「失礼いたしますわ」と唇を噛む悪役令嬢は、破滅という結末から外れた?

パリパリかぷちーの

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17話

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王宮リュミエールの大広間は、光と音の海に包まれていた。  
天井のシャンデリアには百本を超える蝋燭が灯り、弦楽の音色が天蓋にまで満ちている。

今宵は、王妃主催の仮面舞踏会。

貴族たちが仮面をつけ、素性も立場もひととき忘れて踊りに興じる、年に一度の“夜の劇場”。  
けれど今年ばかりは、誰もが気にしていた――この場に、断罪された“あの令嬢”が現れるのか否かを。

そしてその瞬間は、音もなく訪れた。

「……!」

白と黒の羽飾りをつけた仮面。  
深紅のドレスに身を包み、背筋を伸ばした女が、広間の入口に姿を見せた。

レオノーラ=ヴァン=エーデルハイト。

誰かが何かを言いかけたが、それは音楽にかき消された。  
その姿には、誰もが想定していた“復讐”の気配も、“屈辱”の色もなかった。

ただ、美しく、堂々と。  
まるでこの舞踏会の中心が、彼女であるかのように。

「よく来られたものですわね」

その声がしたのは、王宮の中央に設けられた花壇の傍。

薄桃色のドレスに、金の細工が施された仮面。  
誰が見ても、それが“聖女ミレーユ”であることは明らかだった。

「ええ、お招きいただきましたから。――貴女も、ご健勝そうで何よりですわ」

レオノーラは、完璧な微笑で応じた。  
そして、ほんの一言だけ、仮面越しに言葉を落とす。

「涙は……今夜は流されませんの?」

ミレーユの微笑が、わずかに凍る。

「ええ、今夜は舞踏が目的ですもの。涙など、似合いませんわ」

「まあ、それは残念。けれど……ご無理はなさらずに。貴女の“涙”は、いつだって効果的ですものね」

二人の会話はそれだけ。  
それ以上は、何も言葉にされなかった。

けれど、周囲にいた者たちは誰もが感じていた。  
この夜、仮面越しに交わされたのは、言葉ではない“宣戦布告”だったと。

笑顔の仮面、沈黙の視線、そして仄かに揺れる香水の香り――  
社交のすべてを武器に変えた二人の女たちが、王宮の中心で火花を散らした瞬間だった。

やがて弦楽が一段と高まり、舞踏が始まる。  
騎士と令嬢、侯爵と夫人、王子と聖女――  
仮面をつけた者たちが、あくまで“演じる”ことに徹しているなか、  
レオノーラは独り、仮面の奥で冷たい視線を宙に投げていた。

(この舞踏は、“終幕”の前奏に過ぎませんわ)

夜が更けるにつれ、仮面が落ちる者もいれば、深く食い込ませる者もいる。

だが令嬢は知っていた。  
“微笑みと沈黙”こそが、何より雄弁であることを。

この王宮という舞台で、彼女が語るべき言葉はまだ残されている。  
そしてその言葉は、やがてすべての“劇”を終わらせる力になるのだと。
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