私を捨てたのはミスですよ?

パリパリかぷちーの

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「……九百九十八、九百九十九、千。はい、これで賊から没収した備品の棚卸し、すべて完了ですわ。ベティ、この錆びたナイフは『歴史的価値のある骨董品』として隣村の観光協会に売りつけておきなさい」

誘拐事件から一夜明け。
私は別荘の居間で、山積みになった戦利品……もとい、証拠品を冷徹に仕分けしていました。

昨夜の恐怖? そんなものは、アドレナリンが引くと同時に「時間の浪費による不快感」へと変換されましたわ。
私の辞書に「トラウマ」という言葉はありません。あるのは「機会損失」という四文字だけです。

「お嬢様、昨夜あんなに殿下に抱きしめられていたのに、翌朝にはもうナイフの査定ですか。……少しは余韻というものを大切になさってくださいまし」

ベティが、呆れ果てた様子で紅茶を淹れてくれました。

「余韻は一銭の利益も生みませんわ。それよりも、私の手首に残った縄の跡……これを逆手に取って、王家から『治安維持義務の不履行』として追加の慰謝料をもぎ取る算段を立てる方が、建設的というものです」

「……その、もぎ取った資金で、何を買うおつもりなんです?」

不意に、テラスの入り口から低い声が響きました。
そこには、昨夜の騎士服から一転、リラックスした私服姿のレオナード殿下が立っていました。

「殿下。無断侵入、通算四回目ですわよ。私の別荘のセキュリティ・システムに、あなたの顔を『恒久的な例外(ホワイトリスト)』として登録した覚えはありませんわ」

「はは、済まない。門番の元・賊たちが、君の教育のおかげで『殿下の滞在は村の経済にプラスです』と、笑顔で通してくれたものでね」

レオナード殿下は、私の隣の席に当たり前のように腰を下ろしました。
その距離、わずか二十センチ。私のパーソナルスペースという名の防衛ラインが、音を立てて崩壊していきます。

「……それで、殿下。昨夜の救出劇に関する『請求書』の作成は、もうお済みかしら? 私の算定によれば、殿下の出動コストと、私の救出に伴うブランド価値の維持を相殺しても、まだ殿下側に金貨十枚ほどの貸しがありますが」

「請求書、か。……セリーナ。君は本当に、どこまで行っても数字で世界を測るのだな」

レオナード殿下が、不意に真面目な顔で私を覗き込んできました。
昨夜の月明かりの下ではなく、太陽の光に照らされた彼の瞳は、驚くほど透き通っていて……まるで、深い湖の底を覗いているような気分になります。

「当然ですわ。数字は裏切りませんもの。感情のように、一夜明ければ揮発してしまう不確かなものに投資するのは、三流の商人のすることです」

「……揮発、か。では、これはどう説明する?」

レオナード殿下が、私の手に触れました。
昨夜、縄で縛られていた手首。今はもう、私が自家製で作った薬草クリームで完治していますが……。
彼の指先が触れた瞬間、そこから全身に、微弱な魔力過負荷(オーバーロード)のような熱が駆け巡りました。

「……何がですの? 私の皮膚表面の温度が、殿下の指先の熱伝導によってわずかに上昇した。ただの物理現象ですわ」

「違うよ。君の視線だ。……君は数字を語りながら、私の目を見る時だけ、ほんの一瞬……計算が止まっている。その『無音の数秒』に、私は賭けているんだ」

「計算が止まっている? あり得ませんわ! 私の脳内演算は、眠っている間すら複利計算を行っているはずですのよ!」

私がムキになって言い返すと、レオナード殿下は一瞬、きょとんとした顔をしました。
そして……。

「……っ、ふ、はははは! あははははは!」

殿下が、お腹を抱えて笑い始めました。
これまでの「不敵な笑み」や「余裕のある嘲笑」ではありません。
子供のように、心の底から溢れ出したような、無邪気で、力強い大爆笑。

「……で、殿下? どこに笑いの閾値(いきち)を超える要素があったのか、論理的に説明してくださいまし!」

「……はぁ、はぁ。……済まない。複利計算、か。……君は本当に、私の想像力を遥かに超えてくる。……ああ、面白い。……こんなに笑ったのは、生まれて初めてだ」

レオナード殿下の目には、笑いすぎたせいか、うっすらと涙が浮かんでいました。
その瞬間。
私の中で、何かが「ピキッ」と鳴る音が聞こえました。

それは、私が合理主義という名の石材で築き上げてきた、頑丈で冷たい心の壁が……。
彼の、このあまりに人間らしい笑い声によって、粉々に砕け散った音でした。

「……笑いすぎですわよ、殿下」

私の口から出たのは、いつもの毒舌ではなく……自分でも驚くほど、小さくて震える声でした。

「……セリーナ。笑わせてくれた礼だ。……私の心にある『氷』は、今ので完全に解けたようだ。……君の言う『合理性』という名の熱は、私の人生を、こんなにも暖かくしてくれるのだな」

レオナード殿下が、私の手を引き、自分の胸元に当てました。
ドクン、ドクンと、力強く刻まれる鼓動。
それは、どんな精密な魔導時計よりも正確で、そしてどんな計算式よりも「本物」であることを主張していました。

「……殿下。この鼓動のリズム、一分間に八十二回。……緊張による血圧上昇、あるいは……私に対する、不合理な好意の証明と受け取ってもよろしいかしら?」

「ああ。……今度は、計画書なしで、この数字を信じてくれないか?」

「…………」

私は顔が沸騰しそうなほど熱くなるのを感じながら、彼の胸元から手を離すことができませんでした。
計算不能。予測不能。
私の人生という名のプログラムが、レオナード・ヴァレンタインという名のバグ……いいえ、特異点によって、完全に書き換えられようとしていました。

「……検討して、差し上げますわ。……ただし、私の独占使用権を認めるなら、金貨一枚どころの騒ぎではありませんわよ」

「……全財産を注ぎ込んでも、足りないくらいだろうね」

別荘に差し込む光は、昨日までよりも、ずっと優しく感じられました。
悪役令嬢と呼ばれ、追放され、効率だけを求めてきた私の人生。
その氷のような日々に、ようやく本当の春が訪れようとしていたのです。
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