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16話
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王宮議会、第三審問広間――
そこは通常の貴族会議とは異なり、神殿法と王法、両者の交錯する“特例審議”の場として知られている。
普段は滅多に使われぬその部屋に、今日は重い緊張が漂っていた。
中央には、審問官ベルナール。
法服に身を包み、無表情に近いその顔は、王族であろうと怯ませる沈黙の威圧を放っている。
そして、その前に座らされているのは――聖女ミレーユ。
「本件は、“聖女の奇跡”とされる出来事に対し、その正当性と記録の整合を問う場である」
ベルナールの声が響く。
声は低く、平坦。だがその一語一語は、まるで刃のように空気を切り裂いた。
「神の声を聞いたとされるその瞬間――記録にある日時と、立ち会った神官の証言は一致していない。
では、聖女の力の根拠に、いかなる法の裏付けがあるのか?」
広間に沈黙が落ちる。
神殿側に座る神官たちが、顔を見合わせる。
「聖女の奇跡は、理ではなく信仰によって証明されるべきもの――」
「それは、“証明の放棄”を意味する」
ベルナールの言葉が冷たく突き刺さる。
「信仰は内心に宿るものであって、公の場において影響を与える“力”と認めるには、何らかの根拠が必要だ」
その一言で、神殿側が小さくざわめいた。
レオノーラは、議場の端でそのやり取りを見守っていた。
発言権こそ持たぬ立場だが、今日この場で何が問われるのか、彼女には痛いほどわかっていた。
ミレーユが伏せたままの瞳で、唇をきゅっと結ぶ。
「……私は、神の声を確かに聞きました。奇跡が起きたのも、わたくしの意志ではありません。神が――」
「その“神”とやらの意志を、他者が検証できる手段は?」
ベルナールの追撃。
「“私が聞いた”という一点の主張が、すべての契約や法規を凌駕するのならば、この王国の秩序は、いつか“声を名乗る者”に奪われる」
鋭い、極めて論理的な指摘。
ミレーユの肩が、かすかに揺れた。
レオノーラの視線が、彼女に向かう。
――ここまでが限界。これ以上は、ミレーユ自身の“心”が、答えを出さなければならない。
ベルナールは、それを知っていた。
だからこそ、責めず、詰めず、ただ“問い”を置くだけ。
その沈黙が、神殿すら凌駕する“圧”となって、議場全体を支配していく。
王族、神官、議員、すべての者がその刃の上を歩いているような緊張のなか、誰もが思った。
――この男は、言葉を選ばぬのではない。
言葉を絞り尽くした末に、“沈黙という刃”を振るっているのだと。
その日、聖女制度は初めて、“信仰ではなく理”の土俵に立たされた。
そして、レオノーラは静かに確信した。
この国は、今まさに“物語から現実へ”と進もうとしている。
誰かの涙ではなく、誰かの言葉によって。
そこは通常の貴族会議とは異なり、神殿法と王法、両者の交錯する“特例審議”の場として知られている。
普段は滅多に使われぬその部屋に、今日は重い緊張が漂っていた。
中央には、審問官ベルナール。
法服に身を包み、無表情に近いその顔は、王族であろうと怯ませる沈黙の威圧を放っている。
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声は低く、平坦。だがその一語一語は、まるで刃のように空気を切り裂いた。
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では、聖女の力の根拠に、いかなる法の裏付けがあるのか?」
広間に沈黙が落ちる。
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「聖女の奇跡は、理ではなく信仰によって証明されるべきもの――」
「それは、“証明の放棄”を意味する」
ベルナールの言葉が冷たく突き刺さる。
「信仰は内心に宿るものであって、公の場において影響を与える“力”と認めるには、何らかの根拠が必要だ」
その一言で、神殿側が小さくざわめいた。
レオノーラは、議場の端でそのやり取りを見守っていた。
発言権こそ持たぬ立場だが、今日この場で何が問われるのか、彼女には痛いほどわかっていた。
ミレーユが伏せたままの瞳で、唇をきゅっと結ぶ。
「……私は、神の声を確かに聞きました。奇跡が起きたのも、わたくしの意志ではありません。神が――」
「その“神”とやらの意志を、他者が検証できる手段は?」
ベルナールの追撃。
「“私が聞いた”という一点の主張が、すべての契約や法規を凌駕するのならば、この王国の秩序は、いつか“声を名乗る者”に奪われる」
鋭い、極めて論理的な指摘。
ミレーユの肩が、かすかに揺れた。
レオノーラの視線が、彼女に向かう。
――ここまでが限界。これ以上は、ミレーユ自身の“心”が、答えを出さなければならない。
ベルナールは、それを知っていた。
だからこそ、責めず、詰めず、ただ“問い”を置くだけ。
その沈黙が、神殿すら凌駕する“圧”となって、議場全体を支配していく。
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――この男は、言葉を選ばぬのではない。
言葉を絞り尽くした末に、“沈黙という刃”を振るっているのだと。
その日、聖女制度は初めて、“信仰ではなく理”の土俵に立たされた。
そして、レオノーラは静かに確信した。
この国は、今まさに“物語から現実へ”と進もうとしている。
誰かの涙ではなく、誰かの言葉によって。
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