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「……ちょっと、そこのあなた。その縄の結び方は何かしら? 摩擦係数の計算が甘すぎて、私が本気で手首をひねれば三秒で解けてしまいますわよ。やり直しなさい」
薄暗い廃屋の地下室。
私は椅子に縛り付けられた状態で、目の前の覆面男に鋭い指摘を飛ばしました。
王都からの帰り道、私の馬車を襲撃し、鮮やかな手際(自称)で私を拉致した賊の皆様。
ですが、連れてこられたこのアジトの管理状況、および彼らの「誘拐ビジネス」の杜撰(ずさん)さには、合理主義者として看過できない問題が山積みでした。
「うるせえ! 黙ってろ! 俺たちはこれでお前を人質に、公爵家から一生遊んで暮らせる金を引き出すんだよ!」
「一生遊んで暮らせる? ふむ、具体的な金額を提示してくださいな。現在の公爵家の流動資産、および私個人が保有する『キタノイチゴ事業』の時価総額を考慮すると、あなたがたのような低スキルな労働力が一生遊んで暮らすのに必要なコストは、誘拐のリスクに見合わないはずですわ」
私はふんと鼻を鳴らし、湿っぽくてカビ臭い壁を睨みつけました。
「そもそも、この部屋の湿度は推定85パーセント。換気設備も皆無ですわ。私を数日間ここに拘束すれば、私の健康状態が悪化し、商品……もとい人質としての価値が著しく低下します。そうなれば、あなた方の交渉力はゼロになりますわよ? 早く除湿魔法をかけるか、炭を置いてきなさい」
「……あ、ああ? 除湿……炭?」
賊の一人が、呆然とした顔で相棒を見合わせました。
「何をボサッとしているのです。時間は金なり! 私が一分拘束されるごとに、私の事業が生み出すはずだった利益が失われているのです。その損失分は、後であなた方の身代金から差し引くか、あるいは法的な賠償金として上乗せさせていただきますわよ」
「……おい、この女、何なんだよ。さらわれてる自覚あんのか?」
「自覚はありますわ。だからこそ言っているのです。あなた方のビジネスモデルは破綻しています。まず、実行犯がたったの三人。公爵家の私設騎士団が本気を出せば、このアジトは一時間以内に特定され、物理的に解体されます。現在の捜索進捗率を計算すると、あと……四十分といったところかしら」
私は拘束されたまま、首を傾けて時計(は奪われましたが、体内の腹時計と魔力残量で計測しています)を確認しました。
「よ、四十分!? 冗談言うな! まだ連絡も届いてねえはずだ!」
「あら、私のドレスのブローチが、特定周波数の魔力波を発信する発信機を兼ねていることをお忘れかしら? 奪った貴金属を換金しようとして、今頃王都の裏市場で包囲網が完成していますわよ。……ああ、かわいそうに。あなた方の『退職金』は、鉄格子のついた豪華な個室での食事(麦飯)になりそうですわね」
「ひ、ひっ……!」
賊たちは、私のあまりにも正確で冷酷な「未来予測」に、ガタガタと震え始めました。
「……セリーナ様、もうやめてあげてくださいまし。この方々、さっきから泣きそうになっていらっしゃいますわ……」
同じく捕らえられていたベティが、隅の方で同情の声を上げました。
「甘いですわよ、ベティ。無計画な犯罪は、社会全体の効率を低下させる癌細胞です。……さて、そこのリーダーらしきあなた。一つ、合理的な提案がありますわ」
「な、なんだよ……提案って……」
「今すぐ私とベティの縄を解き、このアジトの権利書と、あなた方の雇用主の名前を記した書面を提出しなさい。その上で、私の私設騎士団が到着する前に自首するなら……私のコネクションを駆使して、刑期を三割削減する方向で調整して差し上げますわ。どうです? 無駄な抵抗をして騎士団に物理的に排除されるより、遥かに生存率が高い選択ですわよ」
私が不敵に微笑むと、賊の一人がついに膝を突いて泣き崩れました。
「ううっ……もう嫌だ……。公爵令嬢ってのは、もっとこう、キャーキャー言って泣くもんじゃないのかよ! 説教されるなんて聞いてねえぞ!」
「説教ではありませんわ、コンサルティングです。……さあ、決断を。あと十五分で、騎士団がこの扉を蹴破る計算ですわよ?」
そこへ。
バァァァン!! と、凄まじい音と共に扉が粉砕されました。
「セリーナ!! 無事か!!」
現れたのは、剣を抜き、殺気立った表情のレオナード殿下でした。
その後ろには、武装した騎士たちがズラリと並んでいます。
「あら、殿下。到着まであと十分ほど余裕があると思っていましたが、やはり馬の速度をブーストなさいましたのね。燃料効率を無視した急行、お疲れ様ですわ」
私は椅子に座ったまま、優雅に挨拶をしました。
「……セリーナ。君、なんで賊に囲まれて、賊の方が泣いて謝っているんだ?」
レオナード殿下は、地面に伏せて「自首します! 助けてください!」と叫んでいる男たちを見て、呆然として剣を鞘に戻しました。
「簡単なことですわ。彼らに『無駄な努力がいかに非効率か』を論理的に説明し、早期解決に向けた和解案を提示しただけです」
「……はは、ははは。……やはり、私の救出など必要なかったようだな。君を誘拐しようなどという無謀な輩には、同情の余地すらない」
レオナード殿下は笑いながら私の縄を解き、その細い手首を愛おしそうに撫でました。
「だが、心配したのは本当だ。……セリーナ、君に何かあったら、私の人生の計算式がすべて狂ってしまうからね」
「……殿下。今の台詞、私の救出費用に対する『情緒的な追加料金』として請求なさるつもりかしら? もしそうなら、金貨五枚程度で手を打ちますわよ」
「……ふっ。金では買えない、私の心からの言葉だよ」
私は少しだけ顔を赤くして(これは地下室の二酸化炭素濃度が上がったせいですわ!)、レオナード殿下の差し出した手を取りました。
誘拐犯が不憫になるほどの、史上最恐の捕虜。
セリーナ・エルバートの伝説に、また一つ「理詰めで賊を改心させた令嬢」という非効率な項目が加わったのでした。
薄暗い廃屋の地下室。
私は椅子に縛り付けられた状態で、目の前の覆面男に鋭い指摘を飛ばしました。
王都からの帰り道、私の馬車を襲撃し、鮮やかな手際(自称)で私を拉致した賊の皆様。
ですが、連れてこられたこのアジトの管理状況、および彼らの「誘拐ビジネス」の杜撰(ずさん)さには、合理主義者として看過できない問題が山積みでした。
「うるせえ! 黙ってろ! 俺たちはこれでお前を人質に、公爵家から一生遊んで暮らせる金を引き出すんだよ!」
「一生遊んで暮らせる? ふむ、具体的な金額を提示してくださいな。現在の公爵家の流動資産、および私個人が保有する『キタノイチゴ事業』の時価総額を考慮すると、あなたがたのような低スキルな労働力が一生遊んで暮らすのに必要なコストは、誘拐のリスクに見合わないはずですわ」
私はふんと鼻を鳴らし、湿っぽくてカビ臭い壁を睨みつけました。
「そもそも、この部屋の湿度は推定85パーセント。換気設備も皆無ですわ。私を数日間ここに拘束すれば、私の健康状態が悪化し、商品……もとい人質としての価値が著しく低下します。そうなれば、あなた方の交渉力はゼロになりますわよ? 早く除湿魔法をかけるか、炭を置いてきなさい」
「……あ、ああ? 除湿……炭?」
賊の一人が、呆然とした顔で相棒を見合わせました。
「何をボサッとしているのです。時間は金なり! 私が一分拘束されるごとに、私の事業が生み出すはずだった利益が失われているのです。その損失分は、後であなた方の身代金から差し引くか、あるいは法的な賠償金として上乗せさせていただきますわよ」
「……おい、この女、何なんだよ。さらわれてる自覚あんのか?」
「自覚はありますわ。だからこそ言っているのです。あなた方のビジネスモデルは破綻しています。まず、実行犯がたったの三人。公爵家の私設騎士団が本気を出せば、このアジトは一時間以内に特定され、物理的に解体されます。現在の捜索進捗率を計算すると、あと……四十分といったところかしら」
私は拘束されたまま、首を傾けて時計(は奪われましたが、体内の腹時計と魔力残量で計測しています)を確認しました。
「よ、四十分!? 冗談言うな! まだ連絡も届いてねえはずだ!」
「あら、私のドレスのブローチが、特定周波数の魔力波を発信する発信機を兼ねていることをお忘れかしら? 奪った貴金属を換金しようとして、今頃王都の裏市場で包囲網が完成していますわよ。……ああ、かわいそうに。あなた方の『退職金』は、鉄格子のついた豪華な個室での食事(麦飯)になりそうですわね」
「ひ、ひっ……!」
賊たちは、私のあまりにも正確で冷酷な「未来予測」に、ガタガタと震え始めました。
「……セリーナ様、もうやめてあげてくださいまし。この方々、さっきから泣きそうになっていらっしゃいますわ……」
同じく捕らえられていたベティが、隅の方で同情の声を上げました。
「甘いですわよ、ベティ。無計画な犯罪は、社会全体の効率を低下させる癌細胞です。……さて、そこのリーダーらしきあなた。一つ、合理的な提案がありますわ」
「な、なんだよ……提案って……」
「今すぐ私とベティの縄を解き、このアジトの権利書と、あなた方の雇用主の名前を記した書面を提出しなさい。その上で、私の私設騎士団が到着する前に自首するなら……私のコネクションを駆使して、刑期を三割削減する方向で調整して差し上げますわ。どうです? 無駄な抵抗をして騎士団に物理的に排除されるより、遥かに生存率が高い選択ですわよ」
私が不敵に微笑むと、賊の一人がついに膝を突いて泣き崩れました。
「ううっ……もう嫌だ……。公爵令嬢ってのは、もっとこう、キャーキャー言って泣くもんじゃないのかよ! 説教されるなんて聞いてねえぞ!」
「説教ではありませんわ、コンサルティングです。……さあ、決断を。あと十五分で、騎士団がこの扉を蹴破る計算ですわよ?」
そこへ。
バァァァン!! と、凄まじい音と共に扉が粉砕されました。
「セリーナ!! 無事か!!」
現れたのは、剣を抜き、殺気立った表情のレオナード殿下でした。
その後ろには、武装した騎士たちがズラリと並んでいます。
「あら、殿下。到着まであと十分ほど余裕があると思っていましたが、やはり馬の速度をブーストなさいましたのね。燃料効率を無視した急行、お疲れ様ですわ」
私は椅子に座ったまま、優雅に挨拶をしました。
「……セリーナ。君、なんで賊に囲まれて、賊の方が泣いて謝っているんだ?」
レオナード殿下は、地面に伏せて「自首します! 助けてください!」と叫んでいる男たちを見て、呆然として剣を鞘に戻しました。
「簡単なことですわ。彼らに『無駄な努力がいかに非効率か』を論理的に説明し、早期解決に向けた和解案を提示しただけです」
「……はは、ははは。……やはり、私の救出など必要なかったようだな。君を誘拐しようなどという無謀な輩には、同情の余地すらない」
レオナード殿下は笑いながら私の縄を解き、その細い手首を愛おしそうに撫でました。
「だが、心配したのは本当だ。……セリーナ、君に何かあったら、私の人生の計算式がすべて狂ってしまうからね」
「……殿下。今の台詞、私の救出費用に対する『情緒的な追加料金』として請求なさるつもりかしら? もしそうなら、金貨五枚程度で手を打ちますわよ」
「……ふっ。金では買えない、私の心からの言葉だよ」
私は少しだけ顔を赤くして(これは地下室の二酸化炭素濃度が上がったせいですわ!)、レオナード殿下の差し出した手を取りました。
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