「君は悪役令嬢だ!」と言われましたが、興味ありません。

パリパリかぷちーの

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クライネルト侯爵家へと向かう馬車の中は、夜の静寂に満ちていた。

ガタガタと心地よい振動に身を任せながら、アーリヤは窓の外を流れる王都の夜景をぼんやりと眺めていた。

普通、長年連れ添った婚約者から、大衆の面前で婚約破棄を突きつけられた令嬢は、泣きじゃくるか、怒りに震えるか、あるいはショックで気を失うか、そのいずれかだろう。

しかし、アーリヤは違った。

彼女は馬車のシートに深く腰掛け、今日の出来事を一つの「事象」として冷静に分析し始めていた。

(まず、今回の婚約破棄劇における各登場人物の行動原理を整理しよう)

指を一本ずつ折りながら、頭の中の議事録を作成していく。

(議題1:ルキウス殿下の目的。彼はリリアナ・ベル嬢を新たな婚約者とし、私を排除したかった。そのための手段として、卒業記念パーティーという公の場を選んだ。これは、周囲へのアピールと、私に反論の隙を与えないという点で、短期的には合理的と言える)

ふむ、とアーリヤは一人頷く。

(しかし、長期的な視点で見れば、王家の決定を私的な感情で覆したという悪評は免れない。特に、クライネルト侯爵家を敵に回すリスクを考慮していない点は、次期国王としてはいささか思慮が浅い。マイナス評価ね)

次に、リリアナ・ベル嬢について。

(議題2:リリアナ嬢の行動。彼女は終始、か弱き被害者を完璧に演じていた。涙を流すタイミング、王子に助けを求める仕草、どれも計算され尽くしているように見えた。あれが天然だとすれば、彼女は恐るべき才能の持ち主ね。もし計算だとすれば、かなりの策士だわ)

どちらにせよ、自分とは違う人種だ、とアーリヤは結論付ける。

(まあ、私の興味の範囲外だけれど)

最も重要なのは、自分自身の今後だ。

(議題3:今後の私の行動計画。まずは両親への報告。次に、王家からの正式な通達を待つ。慰謝料や手切れ金の交渉は、父に任せるのが最も効率的。私はその間、かねてからの計画通り、王都の菓子店の完全制覇を目指す)

そこまで考えて、アーリヤの口元に、ほんのわずかに笑みが浮かんだ。

(ああ、忙しくなる。楽しみだわ)

彼女にとって、婚約破棄は悲劇ではなかった。

それは、面倒で退屈な「王太子妃」という役職から解放され、待ちに待った自由な生活を手に入れるための、ただの「手続き」に過ぎなかったのだ。



一方、主役が去った後のパーティー会場は、興奮と混乱の渦中にあった。

ルキウス王子は、涙ぐむリリアナを優しく抱きしめ、ヒーローのように囁いていた。

「もう大丈夫だよ、リリアナ。これからは私が君を守る」

「ルキウス様……!」

うっとりと王子を見上げるリリアナ。その周りでは、貴族たちが賞賛の声を上げていた。

「さすがはルキウス王子だ!」

「あの氷のようなクライネルト嬢より、ベル嬢の方がずっと国母にふさわしいわ!」

その光景を、アッシュ・ウォーカーは壇上の警護位置から冷めた目で見つめていた。

彼の脳裏には、先ほど颯爽と去っていったアーリヤの姿が焼き付いて離れなかった。

(あまりにも、冷静すぎやしないか……?)

アッシュは、王子付きの護衛として、これまで何度も三人の姿を見てきた。

ルキウス王子が糾弾した「アーリヤの罪状」。そのいくつかは、アッシュが実際に目撃した場面だった。

しかし、彼の記憶にある光景は、王子の言葉とは全く異なっていた。

『教科書を隠した』あの日。アッシュが見たのは、図書室の隅で自分の教科書が見つからずに泣きそうになっているリリアナに、アーリヤが「こちらにありましたよ。次からは所定の場所に戻しなさい。非効率的です」と言いながら、書棚の隙間から見つけ出した教科書を手渡している姿だった。

『階段から突き落とそうとした』あの日。アッシュが見たのは、長いドレスの裾を踏んで階段でバランスを崩したリリアナを、アーリヤがとっさに腕を掴んで支え、「足元に注意しなさい。怪我でもすれば、周囲に多大な迷惑がかかります」と無表情に告げている姿だった。

どちらの場面も、アーリヤの言葉は冷たく、表情もなかった。だが、その行動は明らかにリリアナを助けるものであり、「いじめ」とは到底思えなかった。

(あの人はただ、感情表現が極端に苦手なだけなのではないか? そして、全ての物事を合理性で判断しているだけなのでは……?)

その可能性に思い至った時、アッシュは目の前で繰り広げられている甘ったるい劇が、ひどく歪んだものに見えてきた。

王子は、自分の信じたい「物語」を信じ、それに当てはまらない事実から目を逸らしている。

リリアナ嬢は、無自覚かあるいは自覚的なのか、その「物語」の悲劇のヒロインを演じきっている。

そして、悪役に仕立て上げられた令嬢は、反論も弁明もせず、ただ「承知いたしました」の一言で全てを受け入れ、舞台から去って行った。

まるで、面倒な議論に関わること自体が、時間の無駄だとでも言うように。

(異様だ……)

常人であれば、名誉のために、プライドのために、必死に自己弁護をするはずだ。

それを一切しないあの人は、いったい何を考えているのか。

「アッシュ! もう警護はよい。リリアナを部屋まで送ってくる」

「はっ!」

ルキウスの声に、アッシュは思考を中断して短く答えた。

王子がリリアナをエスコートして壇上から降りていく。その姿に、アッシュは騎士として忠実に礼をしながらも、心のどこかで今まで抱いたことのない感情が芽生えるのを感じていた。

それは、不可解な存在への強い興味と、一つの巨大な欺瞞に対する、かすかな嫌悪感だった。
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