婚約破棄!顔が良すぎる王子なんて胃もたれするだけ!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
17 / 28

17

しおりを挟む
「……ああ、この不自然なまでの白さ。そして鼻をつくバラの芳香。……セバス、私は天国に召されたのかしら。それとも、ここは地獄の最下層?」

私は、王宮にある「元」自分の部屋の天蓋ベッドの上で、死んだ魚のような目をして天井を仰いでいた。
シーツは最高級のシルク。部屋の隅々まで磨き上げられ、窓からは降り注ぐような日差しと共に、出所不明のキラキラ粒子が舞い込んでいる。

「お嬢様。残念ながら、ここは現実です。そして、ここは天国でも地獄でもなく、お嬢様が十年間『胃もたれ』と戦い続けてきたアステリア公爵令嬢の私室ですよ」

セバスが、冷え切った紅茶を淹れながら事務的に答える。
彼はいつの間にか、下町の定食屋のエプロンを脱ぎ捨て、隙のない完璧な執事服に着替えていた。

「嫌よ、信じたくないわ! 私の鼻は、まだあの『熊の胃袋亭』のラードが焦げる香ばしい匂いを求めているのよ! なのに、何よこの部屋は。清潔すぎて逆にバイ菌が湧きそうだわ!」

「バイ菌は湧きませんが、お嬢様のストレスは爆発寸前のようですね。……はい、いつもの強めの胃薬です。お飲みください」

私は差し出された薬を、水もなしにガリガリと噛み砕いた。
苦味が口の中に広がるが、今の私にはこの刺激こそが唯一の救いだ。

「……ねえ、セバス。あのバカ王子……失礼、シリウス殿下は今どこに?」

「廊下で待機しておられます。お嬢様が『高貴な身に相応しい着替え』を済ませるのを、今か今かと、背景に薔薇を散らしながら待っておいでです。……ちなみに、一分間に三回のペースで扉に向かってウィンクを飛ばしておられますね」

「一分間に三回!? もはや痙攣(けいれん)じゃないの! あんなのをまともに食らったら、私の網膜が焼き切れてしまうわ!」

私はベッドの上でのたうち回った。
無理やり連れ戻されてから数時間。
私は「行方不明だった悲劇の婚約者」として、手厚すぎる保護……という名の監禁を受けていた。

その時、扉がノックもなしに勢いよく開かれた。

「ターニャ! 愛しの我が蝶々よ! 着替えは終わったかな? ああ、君の姿を一秒でも早くこの瞳に焼き付けたくて、僕は……僕は……ッ!」

扉から溢れ出したのは、物理的な「光」だった。
シリウス殿下。彼は今や変装のボロ布を脱ぎ捨て、純白に金の刺繍が施された、正視に耐えないほど豪華な礼装に身を包んでいた。

「ひ……ひぃぃぃぃっ! 目が、目がぁぁぁぁ!」

私は咄嗟に枕で顔を覆った。
しかし、王子の放つ「キラキラオーラ」は布切れ一枚など容易に貫通してくる。

「ふふ、そんなに照れなくてもいいんだよ、ターニャ。……さあ、顔を見せておくれ。君の泥だらけだった肌が、王宮の聖なる水で再び真珠の輝きを取り戻したところを……」

シリウスは優雅な足取りでベッドに近づき、私の枕を優しく引き剥がした。
至近距離。
そこには、神が全精力を注いで作り上げたような、非の打ち所のない「完璧すぎる美顔」があった。

「……っ。……う、うぷっ」

「ああ、なんてことだ! 感動のあまり、言葉も出ないのかい?」

シリウスは私の頬をそっとなぞり、自慢の青い瞳を細めて……パチリとウィンクをした。

(……一回。)

「君を失っていた数日間、僕の世界はモノクロームだった。だが、今こうして君の香りを嗅ぐだけで、僕の心には虹がかかる……」

(パチリ。……二回。)

「二度と離さないよ。たとえ君が、また泥遊び(皿洗い)をしたくなっても、僕がその泥をすべて金粉に変えてあげよう」

(パチリ。……三回。……一秒間に三回って、セバスの予言通りじゃない!!)

私は胃のあたりを突き上げる、かつてないほど激しい「もたれ感」に襲われた。
この男の顔面は、もはや兵器だ。
脂っこいものを食べ過ぎて気持ち悪くなるのとは次元が違う。
「美」という名の純粋な暴力が、私の内臓を雑巾絞りにしている。

「……殿下……。お願いですから……その、背景のバラを……閉まってください……。……あと、まぶたの運動も……控えて……」

「ふふ、シャイな僕の天使。……体調が悪いのかい? ああ、そうか! 急に僕という強すぎる光を浴びたから、体が驚いているんだね。……愛の好転反応だ、喜ばしいよ!」

「(喜ばしいわけあるかぁぁぁぁ!!)」

私は心の中で絶叫し、再びベッドに沈み込んだ。

「セバス……。セバス、どこ……。助けて……」

「お嬢様、私はここですよ。……殿下、あまりお嬢様を追い詰めないでいただけますか。彼女は現在、重度の『美形酔い』を起こしております」

セバスが絶妙なタイミングでシリウスの肩に手を置いた。

「美形酔い? ……なるほど。僕が美しすぎる罪だね。……わかった、今日はこれくらいにしておこう。……ターニャ、今夜の晩餐は君の大好きなものを最高級のシェフに用意させたよ。楽しみにしていておくれ」

シリウスは最後にもう一度、核爆発級のスマイルを置き残して、軽やかに部屋を去っていった。
彼が通った後の廊下には、物理的な金粉がうっすらと積もっていたという。

「……セバス。……大好きなものって、何かしら」

「……おそらく、お嬢様が定食屋で食べていたものを『王宮流』にアレンジしたものでしょう。……嫌な予感しかいたしませんね」

「……私もよ。……ねえセバス、今のうちにこの窓から逃げられないかしら」

「窓の下には、殿下が配置した『ターニャ様を見守る騎士団』が、隙間なく整列しております。……残念ながら、お嬢様の自由は、このキラキラした牢獄の中に閉じ込められてしまったようです」

私は、再び胃の痛みを感じながら、窓の外に広がる「眩しすぎる庭園」を呪うように見つめた。
皿洗いの日々が、遠い昔の夢のように感じられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あの日々に戻りたくない!自称聖女の義妹に夫と娘を奪われた妃は、死に戻り聖女の力で復讐を果たす

青の雀
恋愛
公爵令嬢スカーレット・ロッテンマイヤーには、前世の記憶がある。 幼いときに政略で結ばれたジェミニ王国の第1王子ロベルトと20歳の時に結婚した。 スカーレットには、7歳年下の義妹リリアーヌがいるが、なぜかリリアーヌは、ロッテンマイヤー家に来た時から聖女様を名乗っている。 ロッテンマイヤーは、代々異能を輩出している家柄で、元は王族 物語は、前世、夫に殺されたところから始まる。

始まりはよくある婚約破棄のように

喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」 学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。 ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。 第一章「婚約者編」 第二章「お見合い編(過去)」 第三章「結婚編」 第四章「出産・育児編」 第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。 無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。 再び招かれたのは、かつて母を追放した国。 礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。 これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

処理中です...