婚約破棄された悪役令嬢、念願の相談所を始めたら溺愛?

パリパリかぷちーの

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「……う~ん、おいしぃ~!」

『ワイズマン万事相談所』の休憩スペース。
そこでは、男爵令嬢ミナが、ホールケーキ(直径二十センチ)を一人で抱えてフォークを突き刺していた。
口の周りをクリームだらけにし、幸せそうに頬張っている。

その横で、作業着姿のジェラルド王子が、うっとりとした顔で見つめていた。

「ああ、ミナ……。君が食べると、ケーキまで輝いて見えるよ。僕のバイト代(全額)で買った甲斐がある」

「うん! ジェラルド様の稼いだお金の味がするよ! 最高!」

「そ、そうか! もっと稼ぐよ! 君のためなら、僕はドリル一号のトイレ掃除だって喜んでやる!」

バカップルだ。
私はカウンターで、冷めた目でその光景を見ていた。
隣のラシード公爵も、呆れ顔でコーヒーを啜っている。

「……平和だな」

「平和ボケですね。……しかし、少し気になることがあります」

私は電卓を弾きながら呟いた。

「なんです、ミナ様のその『食欲』。異常ではありませんか?」

「……育ち盛りなんだろう」

「男爵家の食費データを照合しましたが、彼女の実家は貧乏です。しかし、彼女の体型や肌艶は、王族並みの栄養状態を示しています。……つまり」

私は席を立ち、二人のテーブルへ歩み寄った。

「ミナ様。少しインタビュー(尋問)よろしいですか?」

「んぐ? なぁに、コンシュ様?」

ミナがフォークを咥えたまま首を傾げる。

「単刀直入にお聞きします。……貴女がジェラルド殿下に近づいた理由は何ですか? 『真実の愛』ですか? それとも……」

私はテーブルの上のケーキを指差した。

「王宮の『おやつ事情』ですか?」

その瞬間。
ミナの動きがピタリと止まった。
瞳孔が開く。

「……え?」

ジェラルドがキョトンとする。

「コンシュ、何を言っているんだ。ミナは僕の内面に惚れたんだよ! 僕が詩を朗読するたびに、彼女は目を輝かせていただろう?」

「……殿下。その詩の朗読会、いつも『ティータイム』に行われていませんでしたか?」

「あ……そういえば」

私はミナに向き直った。

「ミナ様。正直に答えてください。殿下が廃嫡され、王宮のお菓子が食べられなくなっても、貴女は殿下を愛し続けますか?」

緊張が走る。
ミナは視線を泳がせ、ケーキを見つめ、そしてジェラルドを見た。
長い沈黙の後。

彼女は、あまりにも純粋な瞳で、爆弾を投下した。

「……えっとね。ジェラルド様は好きだよ? 面白いし、キラキラしてるし」

「うんうん!」

「でも……王宮の『特製マロンタルト』が食べられないなら、一緒にいる意味は……五割減かな?」

「五割ィィィ!?」

ジェラルドが椅子から転げ落ちた。

「ご、五割!? 僕の存在価値、タルトの半分なの!?」

「だってぇ! あそこのシェフ、天才なんだもん! 私、あのお菓子を食べるために学園に入ったんだよ?」

ミナが悪びれもせずカミングアウトする。

「実家はおやつが出ないから、王立学園のパーティーに行けば食べ放題だって聞いて! そしたらジェラルド様が『僕の婚約者になれば、毎日特製ケーキが食べられるよ』って言うから……!」

「……釣られたんですね。餌に」

私が冷静に指摘すると、ミナは「てへっ」と舌を出した。

「まさか『真実の愛』の正体が『食欲』だったとは……」

ラシード公爵が肩を震わせて笑っている。
ジェラルドは灰になっていた。

「嘘だ……嘘だと言ってくれミナ……! 僕たちの愛は、砂糖菓子のように甘く、そして脆かったのか……!」

「あ、でもジェラルド様のことは嫌いじゃないよ! 今は『相談所のまかない』が美味しいから、一緒にいてあげる!」

「『ついで』感がすごい!」

ジェラルドが泣き叫ぶ。
そして、彼は立ち上がった。

「……もう嫌だ! こんな現実、耐えられない! 僕は旅に出る! 傷心旅行だ!」

彼がエプロンを脱ぎ捨て、出口へ走ろうとする。
職場放棄だ。
それは困る。

「……逃がしませんよ」

私が動くより早く、ラシード公爵が動いた。
瞬時に扉の前に立ち塞がる。

「……退いてくれ公爵! 僕は一人になりたいんだ!」

「ならん。お前にはまだ、借金(金貨一万枚以上)が残っている」

「愛が死んだのに、金の話なんてできるかぁ!」

「甘えるな」

公爵が冷徹に言い放つ。

「愛が死んでも腹は減る。腹が減れば金がいる。……ミナ嬢を見ろ。彼女の生き様こそ、生物として正しい姿だ」

見ると、ミナは修羅場を気にも留めず、残りのケーキを完食していた。

「ん~、ごちそうさま! ……あ、ジェラルド様、明日のおやつは何?」

「……!!」

その無邪気すぎる(残酷な)問いかけに、ジェラルドの膝が折れた。

「……明日のおやつは……僕の手作りクッキー(失敗作)だ……」

「えー、また焦げてるやつ? まあいいや、愛の力で消化するね!」

「ミナァァァ!!」

ジェラルドがミナに抱きついた。
号泣している。

「やっぱり君は天使だ! 僕の失敗作でも食べてくれるなんて!」

「(……単に悪食なだけでは?)」

私は心の中でツッコミを入れたが、口には出さなかった。
どうやら、この二人の関係は「共依存」ならぬ「餌付け関係」として成立しているらしい。
愛の形は人それぞれだ。
たとえそれが、カロリーベースで計算される愛だとしても。

「……一件落着ですね」

私が言うと、公爵は呆れたように首を振った。

「……お前の周りには、まともな人間はおらんのか」

「類は友を呼ぶと言いますからね。……あ、でも」

私は公爵を見上げて微笑んだ。

「閣下だけは、まとも(優良物件)だと信じていますよ?」

「……ふん。おだてても追加投資はせんぞ」

公爵はそっぽを向いたが、その口元は緩んでいた。

こうして、ミナの真実(食い意地)が暴かれたものの、ジェラルドの労働意欲(貢ぐための資金稼ぎ)は維持された。
私の相談所にとって、これ以上のハッピーエンドはない。

だが、運命はまだ私に平穏を与えてはくれなかった。
翌日、王城から一通の手紙が届く。
差出人は、国王陛下。
内容は――『コンシュ・ワイズマンの宮廷入りを命ず』。

最後のトラブルが、足音を立てて近づいていた。
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