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16話
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「見たんだよ、確かに。上品な身なりの少女が、夜更けにうちの宿にやってきてね」
王都近郊の小さな町。その外れにある古びた宿屋で、王子の命を受けた衛兵隊長オスカーは女将の話を聞いていた。
「馬車に乗ってたのか?」
「いえ、途中まで馬車だったみたいですけど、うちに来たときは徒歩でした。雨に濡れていて、随分と疲れている様子でね」
オスカーは女将の言葉を一字一句逃さぬよう、メモを取る。
「それはいつごろのことか。日付や時間が分かるか?」
女将はしばらく考え込み、店の帳簿を引っ張り出す。
「確か三日前の夜半でした。名前も宿帳に書かず、すぐに部屋にこもってしまったんですよ。でも、あんなに礼儀正しくて、高貴な雰囲気を持つ娘さんは滅多にいません」
女将が差し出した帳簿には、時刻だけが走り書きされていたが、客の名前欄は空白だった。
「すぐに立ち去ったのか?」
「はい。翌朝、日の出と共に出発されました。代金はしっかり払っていきましたが、どこへ行くかも言わなかったですね」
オスカーは帳簿を閉じ、静かにうなずいた。
「丁寧な支払いと振る舞い……それはティアラ様の可能性が高いな。足取りを追う必要がある」
女将は不安そうに首をかしげる。
「もしその子が、お探しのお嬢様だとしたら、どうしてこんな辺鄙な町に? 何か追われている様子でもなかったですよ」
オスカーは苦渋の表情を浮かべる。
「本人の意思で外に出ているのか、何かから逃げているのか、まだはっきりしません。いずれにせよ、ここ以降の足取りを探す手立てが必要です」
女将は少し申し訳なさそうに、しかし真剣な眼差しで続ける。
「宿を出たあと、町の外れにある雑貨屋で買い物をしていったって噂を聞きました。詳しいことは分からないけれど、そこに行けば何か分かるかもしれない」
オスカーは大きくうなずいた。
「ありがとう。大変助かった。宿屋の方々にはご迷惑をかけるが、万が一、同じ少女が再び訪れたらすぐに知らせてほしい」
女将は快く受け止め、「もちろんです」と力強く返事をする。
オスカーは宿を後にし、部下を伴って雑貨屋へと向かった。
ティアラの行方を示す手がかりは、少しずつ増えている。
だが、未だどの方向へ向かったのか確証はない。
「殿下に報告すれば、きっと自ら足を運ぶだろう。急いで戻らねば」
オスカーは馬を駆り、また一つの可能性を辿る。
もしこれが誤報でも、確かめずにはいられない。
焦燥感に駆られつつも、彼は着実に一歩ずつティアラの足跡を追い続けるのだった。
王都近郊の小さな町。その外れにある古びた宿屋で、王子の命を受けた衛兵隊長オスカーは女将の話を聞いていた。
「馬車に乗ってたのか?」
「いえ、途中まで馬車だったみたいですけど、うちに来たときは徒歩でした。雨に濡れていて、随分と疲れている様子でね」
オスカーは女将の言葉を一字一句逃さぬよう、メモを取る。
「それはいつごろのことか。日付や時間が分かるか?」
女将はしばらく考え込み、店の帳簿を引っ張り出す。
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「すぐに立ち去ったのか?」
「はい。翌朝、日の出と共に出発されました。代金はしっかり払っていきましたが、どこへ行くかも言わなかったですね」
オスカーは帳簿を閉じ、静かにうなずいた。
「丁寧な支払いと振る舞い……それはティアラ様の可能性が高いな。足取りを追う必要がある」
女将は不安そうに首をかしげる。
「もしその子が、お探しのお嬢様だとしたら、どうしてこんな辺鄙な町に? 何か追われている様子でもなかったですよ」
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「本人の意思で外に出ているのか、何かから逃げているのか、まだはっきりしません。いずれにせよ、ここ以降の足取りを探す手立てが必要です」
女将は少し申し訳なさそうに、しかし真剣な眼差しで続ける。
「宿を出たあと、町の外れにある雑貨屋で買い物をしていったって噂を聞きました。詳しいことは分からないけれど、そこに行けば何か分かるかもしれない」
オスカーは大きくうなずいた。
「ありがとう。大変助かった。宿屋の方々にはご迷惑をかけるが、万が一、同じ少女が再び訪れたらすぐに知らせてほしい」
女将は快く受け止め、「もちろんです」と力強く返事をする。
オスカーは宿を後にし、部下を伴って雑貨屋へと向かった。
ティアラの行方を示す手がかりは、少しずつ増えている。
だが、未だどの方向へ向かったのか確証はない。
「殿下に報告すれば、きっと自ら足を運ぶだろう。急いで戻らねば」
オスカーは馬を駆り、また一つの可能性を辿る。
もしこれが誤報でも、確かめずにはいられない。
焦燥感に駆られつつも、彼は着実に一歩ずつティアラの足跡を追い続けるのだった。
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