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「……で、こちらが今回作成した『誘拐ビジネスの持続可能性に関する改善勧告書』ですわ。しっかり読み込んで、更生プログラムに役立てなさい」
薄暗い地下室には、本来漂っているはずの「緊迫感」や「恐怖」は一欠片も残っていませんでした。
代わりに充満しているのは、淹れたての紅茶(私の隠し持っていた魔導加熱器で抽出)の香りと、賊たちが一心不乱に羊皮紙にペンを走らせるカリカリという音だけです。
「は、はい……! 公爵令嬢様! 『ターゲットの事前調査におけるコストパフォーマンスの重要性』、身に染みました!」
「よろしい。……あら、殿下? いつまでそこに立ち尽くしていらっしゃるの? 入り口の気密性が損なわれていますわよ」
私がティーカップを置くと、入り口で剣を構えたまま石像のように固まっていたレオナード殿下が、ようやく深い溜息と共に肩の力を抜きました。
「……セリーナ。君は、救出に来た王子の情緒を粉砕する天才か?」
「失礼な。私はただ、騎士団の到着までの余剰時間を有効活用しただけですわ。見てくださいな、この元・賊の皆様を。彼ら、私の指導により、わずか三十分で『効率的な人生設計』の基礎をマスターしましたのよ」
レオナード殿下は、地面に跪いて泣きながら「反省文」を書いている大男たちを見下ろし、それから私に歩み寄りました。
「……君を助けに来る道中、私はどれほど最悪の事態を想定したか分かるか? 心臓の鼓動が、かつてないほど非効率的なリズムを刻んでいたというのに。蓋を開けてみれば、君は捕虜ではなく『鬼教官』として君臨しているとはね」
「殿下の心拍数の乱れは、有酸素運動による一時的な負荷によるものでしょう。それより、このアジトの差し押さえ手続きはお済みかしら? ここの地下室、温度が一定で、キタノイチゴの長期熟成庫に最適ですわ」
レオナード殿下は、ついに耐えきれなくなったのか、私を椅子ごと抱きしめるような格好で、その場に屈み込みました。
「……ははは! 熟成庫か。誘拐された場所を、救出から一分で事業用地として査定する令嬢など、世界中で君一人だろうな」
「殿下、近すぎますわ。私のパーソナルスペースの維持コストを無視しないでくださいませ。……あと、その……心配してくださったこと自体は、論理的な妥当性のある行動として感謝いたしますわよ」
私がそっぽを向くと、レオナード殿下は私の耳元で、くすぐるように低く笑いました。
「ああ、分かっているよ。……ですが、セリーナ。君が賊とお茶をしばいている光景は、私の王家としての威厳を少々削ぐものだったな。騎士たちがあまりの光景に、突入のタイミングを失っていたぞ」
「それは彼らの現場判断能力の欠如ですわ。再教育のカリキュラムを組みましょうか?」
「いや、それより先にやるべきことがある。……セリーナ。君を、こんな不潔な場所から連れ出したい。……今度は賊の馬車ではなく、私のエスコートでね」
レオナード殿下の手が、私の頬にそっと触れました。
賊たちが書いているペンの音が、なぜか遠くに聞こえます。
「……殿下。今の接触は、精神的なアフターケアとしてのサービスですの? それとも、昨夜の告白の継続調査かしら?」
「両方だ。……君の冷静な思考回路が、私の熱で少しでもショートするのを期待してね」
「私の回路は、最新の冷却魔法で守られていますわ。そう簡単には……」
言いかけた私の言葉は、レオナード殿下が私の額に落とした、賊たちの前では到底「非合理的」と言わざるを得ない接吻によって遮られました。
「お、お嬢様……! あちらが本物の『ピンク色の空気』を形成しておりますわ! 私たちの出る幕は一ミリもございません!」
隅っこで、賊と一緒にイチゴチップスを齧っていたベティが、感動したように茶番を見守っています。
「……殿下。今の物理的接触。私の額の皮膚温度が、急激に三度上昇したことを報告させていただきますわ。……責任、取ってくださいましね?」
「ああ。君の人生の計算式が、私で埋め尽くされるまで、何度でも責任を取ろう」
私はレオナード殿下の差し出した手を取り、立ち上がりました。
足元には、すっかり毒気を抜かれた元・賊たちが、「更生して公爵家の農園で働かせてください!」と懇願しています。
「……ちょうどいいですわね。キタノイチゴの収穫期には、労働力が不足していましたもの。殿下、彼らの身元引き受け、私の事業部で引き取ってもよろしいかしら?」
「……君には本当に敵わないな。……いいだろう。私の『愛する人』の事業のためだ。最大限の便宜を図ろう」
救出に来た王子が見たものは、悲劇のヒロインなどではなく。
逆境すらも「利益」と「愛」に変換してしまう、史上最強にたくましい私の姿だったのでした。
薄暗い地下室には、本来漂っているはずの「緊迫感」や「恐怖」は一欠片も残っていませんでした。
代わりに充満しているのは、淹れたての紅茶(私の隠し持っていた魔導加熱器で抽出)の香りと、賊たちが一心不乱に羊皮紙にペンを走らせるカリカリという音だけです。
「は、はい……! 公爵令嬢様! 『ターゲットの事前調査におけるコストパフォーマンスの重要性』、身に染みました!」
「よろしい。……あら、殿下? いつまでそこに立ち尽くしていらっしゃるの? 入り口の気密性が損なわれていますわよ」
私がティーカップを置くと、入り口で剣を構えたまま石像のように固まっていたレオナード殿下が、ようやく深い溜息と共に肩の力を抜きました。
「……セリーナ。君は、救出に来た王子の情緒を粉砕する天才か?」
「失礼な。私はただ、騎士団の到着までの余剰時間を有効活用しただけですわ。見てくださいな、この元・賊の皆様を。彼ら、私の指導により、わずか三十分で『効率的な人生設計』の基礎をマスターしましたのよ」
レオナード殿下は、地面に跪いて泣きながら「反省文」を書いている大男たちを見下ろし、それから私に歩み寄りました。
「……君を助けに来る道中、私はどれほど最悪の事態を想定したか分かるか? 心臓の鼓動が、かつてないほど非効率的なリズムを刻んでいたというのに。蓋を開けてみれば、君は捕虜ではなく『鬼教官』として君臨しているとはね」
「殿下の心拍数の乱れは、有酸素運動による一時的な負荷によるものでしょう。それより、このアジトの差し押さえ手続きはお済みかしら? ここの地下室、温度が一定で、キタノイチゴの長期熟成庫に最適ですわ」
レオナード殿下は、ついに耐えきれなくなったのか、私を椅子ごと抱きしめるような格好で、その場に屈み込みました。
「……ははは! 熟成庫か。誘拐された場所を、救出から一分で事業用地として査定する令嬢など、世界中で君一人だろうな」
「殿下、近すぎますわ。私のパーソナルスペースの維持コストを無視しないでくださいませ。……あと、その……心配してくださったこと自体は、論理的な妥当性のある行動として感謝いたしますわよ」
私がそっぽを向くと、レオナード殿下は私の耳元で、くすぐるように低く笑いました。
「ああ、分かっているよ。……ですが、セリーナ。君が賊とお茶をしばいている光景は、私の王家としての威厳を少々削ぐものだったな。騎士たちがあまりの光景に、突入のタイミングを失っていたぞ」
「それは彼らの現場判断能力の欠如ですわ。再教育のカリキュラムを組みましょうか?」
「いや、それより先にやるべきことがある。……セリーナ。君を、こんな不潔な場所から連れ出したい。……今度は賊の馬車ではなく、私のエスコートでね」
レオナード殿下の手が、私の頬にそっと触れました。
賊たちが書いているペンの音が、なぜか遠くに聞こえます。
「……殿下。今の接触は、精神的なアフターケアとしてのサービスですの? それとも、昨夜の告白の継続調査かしら?」
「両方だ。……君の冷静な思考回路が、私の熱で少しでもショートするのを期待してね」
「私の回路は、最新の冷却魔法で守られていますわ。そう簡単には……」
言いかけた私の言葉は、レオナード殿下が私の額に落とした、賊たちの前では到底「非合理的」と言わざるを得ない接吻によって遮られました。
「お、お嬢様……! あちらが本物の『ピンク色の空気』を形成しておりますわ! 私たちの出る幕は一ミリもございません!」
隅っこで、賊と一緒にイチゴチップスを齧っていたベティが、感動したように茶番を見守っています。
「……殿下。今の物理的接触。私の額の皮膚温度が、急激に三度上昇したことを報告させていただきますわ。……責任、取ってくださいましね?」
「ああ。君の人生の計算式が、私で埋め尽くされるまで、何度でも責任を取ろう」
私はレオナード殿下の差し出した手を取り、立ち上がりました。
足元には、すっかり毒気を抜かれた元・賊たちが、「更生して公爵家の農園で働かせてください!」と懇願しています。
「……ちょうどいいですわね。キタノイチゴの収穫期には、労働力が不足していましたもの。殿下、彼らの身元引き受け、私の事業部で引き取ってもよろしいかしら?」
「……君には本当に敵わないな。……いいだろう。私の『愛する人』の事業のためだ。最大限の便宜を図ろう」
救出に来た王子が見たものは、悲劇のヒロインなどではなく。
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