私からの婚約破棄は、王子様を狂わせるようです。

パリパリかぷちーの

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王宮の執務室は、しんと静まり返っていました。


窓から差し込む西日が、豪華な絨毯の上に長い影を落としています。


その中央で、第一王子アリステア様は、机に向かったまま石像のように固まっていました。


「……殿下。もう一時間、その姿勢のままですが」


側近のセドリックが、呆れたような、それでいて同情を隠しきれない声で話しかけました。


「セドリック……」


「は。何でございましょう」


「……終わった。私の人生は、今日、終わったのだ」


アリステア様の手元には、エリヤーヌが置いていった「婚約解消へのロードマップ」が、虚しく光を反射しています。


「また大袈裟な。エリヤーヌ様が何かおっしゃったのですか? いつもの『私はなんて素敵なのかしら』という自画自賛ですか?」


「……婚約、破棄だ」


「……はい?」


セドリックの手から、書類の束が滑り落ちました。


パラパラと床に散らばる紙の音が、静かな部屋に不自然に響きます。


「彼女は言ったのだ。自分のような眩しい光の傍にいるのは、私にとって苦行だろう、と」


「……ぷっ」


「笑ったか、貴様」


「いえ、滅相もございません。ただ……あまりにもあの方らしいというか、斜め上すぎる慈悲の心ですね」


セドリックは口元を押さえ、肩を震わせています。


アリステア様の蒼い瞳には、絶望の影が深く落ちていました。


「私は彼女を愛している。直視できないほどに。彼女が笑うたび、心臓が止まりそうになる。それを『苦痛で震えている』と解釈されるとは……」


「殿下が無表情すぎるのが原因ですよ。あの方は、自分の美しさに絶対の自信を持っています。だから、殿下の沈黙を『拒絶』ではなく『耐え忍んでいる』と脳内変換してしまったのでしょう」


「どうすればいい。今更、愛していると叫べばいいのか?」


「今のアレクサンドリア様にそれを言っても、『ああ、なんて健気なの。私への未練を断ち切るために、嘘をついてまで私を引き留めようとするなんて』と、さらに感動されるだけでしょうね」


アリステア様は、がっくりと机に突っ伏しました。


王子としての威厳など、もはや微塵も残っていません。


「彼女は明日……『次期婚約者候補リスト』を持ってくると言った……」


「徹底していますね。さすがは完璧を愛する公爵令嬢だ」


「セドリック、笑い事ではない。私は彼女以外の女など、視界に入れることすら苦痛なのだ!」


光の粒が、彼の銀髪の上で皮肉なほど美しく踊っています。


……一方、その頃。


ロシュフォール公爵邸では、エリヤーヌが鏡の前でうっとりと自分を眺めていました。


「まあ……。今日の私は、昨日よりもさらに慈愛に満ちた表情をしているわ」


彼女はシルクのブラシで、輝く銀髪を丁寧に梳かしました。


一振りするごとに、空気中に光の粒が散るような錯覚を覚えます。


「アリステア様を解放してあげる決断をしたことで、私の魂がさらに磨かれたのね。なんて尊いのかしら、私」


彼女は、机の上に広げた「次期婚約者候補リスト」に目を落としました。


そこには、控えめで、おとなしく、自己主張の少ない令嬢たちの名前が並んでいます。


「この方なら、アリステア様も気後れせずに済むわ。私の隣にいる時のように、酸欠で震えることもないでしょう」


エリヤーヌは、リストの一人に金色のペンで印をつけました。


「寂しいけれど、これも愛。私が美しすぎるのがいけないのよ。でも、大丈夫。別れた後も、私は彼の『最高の思い出』として、永遠に彼の心で輝き続けるのだから」


窓の外では、一番星が瞬き始めていました。


その光さえ、自分の瞳の輝きには及ばない。


エリヤーヌは満足げに微笑むと、明日持っていく手土産の準備を侍女に命じました。


「殿下の好物の、甘さ控えめの焼き菓子を用意してちょうだい。お別れへのカウントダウンは、甘美であるべきだわ」


彼女の周囲には、どこまでも透明で、どこか哀切な空気が漂っています。


本人は至って前向きで、幸せな勘違いの真っ只中にいるのですが。
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