悪役令嬢は婚約破棄に「異議なし」です!

パリパリかぷちーの

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「……平和だ」

私はテラスのデッキチェアに身を預け、南国の太陽を浴びながら呟いた。

手には、よく冷えたココナッツジュース。

足元には、私が育てた(正しくは、ミナに労働として植えさせた)ハイビスカスの花が咲き乱れている。

王都へ「爆弾(手紙)」を投下してから一週間。

何の音沙汰もないということは、あの王子もようやく現実を直視し、枕を濡らして諦めたということだろう。

「勝った。完全勝利よ」

私は祝杯を挙げるように、ジュースのストローを強く吸った。

「……気が早いな」

隣の椅子で、優雅に読書をしていたサイラスが口を挟む。

彼は今日も今日とて、我が家のテラスに入り浸っている。

「王都の諜報員からの報告だと、城内は大騒ぎらしいぞ。『王子が部屋に引きこもって奇声を発している』とか、『夜中に裏庭で藁人形(自分用)を打っている』とか」

「ふふっ。効果は抜群ですね。精神的ダメージによる行動不能。これぞ兵法で言う『戦わずして勝つ』です」

「だが、窮鼠猫を噛むという言葉もある。追い詰められたバカほど、何をするか分からんぞ」

「大丈夫ですよ。あの王子に行動力なんてありません。あるのは妄想力だけです」

私は高を括っていた。

その時だった。

ドォォォォン……!!

遠くから、腹に響くような轟音が聞こえた。

「!? な、なに!?」

私は飛び起きた。

火山の噴火か?

それとも、サイラスが隠し持っていた魔導兵器の誤射か?

「……海だ」

サイラスが本を閉じ、鋭い眼光で水平線を睨んだ。

私もサングラスをずらして海を見る。

そこには。

真っ青な海を切り裂くように、一隻の巨大な船がこちらに向かって爆走していた。

船首には、金色の女神像。

帆には、王家の紋章。

そして、甲板の先頭には、強風に煽られてマントをバタバタさせている金髪の男の姿が……!

「……嘘でしょ」

私は絶句した。

「ジェラルド王子……!?」

「……まさか、王家の軍艦を私用で持ち出したのか?」

サイラスも呆れている。

船は減速することなく、島の浅瀬に突っ込んできた。

ザザザザァァァァッ!!

豪快な座礁音と共に、船が砂浜に乗り上げる。

砂煙が舞う中、タラップが下ろされ、そこからジェラルド王子が転がり落ちるように上陸した。

「ピーーーーーースッ!!」

王子は叫んだ。

その形相は、鬼気迫るものがあった。

髪はボサボサ、目の下には濃いクマ、そして手には私が送った「赤い督促状」が握りしめられている。

「み、見つけたぞ……! こんな……こんな世界の果てまで逃げやがって……!」

「ひぃっ!?」

庭で草むしりをしていたミナが、悲鳴を上げて物陰に隠れた。

私はため息をつき、テラスの階段を降りた。

「……いらっしゃいませ。入島税は金貨百枚ですが、お持ちですか?」

「金の話をするな! 貴様、よくも……よくもあんな手紙を!」

王子は私の目の前まで走ってくると、ゼェゼェと荒い息を吐いた。

「『未発表ポエム集』の公開だと!? あれは僕の魂の叫びだぞ! それをオークションにかけるなど、人の心がないのか!」

「ありません。あるのは商売心だけです」

「それにミナの手紙! なんだあれは! 『投資対効果が悪い』だの『損切り』だの、あんな可愛いミナがそんな言葉を使うはずがない! 貴様が吹き込んだんだろう!」

「ご名答。教育的指導です」

私は悪びれもせず認めた。

「で? 文句を言うために、わざわざ軍艦で来たんですか? 燃料代の無駄ですね」

「違う! 迎えに来たんだ!」

王子は叫んだ。

その目には、狂気じみた光が宿っていた。

「分かったんだ、ピース。貴様がここまで執拗に僕を追い詰め、金を巻き上げ、恥をかかせる理由が!」

「理由? 嫌がらせとお金のためですが」

「嘘をつけ! これは『試練』なんだろう!?」

「……はい?」

王子は胸の前で両手を組んだ。

「貴様は、僕の愛を試しているんだ。王族という地位や名誉ではなく、僕個人として、泥にまみれてでも君を追いかける覚悟があるかどうかを!」

「……」

私は頭痛がしてきた。

ポジティブシンキングもここまで来ると、ある種の才能だ。

「そしてミナ! 君もだ! 君もピースと結託して、僕に冷たくすることで、僕の情熱に油を注ごうとしたんだね!」

物陰で震えていたミナが、恐る恐る顔を出した。

「ち、違いますぅ……! 本当に嫌なんですぅ……!」

「ああ、可愛い! その怯えた顔、演技とは思えない迫真さだ!」

「演技じゃないです!」

ミナが泣きそうな声で訴えるが、王子の耳には届かない。

「さあ、茶番は終わりだ! 二人とも船に乗れ! 王都へ帰って、三人で仲良く暮らそう! ピースは側室、ミナは正妃、そして僕は二人の愛の奴隷だ!」

「地獄絵図ですね」

私は即座に拒否した。

「お断りします。私はこの島での生活が気に入っているんです。主に、静けさと、美味しいご飯と、金銭的な余裕において」

「金ならあるだろう! 僕が払った慰謝料で!」

「あれは私の老後資金です。貴方との生活費には充てません」

「ええい、御託はいい! 力尽くでも連れて帰る!」

王子が私の腕を掴もうとした。

その瞬間。

ヒュンッ!

鋭い風切り音と共に、銀色の何かが王子の足元に突き刺さった。

「うわっ!?」

王子が飛び退く。

地面に突き刺さっていたのは、フォークだった。

それも、純銀製の、柄に家紋が入った高級品。

「……私の庭で、私の許可なく女に触れるな」

地獄の底から響くような、低く、冷徹な声。

王子がギギギ……と首を回してテラスの方を見た。

そこには。

逆光を背に受け、魔王のように仁王立ちするサイラス・グレイヴ辺境伯の姿があった。

「サ、サイラス……辺境伯……!?」

王子が裏返った声を上げた。

「な、なぜ貴公がここにいる!? ここはアスター家の領地のはずだぞ!」

「今は私の『食堂』だ」

サイラスはゆっくりと階段を降りてきた。

その一歩ごとに、王子が後ずさる。

「食堂……?」

「そうだ。私は今、非常に機嫌が悪い。せっかくの食後のデザート(平和な時間)を、騒々しい羽虫に邪魔されたからな」

サイラスは私の隣に立ち、王子の前に立ちはだかった。

その身長差と、放たれる覇気の違いは歴然だった。

「ひぃ……!」

王子は完全に萎縮した。

だが、そこは腐っても王族のプライド。

震える足で踏み止まり、指を突きつけた。

「そ、そうか! 噂は本当だったんだな! 貴公が、ピースとミナを拐かして、囲っているという噂は!」

「拐かしてはいない。餌付けされているだけだ」

「なっ……! やはり貴様が黒幕か! 僕の愛する二人を、武力で支配し、ハーレムを作ろうとしているんだな!」

「……発想が貧困だな」

サイラスは呆れたように肩をすくめた。

「ハーレムなど興味はない。私が欲しいのは、ピースの作るスープと、安眠できる空間だけだ」

「嘘だ! 辺境伯ともあろう男が、そんなささやかな望みで動くはずがない! 国の乗っ取りを企んでいるに違いない!」

話が飛躍しすぎている。

私は呆れて口を挟んだ。

「殿下。妄想も大概にしてください。サイラス様は、私のビジネスパートナーです」

「ビジネスだと!? 愛のない関係か!」

「愛より信頼と現金の方が強固な絆です」

「黙れ黙れ! 僕は認めないぞ! 決闘だ!」

王子は腰の剣を抜いた。

……抜いてしまった。

国最強の「氷の魔術師」と呼ばれる男の前で。

「サイラス・グレイヴ! 貴公に決闘を申し込む! 僕が勝ったら、二人を返してもらう! 貴公が勝ったら……」

「勝ったら?」

サイラスが面白そうに眉を上げた。

王子はゴクリと唾を飲み込み、悲壮な覚悟で叫んだ。

「僕が手切れ金として払った、王都の屋敷二軒分の権利書をくれてやる!」

ピクッ。

私の耳が反応した。

「……屋敷、二軒分?」

私はサイラスの袖を引いた。

「サイラス様。受けてください」

「おい」

「勝ち確のボーナスステージです。やらない理由がありません」

「お前な……」

サイラスは深いため息をついたが、その目は笑っていた。

「やれやれ。食後の運動には丁度いいか」

サイラスは素手で前に出た。

武器など必要ないという意思表示だ。

「来い、王子。その腐った根性、私が叩き直してやる」

「おのれぇぇぇ! 王家の剣技、見せてやるぅぅぅ!」

王子が突っ込んでくる。

へっぴり腰で。

私はテラスに戻り、ミナを呼んだ。

「ミナ嬢、特等席よ! ポップコーンはある?」

「は、はい! 厨房に作り置きが!」

「持ってきて! 観戦料を取って、村人たちにも見せましょう!」

こうして、私のボロ屋の庭で、歴史に残る(ほどくだらない)決闘の幕が切って落とされた。
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