「君は悪役令嬢だ!」と言われましたが、興味ありません。

パリパリかぷちーの

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「ねぇ、ルキウス様ぁ。この書類に描いてある鳥さんの絵、とっても可愛らしいですわね」

執務室に、リリアナの甘く無邪気な声が響く。

ルキウスは、山積みの決裁書類から顔を上げ、彼女が指さしているものを見て、こめかみを引きつらせた。

「……リリアナ、それは鳥ではない。我が国の国璽、聖なる鷲を模した紋章だ」

「まぁ、そうだったのですね! でも、やっぱり可愛いですぅ」

くすくすと笑うリリアナに、ルキウスはもはや力なく微笑み返すことしかできなかった。

数週間前まで、彼女のこの無邪気さは、何よりも心を癒してくれる泉のようだった。

しかし、終わりなき公務に心身がすり減った今、その無邪気さは、時に鋭い棘のように感じられることさえあった。

(終わらない……。なぜだ、なぜ仕事が減らないんだ……!)

自分がアーリヤを追放し、リリアナを隣に置いた。自分の理想の治世は、ここから始まるはずだった。

なのに、現実はどうだ。

何もかもが、うまくいかない。まるで、見えない沼に足を取られ、もがけばもがくほど沈んでいくような感覚だった。

その時、執務室の扉が重々しくノックされた。

「殿下、宰相のゲルハルトにございます。至急、ご報告したいことが」

「うむ、入れ」

入ってきた宰相の顔が、常になく険しいことに、ルキウスは気づいた。

「リリアナ、すまないが、少し席を外してくれるかい?」

「はい、ルキウス様」

リリアナが部屋を出ていくと、宰相は深々と頭を下げ、そして、爆弾を投下した。

「殿下。現状を率直に申し上げます。このままでは、我が国の行政機能は完全に麻痺いたします」

「……何だと?」

ルキウスの顔から、笑みが消えた。

宰相は、ルキウスの机に数枚の羊皮紙を広げた。そこには、びっしりと細かい文字や数字が書き連ねてある。

「これは、各省庁における、ここ半月の業務遅延率のデータです。財務省で28%、外務省で35%、内務省に至っては42%もの遅延が発生しております」

「馬鹿な……。皆、怠けているのではないのか!」

「いいえ、彼らは寝る間も惜しんで働いております。それでも、追いつかないのです」

宰相は、ルキウスの目をまっすぐに見据えた。

「殿下は、ご存知でしたか? アーリヤ様が、ご自身の公務の傍らで、これだけの量の国政を、たったお一人で処理されていたという事実を」

「……アーリヤが?」

ルキウスは、思わず眉をひそめた。

「何を言っている、宰相。彼女はただ、俺の隣で静かにお茶を飲んだり、本を読んだりしていただけではないか」

「それは、殿下の目にそう映っていただけにございます」

宰相は、淡々と、しかし有無を言わさぬ迫力で続けた。

「財務省の予算案、その最終監査を行っていたのはアーリヤ様です。外務省が作成する外交文書、その一語一句を完璧なものに仕上げていたのもアーリヤ様です。内務省に殺到する陳情書を整理し、的確な優先順位をつけていたのも、全て、アーリヤ様だったのです」

「…………」

ルキウスは、言葉を失った。

宰相が語る「アーリヤの功績」は、彼の知らないことばかりだった。

いや、本当に知らなかったのだろうか。

ルキウスの脳裏に、過去の光景が断片的に蘇る。

いつも何かの書類に目を通していた彼女の姿。

自分が公務に飽きて投げ出すと、いつの間にか自分の分の書類まできれいに処理されていたこと。

自分が苦手な、細かい数字が並んだ報告書について質問すると、彼女はいつも即座に、的確な答えを返してきたこと。

あの時、自分はそれを当たり前のことだと思っていた。

彼女の類まれなる才能を、ただの「便利なもの」として、気にも留めていなかったのだ。

「そんな……。そんなはずは、ない……」

「これが、厳然たる事実です、殿下」

宰相は、さらに追い打ちをかける。

「現在、隣国との貿易協定の更新が難航しております。アーリヤ様がいらっしゃれば、半日で分析し終えるであろう膨大な資料の解読が、誰にもできずにいるのです。このままでは、我が国は多大な国益を損なうことになります」

国の、危機。

その原因を作ったのが、他の誰でもない、自分自身であるという事実。

自分が「悪役令嬢」と断罪し、無様に追い払った女が、この国の見えない支柱だったという、信じがたい真実。

ルキウスは、足元から崩れ落ちていくような感覚に襲われた。

「……っ!」

顔が、熱くなる。それは、怒りか、混乱か、それとも……恥辱か。

「君たちは……! 俺の判断が、間違っていたとでも言いたいのか!」

ルキウスは、声を荒らげた。自分の過ちを認めたくない、その一心で。

宰相は、そんな王子の姿に、静かに頭を垂れた。

「殿下のお立場、お察りいたします。ですが、これは感情論ではございません。国を救うため、今は、ただ事実を受け入れていただきたく……」

「……」

「殿下。我々にはもう、アーリヤ様のお力をお借りするしか道は残されておりません」

宰相のその提案に、ルキウスは最後のプライドを振り絞って叫んだ。

「ならんっ!!」

ガタン、と椅子を蹴立てて立ち上がる。

「俺が……俺が追放した女に、今さら頭を下げろと言うのか!そんなことできるはずがないだろう!」

「しかし、殿下!」

「黙れ!俺が俺自身がなんとかしてみせる! 彼女がいなくともこの国を治めてみせるわ!」

ルキウスは、そう見栄を切った。

だが、その声が虚勢であることは誰の目にも明らかだった。

宰相は、それ以上何も言わずただ静かに一礼して執務室を去っていった。

一人残されたルキウスは、机に積まれた書類の山をまるで憎い敵のように睨みつける。

そして、力なくその場に崩れ落ちた。

失ったものの大きさ、そして犯した過ちの重さに彼は初めて本当の意味で気づかされたのだった。
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