婚約破棄された悪役令嬢、念願の相談所を始めたら溺愛?

パリパリかぷちーの

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『ワイズマン万事相談所』には、今日も珍客が訪れていた。

「……助けてくれ、ワイズマン嬢! このままでは、せっかく購入した別邸が廃墟になってしまう!」

カウンターに縋り付いて泣いているのは、小太りの男――バロウ子爵だ。
彼は先日、王都の郊外に格安で屋敷を購入したのだが、そこには「先住者」がいたらしい。

「毎晩出るのだよ、幽霊が! 『出て行けぇぇ』と呻き声が聞こえ、廊下には血文字が浮かび、皿が勝手に飛び交うのだ!」

「ほう。ポルターガイスト現象ですね」

私は興味なさそうに紅茶(出がらし)を啜った。
正直、オカルトは専門外だ。
幽霊には請求書が届かないし、裁判所に訴えることもできない。
つまり、商売相手として非常に質が悪い。

「専門の除霊師に頼んではいかがです? 教会に行けば聖水を売ってくれますよ」

「頼んださ! だが、神父が逃げ出すほどの悪霊なんだ! ……君は『悪役令嬢』だろう? 悪には悪を、毒には毒をと言うじゃないか! なんとかしてくれ!」

「失礼な言い草ですね。……まあ、いいでしょう」

私は電卓を弾いた。
幽霊退治はリスクが高いが、不動産価値の回復という観点で見れば、成功報酬を高めに設定できる。

「『特殊清掃および不法占拠者排除業務』として承ります。基本料金は金貨百枚。危険手当は別途請求。よろしいですね?」

「は、払う! 悪霊さえ消えれば安いものだ!」

商談成立だ。
私は奥のソファで書類を読んでいたラシード公爵に声をかけた。

「閣下。出張業務です。ついてきていただけますか?」

「……私は除霊師ではないぞ」

「知っています。ですが、万が一『物理的な脅威』だった場合、閣下の剣腕が必要になります。……護衛代、お支払いしますから」

「……はあ」

公爵は重いため息をついたが、嫌そうな顔はしなかった。
最近の彼は、私の外回りに同行するのが日課になりつつある。
「お前を一人で歩かせると、別のトラブルを拾ってくるからだ」と言っているが、過保護なだけだと思う。

   ◇

現地到着。
王都から馬車で一時間ほどの森の中にある、古びた洋館だ。
確かに雰囲気はある。
窓は割れ、庭は荒れ放題。
いかにも「出ます」という看板を掲げているようだ。

「……嫌な気配だ」

ラシード公爵が剣の柄に手をかけ、目を細める。

「霊気を感じますか?」

「いや、人の気配がしないのが逆に不自然だ。……足跡も消されている」

「なるほど」

私は懐から『商売道具』を取り出した。
聖書でも数珠でもない。
金属製のバール(長さ六十センチ)である。

「……コンシュ。それはなんだ」

「除霊グッズ(物理)です。錆びついた扉をこじ開けたり、悪霊の物理的実体を粉砕したりするのに使います」

「……お前の中の除霊とは何なんだ」

私たちは屋敷の中へと足を踏み入れた。
ギシッ、ギシッ、と床板が軋む。

「ヒヒヒ……」

突如、どこからともなく不気味な笑い声が響いた。
子爵が「ひっ!」と悲鳴を上げて私の背後に隠れる。

「愚かな人間どもよ……立ち去れぇ……ここは呪われた地ぞぉ……」

低い、おどろおどろしい声。
廊下の奥から、白いモヤのような人影がゆらりと現れた。
顔がない。
ただ白い布が浮いているように見える。

「で、出たぁぁぁ! 悪霊だぁ!」

「……ふむ」

私は冷静に観察した。
白い布。半透明に見えるのは、照明の加減か、あるいは薄いシルクを使っているのか。
そして何より――。

「……閣下。あの幽霊、足がありますね」

「ああ。しかも高級な革靴を履いているな」

公爵も冷静だった。
私たちは顔を見合わせた。

「やっておしまい、閣下」

「人使いが荒いな」

公爵が一瞬で間合いを詰めた。
抜刀。
銀色の閃光が走り、幽霊の「体」を切り裂く――ことはせず、その被っている白い布だけを正確に剥ぎ取った。

「うわぁっ!?」

布の下から現れたのは、青ざめた顔の中年男だった。
手には「ヒヒヒ」という音声を再生するための魔道具(ボイスレコーダー的なもの)を持っていた。

「……な、なんだ貴様ら!」

「人間でしたか。残念、除霊(撲殺)はキャンセルですね」

私はバールを肩に担ぎ、男に近づいた。

「さて、不法侵入罪および威力業務妨害罪です。……あなた、どこかで見覚えがありますね?」

男の顔をよく見る。
痩せこけた頬、神経質そうな目。
記憶のデータベースを検索する。
王宮の出納係……いや、もっと個人的な……。

「あっ! 殿下の『隠し財産管理人』のボブ!」

「ギクッ!」

男――ボブが分かりやすく動揺した。

「そ、そんな名は知らん! 私はこの屋敷の地縛霊だ!」

「地縛霊が革靴を履いて魔道具を使いますか。……なるほど、読めましたよ」

私は周囲の壁をバールでコンコンと叩いた。

「ジェラルド殿下が『いつか城を追い出された時のために』と、横領した資金や宝物を隠していた場所がここですね? しかし、屋敷が売却されてしまった。慌てて幽霊騒ぎを起こし、買い手を追い出そうとした」

「な、なぜそれを……!」

「殿下の思考レベルなら、リスがどんぐりを隠す程度の知恵しかありませんから」

私は呆れてため息をついた。
あの元婚約者は、どこまで私に仕事を提供するつもりなのか。

「さて、ボブさん。選択肢は二つです。一つ、このまま公爵閣下に引き渡され、国家反逆罪(王族の資産横領幇助)で地下牢行き。二つ、隠している財産をすべて吐き出し、子爵への慰謝料として差し出す」

「そ、そんな……!」

「ちなみに地下牢の食事は一日一食、パンと水だけですよ。……さあ、どうします?」

私がバールで床をガンッ!と叩くと、ボブは泣き崩れた。

「じ、実を言うと……隠していたのは金目のものだけじゃないんです……」

「ほう?」

ボブが案内したのは、屋敷の地下室だった。
そこには、金貨や宝石の山――ではなく。

壁一面に飾られた、ジェラルド王子の『自作ポエム集』と『自分が主人公の冒険小説(未完)』、そして『自分の美しいブロマイド(等身大)』が保管されていた。

「……なんという呪いのアイテムだ」

ラシード公爵が頭痛を堪えるように額を押さえた。
確かに、これを見せられるのは悪霊を見るより精神的ダメージが大きい。

「殿下は『僕の芸術的才能が理解されないのは時代のせいだ! 後世のために保存しておく!』と仰って……」

「……処分しましょう。物理的に」

私は即断した。
これを世に出すことは、王家の恥、ひいては国の損失である。

「燃やします。キャンプファイヤーですね」

「ま、待ってください! これは殿下の魂そのもので……!」

「だからこそ除霊するんです!」

私は庭にそれらの「黒歴史グッズ」を積み上げ、ミナから没収していた高純度燃料をぶちまけた。

「点火!」

ボッ!!

盛大な炎が上がる。
等身大の王子の笑顔が、炎の中で歪んでいく。
まるで断末魔の叫びが聞こえるようだ。

「ああ……殿下の夢が……」

ボブが膝から崩れ落ちる。

「これで屋敷はクリーンになりました。子爵、除霊完了です」

震えていたバロウ子爵は、燃え上がる炎を見て涙ぐんでいた。

「あ、ありがとう! 悪霊(王子の黒歴史)が浄化されていくようだ! これで安心して眠れる!」

「ええ。では、こちらが請求書です。基本料金に加え、『王家の不祥事隠蔽手数料』として五割増しになっております」

「払おう! 喜んで払おう!」

こうして、幽霊屋敷事件は幕を閉じた。
帰りの馬車の中で、ラシード公爵が疲れたように言った。

「……結局、またジェラルドの尻拭いか」

「でも、儲かりましたよ。ボブが隠し持っていた『本物のへそくり(金貨)』も回収しましたし」

私は懐の重みを確かめて微笑んだ。

「……お前、本当にバールを使うとは思わなかったぞ」

「備えあれば憂いなしです。……閣下も、私の護衛お疲れ様でした。はい、これ」

私はポケットから、小さな包みを取り出した。
帰り道に買った、屋台の焼き菓子だ。

「報酬(の一部)です。甘いものでも食べて、疲れを癒やしてください」

公爵は目を丸くし、それから苦笑しながら受け取った。

「……安上がりの護衛だな、私は」

「これから高くつきますよ? 次はもっと大きな案件が待っていますから」

私は窓の外、王都の灯りを眺めた。
相談所に戻れば、また山のような書類と、そして新しい依頼が待っている。

「次はどんな『悪霊』が出るか、楽しみですね」

私の言葉に、公爵は「勘弁してくれ」と首を振ったが、その口元は菓子を齧りながら、少しだけ笑っていた。
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