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「……信じられません。この国の帳簿は、もはやファンタジー小説の域に達していますわね」
買収された旧王国の王立財務局。
イザベルは、アリスが「管理」していたという支離滅裂な帳簿を指先で弾いた。
そこには数字の代わりに『今日はみんなでニコニコしたから、金貨がいっぱい増えるといいな!』といったポエムや、花の押し花が挟まっていた。
「お言葉ですがイザベル様。アリス様は『愛があれば、複雑な計算なんていらない』とおっしゃって、公認会計士を全員解雇してしまったのです」
かつて王宮で働いていた事務官が、泣きそうな顔で報告する。
イザベルは眼鏡をクイと押し上げ、冷徹なまでの光をその瞳に宿した。
「……一行目、専門職の不当解雇。二行目、公文書の私物化。……三行目、国家予算の『おまじない』運用。……公爵様、これはもはや業務改善の域を超えています。更地(ゼロ)にして再構築した方が早いですわ」
「ああ。私も同感だ。……イザベル、君に全権を与える。この国の膿を全て出し切ってくれ」
アリストテレスが頷くと同時に、豪華な扉が乱暴に開かれた。
入ってきたのは、かつてイザベルを「冷酷な悪役令嬢」と指差していた有力貴族の老人たちだった。
「これはいかなる所業か! 我が一族は建国以来、この徴税業務を司ってきたのだぞ! それをノアールの若造と、追放された小娘が勝手に変えるなど、断じて許せん!」
イザベルは、騒ぎ立てる侯爵を一瞥すらせず、手元の資料をめくった。
「ボルドー侯爵ですね。貴方の部署の昨年度の『徴税効率』は、全国平均のマイナス四十パーセント。一方で『交際費』という名の飲み食い代は、予算の三倍。……お言葉ですが侯爵、貴方の存在そのものが、この国にとっての『バグ』ですわ」
「バ、バグだと!? 無礼千万な!」
「事実を述べているだけです。貴方が今日まで維持してきた地位は、単なる『既得権益』という名の非効率。……今この瞬間をもって、貴方を解雇(リストラ)します。三秒以内に荷物をまとめて退出しなさい」
「な、なんだと……!? この私をクビにすると言うのか!」
「一、二……」
「ま、待て! 私は……私は王家への忠誠を……!」
「三。はい、時間切れです。……衛兵。この『不良在庫(侯爵)』を、城門の外へ廃棄してきなさい」
イザベルの合図で、ノアール公国の屈強な騎士たちが、騒ぐ侯爵をつまみ出していく。
周囲にいた他の貴族たちは、そのあまりに速すぎる「処刑(クビ)」に、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
そこへ、アリスがひらひらとしたドレスを揺らして乱入してきた。
「イザベル様、ひどいです! みんな一生懸命、愛を持って働いていたのに! ボルドー様だって、アリスに美味しいお菓子をいっぱいくれた、とっても優しい人だったんですよ!」
「……アリス様。そのお菓子の代金が、隣村の堤防工事の予算から流用されていたことをご存知ですか?」
「えっ……? ていぼう……? 何ですか、それは。美味しいんですか?」
イザベルは深く、深くため息をついた。
彼女の論理回路が、目の前の「究極の非効率体」を理解することを拒絶していた。
「……セバス。彼女を今すぐ、旧王宮の地下にある『算術トレーニングルーム』へ収容しなさい。九九(くく)が完璧に言えるようになるまで、甘いものは一切禁止です」
「えぇー! 九九!? 二一が……二二……。……ウィルフレッド様ぁ! イザベル様がアリスをいじめますぅ!」
アリスが泣きついた先では、かつての王太子ウィルフレッドが、泥だらけになって庭の草をむしっていた。
「……アリス、すまない。私は今、一分間に十本の草を抜くという『ノルマ』を達成しないと、今日の昼食抜きなんだ。……君の愛よりも、今は一杯のスープが欲しい……!」
「そんな! ウィルフレッド様まで愛よりスープだなんて!」
絶望して崩れ落ちるアリスを尻目に、イザベルは次の書類にサインをした。
「……さて。不純物の排除は完了しました。……公爵様、これより本格的な『王国支部・爆速経済再生プラン』を起動します。……三ヶ月で、この国のGDPを二倍に引き上げてみせますわ」
「ふ……。君なら、三ヶ月もかからないかもしれないな」
アリストテレスはイザベルの腰を引き寄せ、その有能すぎる婚約者の横顔を、誇らしげに見つめた。
「イザベル。……この国の再生が終わったら、今度こそ、我々の結婚式の『最短工程表(スケジュール)』を組ませてくれ」
「……結婚式、ですか。……承知いたしました。……最大限の集客と、最小限のコスト、そして最高密度の幸福(リターン)を実現するプランを、爆速で立案いたしますわ!」
イザベルの頬が少しだけ赤らむ。
それは、どんな数字の羅列よりも美しい、彼女なりの「愛」の形だった。
一方、その頃。
リストラされた貴族たちは、城門の前で「イザベル様がいれば、少なくとも給料日の計算だけは正確だったのに……」と、今更ながら彼女の有能さを懐かしんで泣いていた。
買収された旧王国の王立財務局。
イザベルは、アリスが「管理」していたという支離滅裂な帳簿を指先で弾いた。
そこには数字の代わりに『今日はみんなでニコニコしたから、金貨がいっぱい増えるといいな!』といったポエムや、花の押し花が挟まっていた。
「お言葉ですがイザベル様。アリス様は『愛があれば、複雑な計算なんていらない』とおっしゃって、公認会計士を全員解雇してしまったのです」
かつて王宮で働いていた事務官が、泣きそうな顔で報告する。
イザベルは眼鏡をクイと押し上げ、冷徹なまでの光をその瞳に宿した。
「……一行目、専門職の不当解雇。二行目、公文書の私物化。……三行目、国家予算の『おまじない』運用。……公爵様、これはもはや業務改善の域を超えています。更地(ゼロ)にして再構築した方が早いですわ」
「ああ。私も同感だ。……イザベル、君に全権を与える。この国の膿を全て出し切ってくれ」
アリストテレスが頷くと同時に、豪華な扉が乱暴に開かれた。
入ってきたのは、かつてイザベルを「冷酷な悪役令嬢」と指差していた有力貴族の老人たちだった。
「これはいかなる所業か! 我が一族は建国以来、この徴税業務を司ってきたのだぞ! それをノアールの若造と、追放された小娘が勝手に変えるなど、断じて許せん!」
イザベルは、騒ぎ立てる侯爵を一瞥すらせず、手元の資料をめくった。
「ボルドー侯爵ですね。貴方の部署の昨年度の『徴税効率』は、全国平均のマイナス四十パーセント。一方で『交際費』という名の飲み食い代は、予算の三倍。……お言葉ですが侯爵、貴方の存在そのものが、この国にとっての『バグ』ですわ」
「バ、バグだと!? 無礼千万な!」
「事実を述べているだけです。貴方が今日まで維持してきた地位は、単なる『既得権益』という名の非効率。……今この瞬間をもって、貴方を解雇(リストラ)します。三秒以内に荷物をまとめて退出しなさい」
「な、なんだと……!? この私をクビにすると言うのか!」
「一、二……」
「ま、待て! 私は……私は王家への忠誠を……!」
「三。はい、時間切れです。……衛兵。この『不良在庫(侯爵)』を、城門の外へ廃棄してきなさい」
イザベルの合図で、ノアール公国の屈強な騎士たちが、騒ぐ侯爵をつまみ出していく。
周囲にいた他の貴族たちは、そのあまりに速すぎる「処刑(クビ)」に、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
そこへ、アリスがひらひらとしたドレスを揺らして乱入してきた。
「イザベル様、ひどいです! みんな一生懸命、愛を持って働いていたのに! ボルドー様だって、アリスに美味しいお菓子をいっぱいくれた、とっても優しい人だったんですよ!」
「……アリス様。そのお菓子の代金が、隣村の堤防工事の予算から流用されていたことをご存知ですか?」
「えっ……? ていぼう……? 何ですか、それは。美味しいんですか?」
イザベルは深く、深くため息をついた。
彼女の論理回路が、目の前の「究極の非効率体」を理解することを拒絶していた。
「……セバス。彼女を今すぐ、旧王宮の地下にある『算術トレーニングルーム』へ収容しなさい。九九(くく)が完璧に言えるようになるまで、甘いものは一切禁止です」
「えぇー! 九九!? 二一が……二二……。……ウィルフレッド様ぁ! イザベル様がアリスをいじめますぅ!」
アリスが泣きついた先では、かつての王太子ウィルフレッドが、泥だらけになって庭の草をむしっていた。
「……アリス、すまない。私は今、一分間に十本の草を抜くという『ノルマ』を達成しないと、今日の昼食抜きなんだ。……君の愛よりも、今は一杯のスープが欲しい……!」
「そんな! ウィルフレッド様まで愛よりスープだなんて!」
絶望して崩れ落ちるアリスを尻目に、イザベルは次の書類にサインをした。
「……さて。不純物の排除は完了しました。……公爵様、これより本格的な『王国支部・爆速経済再生プラン』を起動します。……三ヶ月で、この国のGDPを二倍に引き上げてみせますわ」
「ふ……。君なら、三ヶ月もかからないかもしれないな」
アリストテレスはイザベルの腰を引き寄せ、その有能すぎる婚約者の横顔を、誇らしげに見つめた。
「イザベル。……この国の再生が終わったら、今度こそ、我々の結婚式の『最短工程表(スケジュール)』を組ませてくれ」
「……結婚式、ですか。……承知いたしました。……最大限の集客と、最小限のコスト、そして最高密度の幸福(リターン)を実現するプランを、爆速で立案いたしますわ!」
イザベルの頬が少しだけ赤らむ。
それは、どんな数字の羅列よりも美しい、彼女なりの「愛」の形だった。
一方、その頃。
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