最強の悪役令嬢、婚約破棄で逃げます!

パリパリかぷちーの

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「――以上で、亡命および国籍変更の手続きは完了です。ようこそ、軍事大国ヴォルフガングへ」

国境を越え、西の国の入国管理局。
鉄仮面のような無表情な審査官が、バンッ! と私の書類に承認印を押した。

「ふぅ……。これで晴れて、私は『敵国の悪女』から『こちらの納税者』になったわけね」

私は新しい身分証明書(パスポート)を受け取り、ペラペラと確認した。
そこには『カグヤ・スターダスト公爵夫人』という、まだ見慣れない名前が記されている。

「おめでとう、カグヤ。これで君は僕のものだ」

隣で手続きを終えたアレンが、嬉しそうに私の肩を抱く。

「誤解を招く言い方はやめて。私は国の所有物から、貴方の『共同経営者』になっただけよ」

「照れ屋さんだなあ」

「照れてません。事実確認です」

私は窓の外を見た。
そこには、私の祖国とは全く違う景色が広がっていた。

石造りの堅牢な建物。
整備された道路。
そして、規律正しく歩く人々。

「……空気が違うわね」

「気に入らないかい?」

「いいえ。無駄がなくて好きよ。街全体が巨大な時計仕掛けみたい」

私の「効率化オタク」としての血が騒ぐ景色だ。
ここなら、私のスローライフもシステム的に保証されるかもしれない。

「あのぉ……カグヤ様ぁ」

後ろから、げっそりした顔のミナが声をかけてきた。
彼女の手には、大量の「入国審査書類」が握られている。

「この『滞在目的』の欄、なんて書けばいいんですかぁ? 『カグヤ様のペット』って書いたら、係の人に怒られましたぁ……」

「当たり前です。『家事見習い』および『道化師(ピエロ)』と書いておきなさい」

「ピエロ……! かっこいい響きですぅ!」

ミナは目を輝かせて書き直している。
この子のメンタルは、もはやオリハルコン級だ。

「さて、と」

アレンが新聞スタンドから一部を購入し、広げた。

「祖国の様子が載っているよ。気になるかい?」

「……見出しだけ読んで」

「『前代未聞の舞踏会! 悪役令嬢、王太子の無能さをデータで証明』。『ヘリオス殿下、ショックで失神』。『国王陛下激怒、王太子を廃嫡し、北の修道院へ幽閉』」

「……幽閉?」

私が眉をひそめると、アレンはニヤリと笑った。

「表向きはね。実際は、君が残したマニュアルをマスターするまで、一歩も外に出られない『再教育プログラム』らしいよ」

「……あら。それは死刑より重い刑ね」

私は少しだけヘリオスに同情した。
あの分厚いマニュアルと、ミナの書き込みだらけのノート。
あれを読破するには、あのバカ王子の脳みそでは十年はかかるだろう。

「まあ、自業自得よ。彼には『学ぶ苦しみ』を味わってもらいましょう」

「厳しいねえ。でも、これで後腐れなく、君は僕の国で暮らせるわけだ」

アレンは私の手を取り、エスコートした。

「さあ、行こう。僕たちの家へ」



馬車で数時間。
辿り着いたのは、王都の一等地にそびえ立つ、要塞のような巨大な屋敷だった。

「……デカい」

「スターダスト家の本邸だよ。気に入った?」

「……掃除が大変そう」

「使用人が五十人いるから大丈夫さ」

門が開く。
そこには、映画のワンシーンのように、二列に整列した使用人たちが待ち構えていた。

「「「お帰りなさいませ! 閣下!」」」

一糸乱れぬ挨拶。
角度四十五度の完璧なお辞儀。
さすがは軍事国家の公爵家だ。

「そして、ようこそお越しくださいました。新しい奥様」

列の先頭から、一人の老人が進み出てきた。
白髪をきっちりと撫で付け、片眼鏡(モノクル)をかけた、いかにも「古株の家令」といった風貌だ。

「家令のグランツです。以後、お見知り置きを」

グランツは深々と頭を下げたが、その眼鏡の奥の目は、全く笑っていなかった。

(……値踏みされているわね)

私の直感が告げている。
彼は私を「敵国のふしだらな女」か、あるいは「若き当主をたぶらかした魔女」として見ている。

「紹介しよう、グランツ。彼女がカグヤだ。僕の妻であり、この屋敷の新しい女主人だ」

アレンが紹介すると、グランツは冷ややかに言った。

「……ほう。噂の『悪役令嬢』様ですか。随分と……華奢でいらっしゃいますな。当家の激務に耐えられるとは思えませんが」

先制攻撃だ。
「お前ごときに公爵夫人は務まらない」と暗に言っている。

私はニッコリと笑った。

「ご心配なく、グランツさん。私は『激務』をするつもりはありませんから」

「……は?」

グランツの眉が動く。

「私はアレンと契約を交わしました。『週休四日』および『家事免除』です。屋敷の管理は貴方たちにお任せして、私は部屋でゴロゴロさせていただきます」

「なっ……!?」

グランツだけでなく、後ろに控える使用人たちもざわめいた。
「何だこの女は」「公爵夫人としての自覚はないのか」という空気が広がる。

しかし、私は怯(ひる)まない。
むしろ、この「期待値の低さ」こそが好都合なのだ。

「ですので、私の部屋に最高級のベッドと、おやつの準備をお願いします。あと、温泉の湯加減は四十二度で」

私は扇子を開き、優雅に指示を出した。

「そ、そのような我儘(わがまま)……! 閣下、よろしいのですか!?」

グランツがアレンに助けを求める。
アレンは困ったように笑いながらも、私の腰を抱いた。

「ああ、いいんだ。彼女の言うことは絶対だ。……逆らわない方が身のためだよ、グランツ」

「閣下まで……!」

グランツは絶句し、悔しそうに拳を震わせた。
きっと心の中で「この魔女め、私が叩き直してやる」と思っているに違いない。

(ふふ、いいわよ。受けて立つわ)

私は心の中でガッツポーズをした。

王宮での「上司の尻拭い」にはうんざりだが、こういう「頑固な古参社員との知恵比べ」は嫌いじゃない。
私が「何もしない」ことで、逆に屋敷がどう変化するか。
あるいは、彼らが私の「有能さ(手抜きスキル)」にいつ気づくか。

「では、案内してちょうだい。私の寝床へ」

私は堂々と玄関をくぐった。
ミナも「わぁ、広いですぅ! かくれんぼし放題ですねっ!」とはしゃぎながらついてくる。

こうして。
私の新しい生活――敵地のど真ん中での「ニート公爵夫人ライフ」がスタートした。

だが、部屋に通された直後、私はテーブルの上に置かれた「あるもの」を見て、即座にアレンの襟首を掴むことになった。

「……アレン?」

「な、なんだい?」

「この山積みになっている書類……しかも『至急』の赤札がついている束は、何かしら?」

「あー……それは……」

アレンが視線を逸らす。

「実は、僕が留守にしている間に溜まった領地経営の未決済書類でして……カグヤなら、三分の一の時間で片付けられるかなーって……」

「……契約違反よ!!」

「ち、違うんだ! これは君への『歓迎パズル』だよ! 君、好きだろう? 効率化!」

「好きじゃないわ! 嫌いよ! ……貸しなさい!」

私は怒りながらも、書類の山に飛びついた。
悲しいかな、目の前に「非効率な書類」があると、片付けずにはいられない体質なのだ。

「やっぱりカグヤは働き者だねえ」

「うるさい! これが終わったら、一週間口をきかないからね!」

窓の外では、西の国の夕日が赤く燃えていた。
私の「働かない生活」への道のりは、国が変わってもまだまだ遠いようだった。
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