「君は悪役令嬢だ!」と言われましたが、興味ありません。

パリパリかぷちーの

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その頃、王宮は、新しい時代の幕開けに浮かれているように見えた。

少なくとも、表向きは。

第一王子ルキウスの隣には、氷の令嬢アーリヤではなく、春の妖精のように可憐なリリアナ・ベルが寄り添うようになっていた。

「ルキウス様、素敵ですわ」

「そうかい、リリアナ。君がいると、仕事もはかどるよ」

執務室で、ルキウスは上機嫌に言いながら、書類にサインをする。

その傍らで、リリアナはソファに座ってにこにこと彼を見つめているだけだ。

アーリヤがいた頃は、同じ執務室にいても会話はほとんどなく、ただ二人で黙々とそれぞれの書類仕事を片付けていた。それに比べれば、なんと華やかで心安らぐ光景だろうか。

ルキウスは、自分の選択は正しかったのだと、心から満足していた。

しかし、その満足に、小さな影が差し始めるのに、そう時間はかからなかった。

「うぅ……ルキウス様ぁ……」

その日、リリアナは妃教育の授業を終えると、目に涙をいっぱいためてルキウスの胸に飛び込んできた。

「どうしたんだ、リリアナ! 誰かにお前をいじめるようなことを言われたのか!?」

ルキウスは、すぐさま厳しい顔で問い詰める。

「ち、違いますぅ……。歴史の先生が……、難しいお話をいっぱいいっぱいするんですもの……」

「難しい話?」

「建国史がどうとか、近隣諸国との関係がどうとか……。リリアナ、そんなの全然わかりませんぅ……。頭が痛くなっちゃいました……」

しくしくと泣きじゃくるリリアナに、ルキウスはすっかり毒気を抜かれてしまった。

彼は優しく彼女の頭を撫でる。

「そうかそうか。辛かったな。大丈夫だ、リリアナはそんなに無理をしなくてもいいんだよ」

「本当ですか?」

「ああ。君は、ただ俺の隣で笑っていてくれれば、それでいいんだ」

甘い言葉に、リリアナはぱあっと顔を輝かせた。

しかし、そのやり取りを遠巻きに見ていた教育係の老婦人は、深い深いため息をついていた。

(アーリヤ様は、我々が教える前に、全ての歴史書を読破しておられたというのに……)

その心の声は、もちろん王子には届かない。

問題は、勉強だけではなかった。

豪華な調度品で彩られた王宮の食堂。昼食の時間がやってきた。

宮廷料理長が腕によりをかけて作った、舌平目のポワレがメインディッシュだ。

しかし、リリアナは、出された皿を前にして、フォークを持ったまま困った顔で首を傾げている。

「リリアナ? どうしたんだ、口に合わなかったか?」

ルキウスが心配そうに尋ねる。

「あの、あのですね……。このお魚さん、中に骨さんがいて、リリアナ、うまく食べられないんです……」

もじもじと、恥ずかしそうに言うリリアナ。

「なんだ、そんなことか。おい、誰か! リリアナのために、骨を全部取って差し上げろ!」

ルキウスが命じると、控えていた侍従が慌ててリリアナの皿を下げ、厨房へと走っていく。

「それと、このニンジンさんは、ちょっと苦手かもしれません……。色が、なんだか強くて……」

「わかった。料理長に伝えろ! これからは、リリアナの食事にニンジンは入れるなと!」

「ありがとうございます、ルキウス様! 大好き!」

無邪気に喜ぶリリアナに、ルキウスは満足げに微笑む。

だが、その裏で、厨房では料理長が頭を抱えていた。

「骨なしの魚を、ニンジンを使わずに、彩りよく……だと!? 無茶を言うな! アーリヤ様は、好き嫌いなど一切おっしゃらず、出されたものは何でも完璧なテーブルマナーでお召し上がりになったぞ!」

その叫びもまた、王子の耳には届かない。

極めつけは、公務の時間だった。

ルキウスが山積みの書類仕事に集中していると、隣で刺繍をしていたはずのリリアナが、すっと立ち上がって彼の腕に絡みついてきた。

「ルキウス様、お仕事ばっかりでつまらないですぅ」

「リリアナ、今大事なところなんだ。もう少しだけ待っていておくれ」

「いやですぅ。リリアナとお話してください。それか、お庭をお散歩しませんこと?」

うるうるとした瞳で上目遣いに見つめられると、ルキウスの決心は簡単に揺らいでしまう。

「う……。だが、これは今日中に……」

「リリアナより、お仕事の方が大事なんですか……?」

その一言が、とどめだった。

「わ、わかったよ! 少しだけだぞ!」

ルキウスはペンを置くと、リリアナに引きずられるようにして執務室を出て行った。

残された机の上には、手付かずの書類の山が、まるで墓標のようにそびえ立っている。

側近の官僚たちは、その光景をただ黙って見つめるだけだった。

彼らの間では、ここ数日、同じような会話が囁かれるようになっていた。

「また、王子は仕事を中断されたぞ……」

「ベル様は、悪気がないのはわかるのだが……」

「アーリヤ様がいらっしゃった頃が、恋しいな。あの方は、王子が公務を疎かにしようものなら、氷のような視線一つで王子を椅子に縫い付けておられた」

「我々が処理に困っている書類も、アーリヤ様なら『非効率的です』の一言で、完璧な改善案を提示してくださっただろうに……」

悪意のない、無邪気なわがまま。

それは、じわじわと、しかし確実に、王宮全体の機能を蝕み始めていた。

その日の夜、ルキウスは一人、山のような書類を前にして、うんざりした顔でため息をついた。

リリアナは「おやすみなさい」と可愛く言って、とうに自室に戻ってしまった。

(……終わらない)

昼間、リリアナと散歩した時間は楽しかった。だが、その分の仕事が、全て自分にのしかかってきている。

ふと、彼の脳裏に、今はもういない元婚約者の姿がよぎった。

いつも隣の席で、静かに、そして驚異的な速さで書類を片付けていた、あの無表情な横顔。

彼女がいた頃は、こんなふうに仕事が溜まることなど、決してなかった。

「……いや、何を考えているんだ、俺は」

ルキウスは、ぶんぶんと頭を振って、アーリヤの幻影を追い払った。

自分が選んだのは、リリアナなのだ。愛らしく、守ってやりたくなる、最高の女性だ。

そう、自分に言い聞かせる。

しかし、心の奥底に芽生えた小さな焦りと疲労感は、もはや無視できないほどに、彼の心を蝕み始めていた。
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