婚約破棄された悪役令嬢、念願の相談所を始めたら溺愛?

パリパリかぷちーの

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「ない! ないのぉぉぉ!」

結婚式の開始一時間前。
新婦控室に、ミナの絶叫が響き渡った。

私とラシード公爵が駆けつけると、ウェディングドレス姿のミナが、引き出しや箱をひっくり返して暴れていた。
隣では、タキシード姿のジェラルド王子が顔面蒼白で震えている。

「どうしました、ミナ様。またお菓子が足りませんか?」

私が冷静に尋ねると、ミナは涙目で首を振った。

「違うの! 指輪! ジェラルド様と交換する『誓いの指輪』がないの!」

「……は?」

「さっきまで机の上にあったのに! ちょっと目を離した隙に消えちゃったの!」

場が凍りついた。
ただの指輪ではない。
今回、二人が使うのは王家に代々伝わる『光の指輪』だ。
時価、金貨五千枚。
もし紛失すれば、ジェラルドの借金は倍増し、一生ドリル一号の世話係確定である。

「探せぇぇぇ! 何としても探すんだぁぁ!」

ジェラルドが悲鳴を上げて床を這いずり回る。
侍女たちも大パニックだ。

私は眉間を押さえ、隣の公爵を見た。

「……閣下。会場の出入り口を封鎖してください。窃盗の可能性があります」

「了解した。……衛兵! アリ一匹逃すな!」

公爵が手際よく指示を出す。
私は腕まくりをして、現場検証に入った。

「ミナ様。最後に指輪を見たのはいつですか?」

「えっとね、三十分くらい前。……『お祝いクッキー』を焼こうと思って、生地をコネコネしてた時かな?」

「……クッキー?」

嫌な予感がした。
なぜ花嫁が式直前にクッキーを焼いているのか。
ツッコミどころは満載だが、今はスルーだ。

「その時、指輪はどうしていました?」

「汚れるから外して、横に置いて……。あ、そのあと『隠し味』を入れるのに夢中になって……」

「隠し味とは?」

「愛!」

「……物理的な材料名で答えてください」

「えっと、砕いたアーモンド!」

私は視線を部屋の隅に向けた。
そこには、可愛らしくラッピングされたバスケットが置かれている。
中には、焼き上がったばかりのゴツゴツしたクッキー。

「……まさか」

私はバスケットに歩み寄った。
甘い香りがする。
形は歪だが、こんがりと焼けている。

「……失礼します」

私はクッキーの一つを手に取り、躊躇なく真っ二つに割った。

サクッ。

中から出てきたのは、アーモンド――ではなく。
キラリと光る、プラチナのリングだった。

「……ありました」

「ええっ!?」

全員が驚愕する。

「な、なんでクッキーの中に!?」

「生地に混ぜたんでしょうね。アーモンドと間違えて」

私は呆れてため息をついた。
五千枚の指輪を焼き菓子にするとは、なんと贅沢な隠し味か。
しかも、もしこれに気づかず、式の中で食べさせ合いなどをしていたら……。

「ジェラルド殿下の喉に詰まって、式場が葬儀場になるところでしたよ」

「ひいいっ! 殺されるところだった!」

ジェラルドが首を押さえて後ずさる。

「あちゃ~、やっちゃった! ごめんね!」

ミナがテヘペロと舌を出す。
反省の色が見えない。

「……回収します」

私は指輪についたクッキー屑をハンカチで拭き取り、ジェラルドに渡した。

「はい、どうぞ。……『指輪捜索費用』および『緊急クリーニング代』として、金貨五十枚を請求します」

「は、払うよ! 命拾いしたと思えば安いもんだ!」

ジェラルドが涙目で指輪を受け取る。
これで一安心……と思った矢先だった。

「大変です! 今度は神父様が倒れました!」

侍女が飛び込んできた。

「はあ!? なんで!?」

「ミナ様の焼いた『試作品クッキー』を召し上がって、泡を吹いて……!」

「ミナァァァ!! 何を入れたんだァァ!」

ジェラルドが絶叫する。

「えっ? 栄養ドリンク(マンドラゴラ入り)だけど?」

「毒殺未遂だ!」

会場は大混乱に陥った。
神父不在。
開始時刻まであと十分。
招待客(借金取りや、王子の不始末を知る関係者たち)はすでに席についている。

「……どうするんだ、これ」

ラシード公爵が頭を抱える。

「中止にするか? 暴動が起きるぞ」

「中止はできません。キャンセル料が発生しますし、何より殿下の更生(借金返済)が遠のきます」

私は即断した。
こうなれば、使えるものは何でも使う。

「……閣下。神父の資格、お持ちですよね?」

「は? ……まあ、公爵家の当主として、形式上の祭司資格はあるが」

「採用です。閣下が神父代行をしてください」

「私が!? 元婚約者の式で!?」

「適任です。殿下が誓いの言葉を破ろうとしたら、その場で『断罪(物理)』できますから」

「……なるほど。悪くない」

公爵がニヤリと笑い、黒いマントを翻した。

「よし、行くぞ。……コンシュ、お前は立会人だ。指輪(クッキーまみれ)を管理しろ」

「はい。……追加料金、発生しますからね!」

   ◇

そして始まった結婚式。

祭壇の前には、ガタガタ震えるジェラルドと、ニコニコしているミナ。
その前に立つのは、聖書ではなく『分厚い契約書(借用書)』を持った、魔王のようなラシード公爵。

「……新郎ジェラルド。汝、健やかなる時も、病める時も、富める時も(ないと思うが)、貧しき時も(確定だが)、妻を愛し、借金を返し続けることを誓うか?」

「ち、誓いますぅぅ!」

「新婦ミナ。汝、夫がハゲても太っても、おやつが出なくても、彼を愛し、共に労働することを誓うか?」

「えー、おやつなし? ……まあ、週一でケーキくれるなら誓いまーす!」

「……誓約成立」

公爵が契約書にサインをさせる。
厳かな雰囲気など皆無。
まるで闇金の契約更新現場だ。

しかし、参列者たち(債権者)からは、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

「よし! これで貸し倒れは免れたぞ!」
「働けよ王子!」
「ミナちゃん、逃げるなよー!」

異様な盛り上がりの中、二人は指輪(微かに甘い匂いがする)を交換した。

「……ふう。なんとかなりましたね」

私は柱の陰で、電卓を叩き終えた。
本日の売上、過去最高。
トラブル対応費、神父代行費、立会人手数料……すべてが私の利益となる。

「……疲れた」

公爵が戻ってきた。
神父の衣装(急拵え)を脱ぎ捨て、いつもの軍服に戻る。

「……二度と御免だ、あんな式は」

「同感です。……愛も感動もありませんでしたね」

「全くだ」

公爵は私を見つめ、ふと真剣な顔になった。

「……コンシュ」

「はい?」

「私たちの時は……もっと静かな式にしよう」

「……」

私たちの時。
その言葉の響きに、心臓が跳ねた。

「……誰もしない場所で、二人だけで。……契約書ではなく、心からの言葉を誓いたい」

公爵の手が、私の手に触れる。
その瞳は、騒がしい会場の中で、私だけを映していた。

「……見積もり、出しておいてくれ」

「……はい。格安プランで検討しておきます」

私は赤くなる顔を隠すように俯いた。
ジェラルドたちのドタバタ劇のおかげで、自分の結婚式へのハードルが下がったのは、唯一の怪我の功名かもしれない。

こうして、王都史上最も騒がしく、最も夢のない結婚式は幕を閉じた。
だが、物語はまだ終わらない。
次は、私自身が主役となる番だ。
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