私を捨てたのはミスですよ?

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
26 / 28

26

しおりを挟む
「……お父様、お母様。お忙しいところ恐縮ですが、本日は極めて緊急かつ重要、そして我が公爵家の未来を左右する重大な『契約報告』に参りましたわ」

王都にあるエルバート公爵邸の大広間。
私は、昨夜の「契約」の興奮(および若干の寝不足による演算能力の低下)を隠し、凛とした態度で両親の前に立ちました。

隣には、当然のように私の手を取り、余裕の笑みを浮かべているレオナード殿下の姿があります。

「セリーナ、急に何だ。……それに、隣国のレオナード殿下まで。……まさか、また何か王室を震撼させるような『請求書』でも発行したのか?」

ソファに座る父、エルバート公爵が、眉間を押さえながら疲れ果てた声で尋ねました。
どうやら、ウィルフレッド殿下の自滅に伴う後始末で、父の心労指数は限界に達しているようですわね。

「いいえ、お父様。今回は『請求』ではなく『投資』……いいえ、『譲渡』に関するご報告ですわ。……私、セリーナ・エルバートは、こちらのレオナード・ヴァレンタイン殿下と婚約し、隣国へ嫁ぐことを決定いたしました。これがその、詳細な事業計画書……いえ、婚約誓約書ですわ」

私は、昨夜レオナード殿下から叩きつけられた(そして私が一部修正を加えた)分厚い書類を、テーブルの上にドン! と置きました。

「………………は?」

父の手から、持っていた高級な葉巻がポロリと落ちました。
母も、刺繍の手を止めて、まるで未知の生物を見るような目で私と殿下を交互に見つめています。

「今、何と言った? 婚約? 相手は隣国の王子殿下か?」

「ええ。法的、経済的、そして感情的な妥当性を精査した結果、これが私の人生における最大のリターンを期待できる選択であると判断いたしましたの。……殿下、何か補足はありますかしら?」

私が話を振ると、レオナード殿下は立ち上がり、父に向かって優雅に一礼しました。

「公爵。突然の訪問で驚かせてしまったことは謝罪しよう。……ですが、私は本気だ。セリーナ嬢のその比類なき知性と、猛毒を含んだ美しさに、私は完全に心を奪われてしまった。……どうか、彼女を私に譲っていただきたい。彼女が隣国で存分にその腕を振るえるよう、国家レベルで支援することを約束しよう」

静寂。
広間に、重苦しい沈黙が流れました。
お父様が「娘を奪う不届き者め!」と怒り出すのか。あるいは「隣国への嫁入りなど許さん!」と泣き崩れるのか。
私は、あらゆる反論に対する再反論のスクリプトを脳内で準備し、身構えました。

……ですが。

「……おお……。おおおおお!!」

お父様が、ガタッと椅子を蹴るような勢いで立ち上がりました。
そして、私の予想を裏切る速度でレオナード殿下に駆け寄り、その両手をガッシリと握りしめたのです。

「レオナード殿下! 本当ですか!? 本当に、この……この、理屈っぽくて、可愛げがなくて、隙あらば実の親にまで損害賠償を請求してくるような娘を、貰ってくださるのですか!?」

「お父様!? 私の紹介文に、悪意のあるバイアスがかかりすぎていませんこと!?」

「黙っていなさい、セリーナ! 殿下、正気ですか!? 彼女、夜中まで複利計算をしているような女ですよ? 新婚旅行の行き先すら、期待収益率で選ぶような娘ですよ!? それでもいいんですか!?」

父の必死な確認に、レオナード殿下は、これ以上ないほど晴れやかな笑顔で答えました。

「ええ。それこそが、私の求めていた理想の女性像です。……むしろ、彼女のその『合理性』がないと、私の人生は退屈で死んでしまうでしょう」

「……聖人だ。あなたは、我がエルバート公爵家にとっての救世主だ……!!」

父は、今にも泣き出しそうな顔でレオナード殿下の手を激しく上下に振りました。
その横では、母がハンカチを顔に当てて、「ああ、良かった……。セリーナが一生独身で、家の蔵書をすべて帳簿に書き換えてしまうのではないかと心配しておりましたわ……」と、安堵の溜息をついています。

「…………。お父様、お母様。私の存在価値が、いつの間にか『在庫処分の対象』のようになっているのですが、これは気のせいですかしら?」

「セリーナ、気にするな。……殿下、婚約などという生ぬるいことは言いません。今すぐ、今すぐにでも結婚式を挙げて連れて行ってください! 衣装? 宴? 費用はすべて我が家が持ちます! 特急料金を上乗せしても構わん!」

「感謝いたします、公爵。……では、一週間後の挙式ということでよろしいかな?」

「一週間!? 殿下、それは物理的に準備が……」

私が反論しようとした瞬間、父が「一週間で十分だ! 全速力で準備させろ!」と叫び、執事のセバスチャンを呼びつけました。

「……お嬢様。おめでとうございます。これでようやく、お屋敷の廊下をゴーレムが走り回る日々から解放されるのですね……」

セバスチャンまでが、遠い目をして涙ぐんでいます。

「……殿下。どうやら私の実家では、私の流出によるメリットが、損失を大幅に上回ると算出されているようですわね。……少し、自尊心が削れる音が聞こえましたわ」

「ふふ。いいじゃないか、セリーナ。君がどれだけ周囲から『手に負えない』と思われていようと、私にとっては唯一無二のパートナーだ。……さあ、忙しくなるぞ。一週間で結婚式を完遂させる。……君の得意な『最短記録の更新』だ」

レオナード殿下は、私の肩を抱き寄せ、耳元で悪戯っぽく囁きました。

「……ふん。分かりましたわよ。やってやろうではありませんか! 世界で一番効率的で、無駄のない、かつ最高に豪華な結婚式を、たったの七日間で構築して差し上げますわ!」

こうして、私の結婚へのカウントダウンは、爆速のテンポで刻まれ始めました。
悪役令嬢としての過去を清算し、最強のビジネスパートナー……いいえ、伴侶を手に入れる。
私の人生という名のプロジェクトは、いよいよ最終段階へと突入したのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

私を婚約破棄した国王が処刑されたら、新しい国王の妃になれですって? 喜んで…と言うとでも?

あんど もあ
ファンタジー
幼い頃から王子の婚約者だったアイリスは、他の女性を好きになった王子によって冤罪をかけられて、田舎で平民として生きる事に。 面倒な貴族社会から解放されて、田舎暮らしを満喫しているアイリス。 一方、貴族たちの信頼を失った王子は、国王に即位すると隣国に戦争を仕掛けて敗北。処刑される。 隣国は、アイリスを新しい国王の妃にと言い出すが、それには思惑があって…。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

婚約なんてするんじゃなかったが口癖の貴方なんて要りませんわ

神々廻
恋愛
「天使様...?」 初対面の時の婚約者様からは『天使様』などと言われた事もあった 「なんでお前はそんなに可愛げが無いんだろうな。昔のお前は可愛かったのに。そんなに細いから肉付きが悪く、頬も薄い。まぁ、お前が太ったらそれこそ醜すぎるがな。あーあ、婚約なんて結ぶんじゃなかった」 そうですか、なら婚約破棄しましょう。

私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。 気が付くと闇の世界にいた。 そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。 この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。 そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを―― 全てを知った彼女は決意した。 「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」 ※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪ ※よくある悪役令嬢設定です。 ※頭空っぽにして読んでね! ※ご都合主義です。 ※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...