婚約破棄された悪役令嬢、念願の相談所を始めたら溺愛?

パリパリかぷちーの

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「コンシュぅぅぅ! 助けてくれぇぇぇ!」

その日、相談所のドアを蹴破る勢いで飛び込んできたのは、またしても元婚約者、ジェラルド王子だった。

彼は以前のような煌びやかな衣装ではなく、どこか薄汚れた外套を被っている。
顔色は青白く、目の下にはクマ。
まるで亡国の王のような悲壮感が漂っていた。

私はカウンターで紅茶を飲んでいたラシード公爵と顔を見合わせた。

「……またですか」

「……懲りない男だ」

公爵が心底嫌そうに新聞を置く。
私はため息をつきつつ、営業スマイルを浮かべた。

「いらっしゃいませ、殿下。本日はどのようなトラブル(商品)をお持ち込みで?」

「トラブルじゃない! 緊急事態だ! ……金が、ないんだ!」

ジェラルドがカウンターに突っ伏して叫んだ。

「お小遣いが足りないのですか? 王妃様にねだってはいかがでしょう」

「母上にはもう『今月分は前借りしただろう!』と門前払いされた! 違うんだ、借金だ! 借金取りが城まで押しかけてきて……!」

「借金?」

私は眉をひそめた。
一国の王子が、城まで取り立てに来られるほどの借金を作るなど、通常ではあり得ない。

「幾らですか?」

「……き、金貨三千枚」

「はあ!?」

私が声を上げるより先に、ラシード公爵が椅子から立ち上がった。
その顔は怒りで赤を通り越して青ざめている。

「貴様……! 三千枚だと!? 小国の国家予算並みではないか! 何に使った!」

「だ、だって仕方ないじゃないか! ミナが『珍しい宝石が見たい』って言うから、東方の秘宝を買ったり……『お城みたいな別荘が欲しい』って言うから手付金を払ったり……」

「それだけで三千枚にはなりませんよ」

私が冷ややかに指摘すると、ジェラルドは視線を泳がせた。

「あ、あとは……その、投資だ! 『絶対に儲かる魔法の豆』というのを勧められて……」

「詐欺ですね」

「『幸福を呼ぶ壺』も買ったんだ! これを置いておけば金運が上がると……」

「霊感商法ですね」

私は頭を抱えた。
この王子、カモとしての才能が突出している。
歩くネギ背負いカモだ。

「で、でも! 王族特権でなんとかなるだろう!? コンシュ、お前の知恵で借金を帳消しにしてくれ!」

「……殿下。借金は魔法では消えません。消えるのはあなたの信用だけです」

私は電卓を取り出し、叩き始めた。

「金貨三千枚。年利一割として、利息だけで年間三百枚。今の殿下のお小遣い(歳費)では、利息を払うだけで破産します」

「そ、そんな……! 僕は王子だぞ!?」

「王子でも借金は借金です。……さて、選択肢は三つ」

私は指を三本立てて突きつけた。

「一、国王陛下に土下座して肩代わりしてもらう。ただし廃嫡のリスクあり」

「い、嫌だ! 父上に知られたら殺される!」

「二、夜逃げして身分を捨て、炭鉱夫として一生働く」

「もっと嫌だ! 僕の美しい手が荒れてしまう!」

「では、三。……私の作成する『地獄の債務整理プラン』を実行する」

ジェラルドが縋るような目で私を見た。

「そ、れだ! 三にする! コンシュならなんとかしてくれるんだろう!?」

「ええ。ただし、私の指示は絶対です。人権? ありませんよ、債務者に」

私はニッコリと、悪魔の笑みを浮かべた。

「ラシード公爵、証人をお願いします。これから殿下の『全財産差し押さえ』を行います」

   ◇

一時間後。
ジェラルドの私室(王宮内)は、オークション会場と化していた。

「はい、こちらの絵画! 殿下が『魂が震える』と購入した抽象画(作者不明)! 鑑定額は……額縁代のみで金貨三枚!」

「売るなー! それは僕の感性の結晶だ!」

「うるさい。次! オーダーメイドの礼服、五十着! 生地はいいのでリサイクルショップへ!」

「僕のファッションがぁぁ!」

私は次々と私物を処分していく。
宝石、骨董品、無駄に装飾過多な家具。
ラシード公爵が手配した古物商たちが、次々と運び出していく。

「ああっ! それはダメだ! ミナとの思い出のオルゴールが!」

ジェラルドが必死に一つの箱を守ろうとする。

「……殿下。これ、安物の既製品ですね。街の土産物屋で銅貨五枚で売っています」

「値段じゃない! プライスレスな思い出なんだ!」

「プライスレスで借金は返せません。没収」

「鬼! 悪魔! 計算機女!」

ジェラルドの罵詈雑言をBGMに、部屋はみるみる空っぽになっていった。
だが、それでも足りない。
売却益は金貨千枚ほど。
残り二千枚。

「……さて、ここからが本番ですね」

私はガランとした部屋で、ジェラルドに向き直った。

「資産の売却は終わりました。次は『固定費の削減』です」

「こ、固定費?」

「はい。殿下の生活水準を、一般市民レベル……いや、貧民レベルまで落とします」

私は羊皮紙に書いたプランを読み上げた。

「まず、おやつ代全額カット。最高級茶葉の使用禁止(麦茶に変更)。衣装の新調禁止(ツギハギ可)。そしてミナ様へのプレゼント代は『ゼロ』です」

「なっ……ミナに何もあげられないなんて、愛が死んでしまう!」

「愛があっても金がなければ生活は死にます。ミナ様も『真実の愛』があるなら、プレゼントなどなくても傍にいてくれるはずでしょう?」

「うっ……」

「それとも、彼女は殿下の金目当てだったと?」

「そ、そんなことはない! ミナは天使だ!」

「なら大丈夫ですね。明日からデートは公園のベンチで、手作りのお弁当(具なし)を持参してください」

ジェラルドが絶望的な顔で崩れ落ちる。

「そ、そして……これだけでは元本が減りません。よって、『収入の増加』を図ります」

「収入? 公務を増やせばいいのか?」

「いいえ。殿下の公務は失敗続きで、逆に賠償金が発生するリスクがあります。よって、殿下には『副業』をしていただきます」

「副業……?」

「はい。当相談所と提携している『内職』です」

私は大量のダンボール箱を部屋に運び込ませた。
中身は、造花と、封筒と、宛名シール。

「造花作り一本につき銅貨一枚。封筒貼り一枚につき銅貨〇・五枚。これを毎日、公務の合間と睡眠時間を削って行ってください。ノルマは一日千個です」

「せ、千個ぉ!? 王子の手でそんな下賤な作業をしろと!?」

「嫌なら炭鉱に行きますか?」

「……やります」

ジェラルドは涙目で造花を手に取った。
その手つきは不器用極まりないが、背に腹は代えられない。

その様子を見ていたラシード公爵が、呆れを通り越して感心したように呟いた。

「……王族に内職をさせるとは。お前、革命家になれるぞ」

「革命ではありません。更生プログラムです。……それに、これを見てください」

私は公爵に、こっそりと一枚の書類を見せた。
それは、今回回収した借金の『債権者リスト』だ。

「……ほとんどが、王都の悪徳商人と、裏社会の人間だな」

「ええ。殿下は騙されていたんです。法外な利息をつけて、王家を食い物にしようとする連中に」

私の目が光る。

「彼らには、過払い金返還請求と、詐欺罪での告発を行います。つまり、借金の元本自体を法的に圧縮し、逆に慰謝料をふんだくる」

「……なるほど。内職はあくまで『殿下への懲罰』か」

「本人が汗水垂らして稼がないと、金の重みは分かりませんからね。……それに、私のコンサル料もそこから回収しますし」

公爵は、黙々と造花を作り始めたジェラルドを見やった。

「うう……花びらがうまくつかない……」

「殿下、雑です。検品係(私)がハネますよ。やり直し」

「ひどいよコンシュぅ……」

かつて婚約破棄を突きつけた相手に、今は造花の作り方を指導されている。
その皮肉な構図に、公爵は小さく笑った。

「……ジェラルド。精々励むことだ。彼女を敵に回した代償は、高くつくぞ」

「わかってるよぉ! もう絶対、怪しい壺は買わないぃぃ!」

王子の悲鳴が部屋に響く。
こうして、王城の一室に『深夜の内職工房』が誕生した。

数日後。
市場には『王族御用達(王子手作り)』という触れ込みの造花が出回り、意外な高値で取引されることになるのだが、それはまた別の話である。

私の手元には、債務整理の手数料として、きっちりと金貨が入ってきた。
やはり、馬鹿な元婚約者は最高の金蔓(クライアント)である。
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