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リリィ様から贈られた「致死量の百倍の毒入りケーキ」を完食し、さらにはお肌がツヤツヤになったという噂は、またたく間に王宮中を駆け巡った。
「泥沼令嬢の胃袋は異界に通じている」「彼女はあらゆる毒をスパイスに変える魔女だ」
そんな尾ひれがついた噂が、ついには国王陛下の耳にまで届いてしまったらしい。
「ポンド・フォン・マーガリン公爵令嬢。……急な呼び出しですまないな」
王宮の謁見の間。
玉座に深く腰掛けた国王陛下が、面白そうに私を見下ろしていた。
隣には、顔を引きつらせたセドリック殿下と、相変わらず無表情(でも魔力が漏れ出ている)ギルバート卿が立っている。
「……陛下。ご機嫌よう。お呼び出しの件、承っております。……ところで、あちらのテーブルにある金色のトレイに乗ったものは、もしや伝説の『王家秘伝の黄金パイ』でしょうか」
「ははは! いきなり食い付いたな。そうだ。だが、あれはまだ食べさせるわけにはいかん。……実はな、ポンド。お前に頼みがある」
陛下が身を乗り出し、真剣な(と言いつつ目が笑っている)表情で告げた。
「お前のその『鋼の胃袋』を見込んで、我が国の『毒見役総責任者』に就任してほしいのだ」
「……どくみやく、そうせきにんしゃ」
「そうだ。最近、我が国の重鎮を狙った毒殺未遂が相次いでいてな。お前のような、毒を食べて健康になる人材が喉から手が出るほど欲しい。毎日、王宮の最高級料理を一番に食べられる特権付きだぞ?」
王宮の最高級料理。
しかも、誰よりも先に。
それはつまり、食べ放題のパスポートを手に入れたも同然ではないか。
「……陛下。それはつまり、お仕事として、毎日美味しいものをいただくということでよろしいですね?」
「いかにも。給与も弾もう。どうだ、悪い話ではあるまい?」
「お受けいたし――」
「――お待ちください、陛下!!」
私の快諾を遮るように、ギルバート卿が前に踏み出した。
彼の足元から床がバリバリと凍りつき、謁見の間が一気に真冬の温度にまで下がる。
「……ギルバート卿。王の前だぞ。冷気を引っ込めろ」
「陛下! いかにポンドが……その、特殊な体質だとしても、彼女を毒見役などという危険な地位に就かせることは断じて認められません!」
「危険? 彼女は致死量の百倍を食べて肩こりを治したのだぞ? これ以上の適任者はおらん」
「それは結果論です! 彼女は公爵令嬢であり、私の……私の大切な女性なのです! 彼女を王宮の防波堤にするというのなら、この私、ギルバート・アイゼンが全力で阻止いたします!」
ギルバート卿の咆哮に、謁見の間が震えた。
セドリック殿下が「ひいっ」と情けない声を上げて、父である陛下の後ろに隠れる。
「……卿。私は、別に構わないのですが。毎日お肉が食べられるのですよ?」
「ポンド! 君は黙っていなさい! 君のその無防備な食欲が、どれほど私の心臓を凍りつかせているか分かっているのか!」
「……心臓が凍る? やはり魔力の使いすぎですね。温かいスープを飲みましょう」
「スープの話ではない!!」
ギルバート卿は、陛下の前に立ちはだかり、腰の剣(鞘に入ったまま)をカチャリと鳴らした。
王の前で武器を鳴らすのは本来なら大罪だが、今の彼にはそんな理屈は通じない。
「陛下。どうしても彼女を毒見役にしたいと仰るなら、まずはこの私を倒してからにしてください。……あるいは、私が陛下の毒見役をすべて引き受けます」
「……卿が? お前、毒耐性なんてないだろう」
「……魔力で毒を凍らせて無力化すれば済む話です。……彼女を、あのような禍々しいものに晒したくはないのです!」
ギルバート卿の必死な訴えに、陛下はしばらく呆気に取られていたが、やがて大爆笑し始めた。
「くかかかか! 面白い! あの『氷結騎士』が、一人の令嬢のためにここまで取り乱すとはな! ……分かった、毒見役の件は冗談だ」
「……冗談、ですか?」
「ああ。お前の覚悟を試しただけだ。……だが、ポンド。お前の胃袋が王国の至宝であることは間違いない。……どうだ、毒見役ではなく、『王宮食文化顧問』として、時々私の話し相手になりに来ないか?」
「食文化、顧問。……それは、美味しいものを食べて感想を言えばいいのですか?」
「そうだ。珍しい食材が入った時、一番に声をかけよう」
「……謹んでお受けいたします」
私は優雅に(内心でガッツポーズをしながら)一礼した。
ギルバート卿は、崩れ落ちるように膝をつき、大きく溜息をついた。
「……ああ。……寿命が縮んだ。……陛下、あまり私の心臓を試さないでいただきたい」
「ははは。お前がそれだけ彼女を大事にしているのが分かって満足だ。……セドリック、お前も少しは見習え」
「……はい。……というか、ポンドがそんなに凄いのなら、僕が婚約破棄したのは……」
「……殿下。今さら何を仰るのですか。私は今、最高に幸せな『顧問』生活を手に入れたのですから」
私は、陛下がようやく差し出してくれた「黄金パイ」を一口で仕留めながら、慈悲深い笑みを殿下に向けた。
……といっても、周囲には相変わらず「泥沼のような不気味な笑み」に見えていたようだが。
「……卿。このパイ、中にトリュフが入っていますよ。陛下の分を一口、奪って差し上げましょうか?」
「……よしなさい。……陛下、失礼します。……ポンド、帰るぞ。今日は君に、最高級の『胃薬』を買って帰る」
「いりませんよ、そんなもの」
泥沼令嬢の鋼の胃袋。
それは、国王すらも手玉に取り、最強の騎士を過保護な心配性に変えてしまう、王宮最強の武器であった。
「泥沼令嬢の胃袋は異界に通じている」「彼女はあらゆる毒をスパイスに変える魔女だ」
そんな尾ひれがついた噂が、ついには国王陛下の耳にまで届いてしまったらしい。
「ポンド・フォン・マーガリン公爵令嬢。……急な呼び出しですまないな」
王宮の謁見の間。
玉座に深く腰掛けた国王陛下が、面白そうに私を見下ろしていた。
隣には、顔を引きつらせたセドリック殿下と、相変わらず無表情(でも魔力が漏れ出ている)ギルバート卿が立っている。
「……陛下。ご機嫌よう。お呼び出しの件、承っております。……ところで、あちらのテーブルにある金色のトレイに乗ったものは、もしや伝説の『王家秘伝の黄金パイ』でしょうか」
「ははは! いきなり食い付いたな。そうだ。だが、あれはまだ食べさせるわけにはいかん。……実はな、ポンド。お前に頼みがある」
陛下が身を乗り出し、真剣な(と言いつつ目が笑っている)表情で告げた。
「お前のその『鋼の胃袋』を見込んで、我が国の『毒見役総責任者』に就任してほしいのだ」
「……どくみやく、そうせきにんしゃ」
「そうだ。最近、我が国の重鎮を狙った毒殺未遂が相次いでいてな。お前のような、毒を食べて健康になる人材が喉から手が出るほど欲しい。毎日、王宮の最高級料理を一番に食べられる特権付きだぞ?」
王宮の最高級料理。
しかも、誰よりも先に。
それはつまり、食べ放題のパスポートを手に入れたも同然ではないか。
「……陛下。それはつまり、お仕事として、毎日美味しいものをいただくということでよろしいですね?」
「いかにも。給与も弾もう。どうだ、悪い話ではあるまい?」
「お受けいたし――」
「――お待ちください、陛下!!」
私の快諾を遮るように、ギルバート卿が前に踏み出した。
彼の足元から床がバリバリと凍りつき、謁見の間が一気に真冬の温度にまで下がる。
「……ギルバート卿。王の前だぞ。冷気を引っ込めろ」
「陛下! いかにポンドが……その、特殊な体質だとしても、彼女を毒見役などという危険な地位に就かせることは断じて認められません!」
「危険? 彼女は致死量の百倍を食べて肩こりを治したのだぞ? これ以上の適任者はおらん」
「それは結果論です! 彼女は公爵令嬢であり、私の……私の大切な女性なのです! 彼女を王宮の防波堤にするというのなら、この私、ギルバート・アイゼンが全力で阻止いたします!」
ギルバート卿の咆哮に、謁見の間が震えた。
セドリック殿下が「ひいっ」と情けない声を上げて、父である陛下の後ろに隠れる。
「……卿。私は、別に構わないのですが。毎日お肉が食べられるのですよ?」
「ポンド! 君は黙っていなさい! 君のその無防備な食欲が、どれほど私の心臓を凍りつかせているか分かっているのか!」
「……心臓が凍る? やはり魔力の使いすぎですね。温かいスープを飲みましょう」
「スープの話ではない!!」
ギルバート卿は、陛下の前に立ちはだかり、腰の剣(鞘に入ったまま)をカチャリと鳴らした。
王の前で武器を鳴らすのは本来なら大罪だが、今の彼にはそんな理屈は通じない。
「陛下。どうしても彼女を毒見役にしたいと仰るなら、まずはこの私を倒してからにしてください。……あるいは、私が陛下の毒見役をすべて引き受けます」
「……卿が? お前、毒耐性なんてないだろう」
「……魔力で毒を凍らせて無力化すれば済む話です。……彼女を、あのような禍々しいものに晒したくはないのです!」
ギルバート卿の必死な訴えに、陛下はしばらく呆気に取られていたが、やがて大爆笑し始めた。
「くかかかか! 面白い! あの『氷結騎士』が、一人の令嬢のためにここまで取り乱すとはな! ……分かった、毒見役の件は冗談だ」
「……冗談、ですか?」
「ああ。お前の覚悟を試しただけだ。……だが、ポンド。お前の胃袋が王国の至宝であることは間違いない。……どうだ、毒見役ではなく、『王宮食文化顧問』として、時々私の話し相手になりに来ないか?」
「食文化、顧問。……それは、美味しいものを食べて感想を言えばいいのですか?」
「そうだ。珍しい食材が入った時、一番に声をかけよう」
「……謹んでお受けいたします」
私は優雅に(内心でガッツポーズをしながら)一礼した。
ギルバート卿は、崩れ落ちるように膝をつき、大きく溜息をついた。
「……ああ。……寿命が縮んだ。……陛下、あまり私の心臓を試さないでいただきたい」
「ははは。お前がそれだけ彼女を大事にしているのが分かって満足だ。……セドリック、お前も少しは見習え」
「……はい。……というか、ポンドがそんなに凄いのなら、僕が婚約破棄したのは……」
「……殿下。今さら何を仰るのですか。私は今、最高に幸せな『顧問』生活を手に入れたのですから」
私は、陛下がようやく差し出してくれた「黄金パイ」を一口で仕留めながら、慈悲深い笑みを殿下に向けた。
……といっても、周囲には相変わらず「泥沼のような不気味な笑み」に見えていたようだが。
「……卿。このパイ、中にトリュフが入っていますよ。陛下の分を一口、奪って差し上げましょうか?」
「……よしなさい。……陛下、失礼します。……ポンド、帰るぞ。今日は君に、最高級の『胃薬』を買って帰る」
「いりませんよ、そんなもの」
泥沼令嬢の鋼の胃袋。
それは、国王すらも手玉に取り、最強の騎士を過保護な心配性に変えてしまう、王宮最強の武器であった。
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