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「信じられない……。僕が、この僕が、平民……?」
王都の城門前。
早朝の冷たい風に吹かれながら、一人の青年が呆然と立ち尽くしていた。
かつてのジェラルド王子、現在はただの無職、ジェラルド(20歳)である。
彼が身につけているのは、いつもの煌びやかなシルクの衣装ではない。
私が古着屋で金貨一枚で買い叩いてきた、ヨレヨレの麻のシャツと、膝に継ぎ当てのあるズボンだ。
「似合っていますよ、ジェラルド君」
私は馬車の窓から顔を出し、ニッコリと笑いかけた。
「素材の良さが引き立っています。貧乏神としての素材が」
「誰が貧乏神だ! まだ夢だと思いたい……! 父上が冗談で『ドッキリ大成功』の看板を持って出てくるのを待っているんだ!」
「残念ながら、陛下は今頃、貴方が去った祝杯をあげて二日酔いで寝ている頃です」
私は無慈悲に告げた。
「さあ、乗ってください。荷台に」
「に、荷台……? 客車ではなく?」
「客車は私とサイラス様、そしてミナ嬢専用です。貴方は『使用人枠』ですから、荷物の野菜と一緒に揺られてください」
「野菜扱いかよ!」
ジェラルドは涙目で抗議したが、御者台に座るサイラスの部下(強面)に睨まれ、すごすごと荷台に這い上がった。
「くそぉ……カボチャが硬い……」
「出発進行!」
私の号令と共に、馬車が動き出す。
目指すは、サイラスの治める辺境の地。
そこで私たちは、新たなビジネス……もとい、領地改革に乗り出すのだ。
道中。
馬車の中は快適だった。
「はい、サイラス様。あーん」
「……人前だぞ」
「いいじゃないですか。減るもんじゃなし」
私はバスケットからサンドイッチを取り出し、サイラスの口に運ぶ。
サイラスは少し照れながらも、素直に食べた。
「……美味い」
「でしょう? 愛の味がしますか?」
「ああ。あと、少しマスタードが効きすぎている気がするが」
「刺激的な愛ということで」
向かいの席では、ミナが「ヒィィ……目の毒ですぅ……」と顔を覆っているが、指の隙間からガッツリ見ている。
一方、荷台の方からは。
「痛い! 道が悪い! お尻が割れる!」
「お腹空いた! 誰かマカロンを持ってきて!」
「寒い! 僕の肌が荒れちゃう!」
という、騒音(ジェラルドの悲鳴)が絶え間なく聞こえてくる。
「……うるさいな」
サイラスが眉をひそめた。
「捨てていくか?」
「いえ、貴重な労働力です。現地に着いたら、あの声を『害獣除けのサイレン』として活用しましょう」
私は窓を開け、後ろに向かって怒鳴った。
「ジェラルド! 静かにしなさい! 騒音公害で給料から天引きしますよ!」
「給料って、時給銀貨一枚だろう!? これ以上引かれたらマイナスだよ!」
「じゃあ借金ですね。利子はトイチ(十日で一割)です」
「悪魔ぁぁぁ!!」
数日後。
私たちはついに、サイラスの領地である「グレイヴ辺境伯領」に到着した。
そこは。
「……何もない」
ジェラルドが荷台から転がり落ち、絶望の声を上げた。
見渡す限りの荒野。
岩、岩、そして岩。
遠くには雪を被った山々が見え、冷たい風が吹き荒れている。
以前いた南の島の別荘とは打って変わって、ここはまさに「北の最果て」のような厳しさだ。
(※注:サイラスの領地は広大で、南の海沿いから北の山脈まで続いている設定ということにしておこう)
「ようこそ、我が領地へ」
サイラスが馬車を降り、マントを翻した。
「ここが拠点の『鉄壁城(アイアン・フォート)』だ」
目の前には、装飾の一切ない、武骨極まりない黒い城塞がそびえ立っていた。
「か、可愛くない……」
ミナが呟く。
「刑務所みたいだ……」
ジェラルドが震える。
しかし、私の目には違って見えた。
(……宝の山だわ)
私はサングラスをずらし、周囲をスキャンした。
「サイラス様。あの岩肌に見えるキラキラしたのは?」
「ああ、ミスリル銀の鉱脈だ。掘るのが面倒で放置してある」
「あの山から湧いている湯気は?」
「天然の温泉だ。猿が入っているだけだが」
「あの森に生えている巨大な木は?」
「千年樹だ。硬すぎて加工できないから、薪にもならん」
私は震えた。
寒さではない。
興奮でだ。
「……放置国家ですね」
「忙しくてな。魔物退治以外に手が回らん」
「もったいない! 機会損失(オポチュニティ・ロス)の塊です!」
私は拳を握りしめた。
「決めました。私の最初の大仕事は、この領地の『大改造』です!」
私はジェラルドを振り返った。
彼は寒さで鼻水を垂らしながら、自分の体を抱きしめていた。
「おい、ピース。寒いぞ。早く中に入れてくれ。あと、温かいスープとフカフカのベッドを用意して……」
「ジェラルド」
私は満面の笑みで、足元のスコップを蹴り渡した。
カラン、と乾いた音がする。
「え?」
「貴方の仕事は、まず『温泉掘削』です」
「は?」
「あの山から温泉を引いて、ここに『スーパー銭湯』を作ります。貴方はそのためのパイプライン用の溝を掘ってください」
「スーパー……何?」
「いいから掘るんです。掘れば温かくなりますよ」
「嫌だ! 僕は王子だぞ! ……元、だけど! こんな肉体労働できるか!」
ジェラルドがスコップを蹴り返そうとした。
その瞬間。
ドスッ!
サイラスが投げた短剣が、ジェラルドの足元の地面(爪先1センチ)に突き刺さった。
「ひぃっ!?」
「……俺の婚約者の命令が聞こえなかったか? 『掘れ』と言っている」
サイラスの目がマジだ。
「さもなくば、その場所に貴様を埋めて、人柱にするぞ」
「や、やります! 掘らせていただきますぅぅぅ!」
ジェラルドは泣きながらスコップを握りしめ、カチカチの地面を掘り始めた。
「ちくしょぉぉぉ! 覚えてろよぉぉ! いつかここを掘り当てて、石油王になってやるぅぅ!」
「石油は出ませんが、温泉が出たら『番台のお兄さん』に昇格させてあげますね」
私は優しく声をかけ、ミナに向き直った。
「ミナ嬢、貴女には『広報担当』を任せます。この殺風景な城を『映えるスポット』に変えるためのアイデアを出して」
「は、はい! 私、カワイイ装飾なら得意です!」
「サイラス様は、私と一緒に『事業計画書』の作成です。ミスリル銀を使った特産品開発と、温泉リゾートの誘致について詰めましょう」
「……分かった。だが、その前に」
サイラスが私の腰を引き寄せた。
「報酬の前払いを頼む」
「えっ、ここで?」
「寒いからな。温めてくれ」
衆人環視(主に泣きながら穴を掘る元王子と、呆れる兵士たち)の中で、サイラスは私の唇を塞いだ。
「ん……っ」
濃厚なキス。
寒空の下だが、顔から火が出そうだ。
「……あーあ、やってらんねぇよ」
穴の中でジェラルドがやさぐれている。
「父上、僕は元気です。……嘘です。地獄です」
こうして、元王子ジェラルドの華麗なる転落人生と、私の野望に満ちた領地改革が、同時に幕を開けたのである。
王都の城門前。
早朝の冷たい風に吹かれながら、一人の青年が呆然と立ち尽くしていた。
かつてのジェラルド王子、現在はただの無職、ジェラルド(20歳)である。
彼が身につけているのは、いつもの煌びやかなシルクの衣装ではない。
私が古着屋で金貨一枚で買い叩いてきた、ヨレヨレの麻のシャツと、膝に継ぎ当てのあるズボンだ。
「似合っていますよ、ジェラルド君」
私は馬車の窓から顔を出し、ニッコリと笑いかけた。
「素材の良さが引き立っています。貧乏神としての素材が」
「誰が貧乏神だ! まだ夢だと思いたい……! 父上が冗談で『ドッキリ大成功』の看板を持って出てくるのを待っているんだ!」
「残念ながら、陛下は今頃、貴方が去った祝杯をあげて二日酔いで寝ている頃です」
私は無慈悲に告げた。
「さあ、乗ってください。荷台に」
「に、荷台……? 客車ではなく?」
「客車は私とサイラス様、そしてミナ嬢専用です。貴方は『使用人枠』ですから、荷物の野菜と一緒に揺られてください」
「野菜扱いかよ!」
ジェラルドは涙目で抗議したが、御者台に座るサイラスの部下(強面)に睨まれ、すごすごと荷台に這い上がった。
「くそぉ……カボチャが硬い……」
「出発進行!」
私の号令と共に、馬車が動き出す。
目指すは、サイラスの治める辺境の地。
そこで私たちは、新たなビジネス……もとい、領地改革に乗り出すのだ。
道中。
馬車の中は快適だった。
「はい、サイラス様。あーん」
「……人前だぞ」
「いいじゃないですか。減るもんじゃなし」
私はバスケットからサンドイッチを取り出し、サイラスの口に運ぶ。
サイラスは少し照れながらも、素直に食べた。
「……美味い」
「でしょう? 愛の味がしますか?」
「ああ。あと、少しマスタードが効きすぎている気がするが」
「刺激的な愛ということで」
向かいの席では、ミナが「ヒィィ……目の毒ですぅ……」と顔を覆っているが、指の隙間からガッツリ見ている。
一方、荷台の方からは。
「痛い! 道が悪い! お尻が割れる!」
「お腹空いた! 誰かマカロンを持ってきて!」
「寒い! 僕の肌が荒れちゃう!」
という、騒音(ジェラルドの悲鳴)が絶え間なく聞こえてくる。
「……うるさいな」
サイラスが眉をひそめた。
「捨てていくか?」
「いえ、貴重な労働力です。現地に着いたら、あの声を『害獣除けのサイレン』として活用しましょう」
私は窓を開け、後ろに向かって怒鳴った。
「ジェラルド! 静かにしなさい! 騒音公害で給料から天引きしますよ!」
「給料って、時給銀貨一枚だろう!? これ以上引かれたらマイナスだよ!」
「じゃあ借金ですね。利子はトイチ(十日で一割)です」
「悪魔ぁぁぁ!!」
数日後。
私たちはついに、サイラスの領地である「グレイヴ辺境伯領」に到着した。
そこは。
「……何もない」
ジェラルドが荷台から転がり落ち、絶望の声を上げた。
見渡す限りの荒野。
岩、岩、そして岩。
遠くには雪を被った山々が見え、冷たい風が吹き荒れている。
以前いた南の島の別荘とは打って変わって、ここはまさに「北の最果て」のような厳しさだ。
(※注:サイラスの領地は広大で、南の海沿いから北の山脈まで続いている設定ということにしておこう)
「ようこそ、我が領地へ」
サイラスが馬車を降り、マントを翻した。
「ここが拠点の『鉄壁城(アイアン・フォート)』だ」
目の前には、装飾の一切ない、武骨極まりない黒い城塞がそびえ立っていた。
「か、可愛くない……」
ミナが呟く。
「刑務所みたいだ……」
ジェラルドが震える。
しかし、私の目には違って見えた。
(……宝の山だわ)
私はサングラスをずらし、周囲をスキャンした。
「サイラス様。あの岩肌に見えるキラキラしたのは?」
「ああ、ミスリル銀の鉱脈だ。掘るのが面倒で放置してある」
「あの山から湧いている湯気は?」
「天然の温泉だ。猿が入っているだけだが」
「あの森に生えている巨大な木は?」
「千年樹だ。硬すぎて加工できないから、薪にもならん」
私は震えた。
寒さではない。
興奮でだ。
「……放置国家ですね」
「忙しくてな。魔物退治以外に手が回らん」
「もったいない! 機会損失(オポチュニティ・ロス)の塊です!」
私は拳を握りしめた。
「決めました。私の最初の大仕事は、この領地の『大改造』です!」
私はジェラルドを振り返った。
彼は寒さで鼻水を垂らしながら、自分の体を抱きしめていた。
「おい、ピース。寒いぞ。早く中に入れてくれ。あと、温かいスープとフカフカのベッドを用意して……」
「ジェラルド」
私は満面の笑みで、足元のスコップを蹴り渡した。
カラン、と乾いた音がする。
「え?」
「貴方の仕事は、まず『温泉掘削』です」
「は?」
「あの山から温泉を引いて、ここに『スーパー銭湯』を作ります。貴方はそのためのパイプライン用の溝を掘ってください」
「スーパー……何?」
「いいから掘るんです。掘れば温かくなりますよ」
「嫌だ! 僕は王子だぞ! ……元、だけど! こんな肉体労働できるか!」
ジェラルドがスコップを蹴り返そうとした。
その瞬間。
ドスッ!
サイラスが投げた短剣が、ジェラルドの足元の地面(爪先1センチ)に突き刺さった。
「ひぃっ!?」
「……俺の婚約者の命令が聞こえなかったか? 『掘れ』と言っている」
サイラスの目がマジだ。
「さもなくば、その場所に貴様を埋めて、人柱にするぞ」
「や、やります! 掘らせていただきますぅぅぅ!」
ジェラルドは泣きながらスコップを握りしめ、カチカチの地面を掘り始めた。
「ちくしょぉぉぉ! 覚えてろよぉぉ! いつかここを掘り当てて、石油王になってやるぅぅ!」
「石油は出ませんが、温泉が出たら『番台のお兄さん』に昇格させてあげますね」
私は優しく声をかけ、ミナに向き直った。
「ミナ嬢、貴女には『広報担当』を任せます。この殺風景な城を『映えるスポット』に変えるためのアイデアを出して」
「は、はい! 私、カワイイ装飾なら得意です!」
「サイラス様は、私と一緒に『事業計画書』の作成です。ミスリル銀を使った特産品開発と、温泉リゾートの誘致について詰めましょう」
「……分かった。だが、その前に」
サイラスが私の腰を引き寄せた。
「報酬の前払いを頼む」
「えっ、ここで?」
「寒いからな。温めてくれ」
衆人環視(主に泣きながら穴を掘る元王子と、呆れる兵士たち)の中で、サイラスは私の唇を塞いだ。
「ん……っ」
濃厚なキス。
寒空の下だが、顔から火が出そうだ。
「……あーあ、やってらんねぇよ」
穴の中でジェラルドがやさぐれている。
「父上、僕は元気です。……嘘です。地獄です」
こうして、元王子ジェラルドの華麗なる転落人生と、私の野望に満ちた領地改革が、同時に幕を開けたのである。
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