあります。迅速な処理が必要ですわ。
「……セ、セリーナ……! 会いたかった……会いたかったぞ!」
玄関の扉を開けるなり、ウィルフレッド殿下が縋りつくような勢いで詰め寄ってきました。
私は、コンマ二秒の反射速度で一歩下がり、扇で彼との距離を物理的に確保しました。
「殿下。まず第一に、私の敷地内への無断立ち入りは、不法侵入罪に当たります。第二に、その不潔な身なりで私の高級な石畳を歩かないでください。清掃コストを誰が負担すると思っているのですか?」
「そんな冷たいことを言わないでくれ! 私は……私は間違っていたんだ! ミーナは……あの女は、可愛いだけで、予算の計算一つまともにできない! 公務の書類にコーヒーをこぼし、挙句の果てには『書類が泣いているから、今日はもうお休みしましょう』などと……!」
「あら、情緒豊かな素晴らしいパートナーではありませんか。殿下のポエム趣味とも、相性が良さそうですけれど?」
「嫌だ! もうあんな非論理的な生活は耐えられん! セリーナ、君がいた頃は、すべてが完璧だった! 君のあの厳しい指摘が、今では子守唄のように恋しいんだ! 戻ってきてくれ! 婚約破棄はなかったことにしよう!」
ウィルフレッド殿下が、泥だらけの膝を突いて絶叫しました。
王都の社交界が知れば、明日の新聞の号外が三刷は出るであろう、情けない姿です。
私は、冷え切った目で彼を見下ろしました。
「……殿下。あなたは、ご自分が何を言っているのか理解しておいでかしら? 一度市場に放流し、価値がゼロ……いえ、マイナスになった不良債権を、元の持ち主が買い戻せとおっしゃるのですか?」
「ふ、不良債権!? 私のことか!?」
「ほかに誰がいますの。いいですか。私はすでに、あなたという『コストばかりかかってリターンが皆無なプロジェクト』を完全に凍結し、償却処理を済ませております。今の私は、隣国のレオナード殿下と共に、新たな成長戦略を描いている真っ最中なのですわ」
「レオナード……! やはりあいつか! あんな冷徹な男のどこがいい! 私なら、君を王妃として、最高の地位と……」
「地位? そんな不確かなものより、私は自分の手で稼ぎ出す『利益』を信じます。……それから、殿下」
私は一歩踏み出し、冷徹な微笑みを浮かべました。
「ゴミ出しは、すでに済ませましたの。……一度捨てたゴミが勝手に家の中に戻ってきたら、主婦……いえ、経営者としては、より強力な手段で排除するしかありませんわよね?」
「ご、ゴミ……。私が、ゴミだと……?」
「正確には『再利用不可な粗大ゴミ』ですわ。……ベティ、ゴーレムくん一号の出力を最大にしなさい。この不法投棄物を、領地の外まで『爆速』で搬送するのです!」
「はいっ、お嬢様! ゴミ出しモード、起動しますわ!」
ウィーン! という駆動音と共に、背後から現れた巨大な清掃用ゴーレムが、ウィルフレッド殿下の襟首をひょいと持ち上げました。
「な、なんだこれは! 放せ! 私は皇太子だぞ! セリーナ! セリーナぁぁーっ!」
「さようなら、殿下。次にお会いする時は、法廷か、あるいは私の事業への多額の寄付者としてのみ、面会を許可いたしますわ」
殿下がゴーレムによって地平線の彼方へと運ばれていくのを見送り、私はふぅ、と深く息を吐きました。
「……お嬢様。スカッとしましたけれど、あれ、一応一国の王子ですわよ?」
「関係ありませんわ。私の人生の最適化を邪魔する者は、たとえ神であろうと効率化の対象です。……さて、ベティ。今の騒動で失われた私の集中力、および十五分の作業時間を補填するために、今日の午後はレオナード殿下に『癒やしという名の精神的ケア』を請求しに行きましょうか」
「あら、それはまた、極めて甘い請求書になりそうですわね」
私は、汚れ一つなくなった玄関をパタンと閉じました。
過去を振り返る時間は、私のスケジュール帳には一分も残っていません。
未来の利益と、隣の王子が淹れてくれる最高級の紅茶。
それこそが、今の私の「正解」なのですから。
私は、執務室の窓から見える「それ」を指差し、不快そうに眉をひそめました。
ピカピカに磨き上げられた別荘の門前。
そこには、かつての威光はどこへやら、目の下にどす黒いクマを作り、衣装も心なしかヨレヨレになったウィルフレッド殿下が、幽霊のような足取りで立っていました。
「お、お嬢様……。さすがに現国王の嫡男を『過去の遺物』呼ばわりは……。あ、でも確かに、漂ってくるオーラが完全に『詰んだ経営者』のそれですわね」
ベティが窓の外を確認し、納得したように頷きました。
私は溜息をつき、手元の「村の収益改善グラフ」を閉じると、玄関へと向かいました。
放置しておけば、村の景観指数が低下し、キタノイチゴのブランドイメージに傷がつく恐れがあります。迅速な処理が必要ですわ。
「……セ、セリーナ……! 会いたかった……会いたかったぞ!」
玄関の扉を開けるなり、ウィルフレッド殿下が縋りつくような勢いで詰め寄ってきました。
私は、コンマ二秒の反射速度で一歩下がり、扇で彼との距離を物理的に確保しました。
「殿下。まず第一に、私の敷地内への無断立ち入りは、不法侵入罪に当たります。第二に、その不潔な身なりで私の高級な石畳を歩かないでください。清掃コストを誰が負担すると思っているのですか?」
「そんな冷たいことを言わないでくれ! 私は……私は間違っていたんだ! ミーナは……あの女は、可愛いだけで、予算の計算一つまともにできない! 公務の書類にコーヒーをこぼし、挙句の果てには『書類が泣いているから、今日はもうお休みしましょう』などと……!」
「あら、情緒豊かな素晴らしいパートナーではありませんか。殿下のポエム趣味とも、相性が良さそうですけれど?」
「嫌だ! もうあんな非論理的な生活は耐えられん! セリーナ、君がいた頃は、すべてが完璧だった! 君のあの厳しい指摘が、今では子守唄のように恋しいんだ! 戻ってきてくれ! 婚約破棄はなかったことにしよう!」
ウィルフレッド殿下が、泥だらけの膝を突いて絶叫しました。
王都の社交界が知れば、明日の新聞の号外が三刷は出るであろう、情けない姿です。
私は、冷え切った目で彼を見下ろしました。
「……殿下。あなたは、ご自分が何を言っているのか理解しておいでかしら? 一度市場に放流し、価値がゼロ……いえ、マイナスになった不良債権を、元の持ち主が買い戻せとおっしゃるのですか?」
「ふ、不良債権!? 私のことか!?」
「ほかに誰がいますの。いいですか。私はすでに、あなたという『コストばかりかかってリターンが皆無なプロジェクト』を完全に凍結し、償却処理を済ませております。今の私は、隣国のレオナード殿下と共に、新たな成長戦略を描いている真っ最中なのですわ」
「レオナード……! やはりあいつか! あんな冷徹な男のどこがいい! 私なら、君を王妃として、最高の地位と……」
「地位? そんな不確かなものより、私は自分の手で稼ぎ出す『利益』を信じます。……それから、殿下」
私は一歩踏み出し、冷徹な微笑みを浮かべました。
「ゴミ出しは、すでに済ませましたの。……一度捨てたゴミが勝手に家の中に戻ってきたら、主婦……いえ、経営者としては、より強力な手段で排除するしかありませんわよね?」
「ご、ゴミ……。私が、ゴミだと……?」
「正確には『再利用不可な粗大ゴミ』ですわ。……ベティ、ゴーレムくん一号の出力を最大にしなさい。この不法投棄物を、領地の外まで『爆速』で搬送するのです!」
「はいっ、お嬢様! ゴミ出しモード、起動しますわ!」
ウィーン! という駆動音と共に、背後から現れた巨大な清掃用ゴーレムが、ウィルフレッド殿下の襟首をひょいと持ち上げました。
「な、なんだこれは! 放せ! 私は皇太子だぞ! セリーナ! セリーナぁぁーっ!」
「さようなら、殿下。次にお会いする時は、法廷か、あるいは私の事業への多額の寄付者としてのみ、面会を許可いたしますわ」
殿下がゴーレムによって地平線の彼方へと運ばれていくのを見送り、私はふぅ、と深く息を吐きました。
「……お嬢様。スカッとしましたけれど、あれ、一応一国の王子ですわよ?」
「関係ありませんわ。私の人生の最適化を邪魔する者は、たとえ神であろうと効率化の対象です。……さて、ベティ。今の騒動で失われた私の集中力、および十五分の作業時間を補填するために、今日の午後はレオナード殿下に『癒やしという名の精神的ケア』を請求しに行きましょうか」
「あら、それはまた、極めて甘い請求書になりそうですわね」
私は、汚れ一つなくなった玄関をパタンと閉じました。
過去を振り返る時間は、私のスケジュール帳には一分も残っていません。
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それこそが、今の私の「正解」なのですから。
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