お言葉ですが殿下、その婚約破棄は非常に合理的です!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
15 / 28

15

しおりを挟む
「……信じられません。この国の帳簿は、もはやファンタジー小説の域に達していますわね」

買収された旧王国の王立財務局。
イザベルは、アリスが「管理」していたという支離滅裂な帳簿を指先で弾いた。
そこには数字の代わりに『今日はみんなでニコニコしたから、金貨がいっぱい増えるといいな!』といったポエムや、花の押し花が挟まっていた。

「お言葉ですがイザベル様。アリス様は『愛があれば、複雑な計算なんていらない』とおっしゃって、公認会計士を全員解雇してしまったのです」

かつて王宮で働いていた事務官が、泣きそうな顔で報告する。
イザベルは眼鏡をクイと押し上げ、冷徹なまでの光をその瞳に宿した。

「……一行目、専門職の不当解雇。二行目、公文書の私物化。……三行目、国家予算の『おまじない』運用。……公爵様、これはもはや業務改善の域を超えています。更地(ゼロ)にして再構築した方が早いですわ」

「ああ。私も同感だ。……イザベル、君に全権を与える。この国の膿を全て出し切ってくれ」

アリストテレスが頷くと同時に、豪華な扉が乱暴に開かれた。
入ってきたのは、かつてイザベルを「冷酷な悪役令嬢」と指差していた有力貴族の老人たちだった。

「これはいかなる所業か! 我が一族は建国以来、この徴税業務を司ってきたのだぞ! それをノアールの若造と、追放された小娘が勝手に変えるなど、断じて許せん!」

イザベルは、騒ぎ立てる侯爵を一瞥すらせず、手元の資料をめくった。

「ボルドー侯爵ですね。貴方の部署の昨年度の『徴税効率』は、全国平均のマイナス四十パーセント。一方で『交際費』という名の飲み食い代は、予算の三倍。……お言葉ですが侯爵、貴方の存在そのものが、この国にとっての『バグ』ですわ」

「バ、バグだと!? 無礼千万な!」

「事実を述べているだけです。貴方が今日まで維持してきた地位は、単なる『既得権益』という名の非効率。……今この瞬間をもって、貴方を解雇(リストラ)します。三秒以内に荷物をまとめて退出しなさい」

「な、なんだと……!? この私をクビにすると言うのか!」

「一、二……」

「ま、待て! 私は……私は王家への忠誠を……!」

「三。はい、時間切れです。……衛兵。この『不良在庫(侯爵)』を、城門の外へ廃棄してきなさい」

イザベルの合図で、ノアール公国の屈強な騎士たちが、騒ぐ侯爵をつまみ出していく。
周囲にいた他の貴族たちは、そのあまりに速すぎる「処刑(クビ)」に、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

そこへ、アリスがひらひらとしたドレスを揺らして乱入してきた。

「イザベル様、ひどいです! みんな一生懸命、愛を持って働いていたのに! ボルドー様だって、アリスに美味しいお菓子をいっぱいくれた、とっても優しい人だったんですよ!」

「……アリス様。そのお菓子の代金が、隣村の堤防工事の予算から流用されていたことをご存知ですか?」

「えっ……? ていぼう……? 何ですか、それは。美味しいんですか?」

イザベルは深く、深くため息をついた。
彼女の論理回路が、目の前の「究極の非効率体」を理解することを拒絶していた。

「……セバス。彼女を今すぐ、旧王宮の地下にある『算術トレーニングルーム』へ収容しなさい。九九(くく)が完璧に言えるようになるまで、甘いものは一切禁止です」

「えぇー! 九九!? 二一が……二二……。……ウィルフレッド様ぁ! イザベル様がアリスをいじめますぅ!」

アリスが泣きついた先では、かつての王太子ウィルフレッドが、泥だらけになって庭の草をむしっていた。

「……アリス、すまない。私は今、一分間に十本の草を抜くという『ノルマ』を達成しないと、今日の昼食抜きなんだ。……君の愛よりも、今は一杯のスープが欲しい……!」

「そんな! ウィルフレッド様まで愛よりスープだなんて!」

絶望して崩れ落ちるアリスを尻目に、イザベルは次の書類にサインをした。

「……さて。不純物の排除は完了しました。……公爵様、これより本格的な『王国支部・爆速経済再生プラン』を起動します。……三ヶ月で、この国のGDPを二倍に引き上げてみせますわ」

「ふ……。君なら、三ヶ月もかからないかもしれないな」

アリストテレスはイザベルの腰を引き寄せ、その有能すぎる婚約者の横顔を、誇らしげに見つめた。

「イザベル。……この国の再生が終わったら、今度こそ、我々の結婚式の『最短工程表(スケジュール)』を組ませてくれ」

「……結婚式、ですか。……承知いたしました。……最大限の集客と、最小限のコスト、そして最高密度の幸福(リターン)を実現するプランを、爆速で立案いたしますわ!」

イザベルの頬が少しだけ赤らむ。
それは、どんな数字の羅列よりも美しい、彼女なりの「愛」の形だった。

一方、その頃。
リストラされた貴族たちは、城門の前で「イザベル様がいれば、少なくとも給料日の計算だけは正確だったのに……」と、今更ながら彼女の有能さを懐かしんで泣いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

処理中です...