婚約破棄ですって!? 実はただの無自覚天然なだけです。

パリパリかぷちーの

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王宮の一角にある「食文化顧問専用サロン」。
そこは、国王陛下の直命により、世界中から集められた珍味や試作料理が運び込まれる、私にとっての聖域となっていた。
今日のお供は、隣国から献上されたという「熱帯の果実のコンフィ」だ。


「……ふむ。このねっとりとした甘み、そして後から追いかけてくる微かな酸味。これはまさに、太陽を煮詰めたような味ですね」


「ポンド、口の横にソースがついているぞ。……全く、顧問という大役を任されたというのに、君の無防備さは変わらんな」


呆れたように言いながら、ギルバート卿が手慣れた動作で私の顔を拭う。
もはや、彼が私の顔を拭くのは王宮の日常風景となりつつあった。
周囲の侍女たちも、最初は「騎士団長様が!?」と驚いていたが、最近では「今日も仲が良いわね」と微笑ましい視線を送ってくる。


「ポンド! こんなところで、何をしている!」


サロンの重厚な扉が、品のない音を立てて開いた。
現れたのは、最近すっかり影が薄くなっていたセドリック殿下だ。
その後ろでは、リリィ様が「殿下、そんなに急がなくても……」と息を切らしている。


「……殿下。ご機嫌よう。見ての通り、私は太陽を摂取して、内側から発光する準備をしております」


「意味が分からん! 貴様、王宮食文化顧問などという得体の知れない役職に就いて、調子に乗っているのではないか?」


「調子に乗る……。そうですね、このコンフィの糖分で、少しばかり気分は高揚しておりますが」


私は一切れの果実をフォークで突き出し、殿下に向けた。


「殿下もいかがですか? 一口食べれば、その尖った角が少しは丸くなるかもしれませんよ」


「いらん! ……ポンド、貴様に話がある。ギルバート卿、貴殿は席を外せ。これは元婚約者同士の、プライベートな会話だ」


殿下が胸を張り、威厳を保とうとする。
だが、ギルバート卿はピクリとも動かなかった。
それどころか、彼の周囲の温度が物理的に下がり、床に薄い氷の膜が張り始める。


「……殿下。今の彼女は陛下の直命を受けた顧問であり、私はその公式な護衛です。たとえ殿下であっても、彼女を不安にさせるような不審者の接近を許すわけにはいきません」


「誰が不審者だ! 私はこの国の第一王子だぞ!」


「……立場は関係ありません。……ポンド、不快か? 不快なら、今すぐこの男を窓から『排除』するが」


「排除……。いえ、窓から投げ捨てると、下にあるバラの生垣が傷んでしまいます。……殿下、用件を端的に仰ってください。コンフィの温度が変わってしまいます」


私は無表情で、かつ迅速に殿下を促した。
殿下は顔を赤くしたり青くしたりしながら、リリィ様をチラリと見てから、意を決したように叫んだ。


「……ポンド! 私は、お前の真の価値に気づいたのだ!」


「……真の価値? 私の胃袋に、国家予算並みの価値があると?」


「違う! お前の……その、底の見えない不気味さだ! 父上がお前を重用し、ギルバート卿までがお前に骨抜きにされているのを見て、私は悟った。お前には、私を支える『魔性の力』があるのではないかとな!」


殿下は、何を血迷ったのか、私の手を取ろうとしてギルバート卿の氷の障壁に指をぶつけた。


「痛っ!? ……ええい、とにかくだ! リリィも良いが、やはり王妃には、お前のような『何をされても動じない図太さ』が必要だと判断した。……喜べ、ポンド! 特別に、復縁を検討してやってもよい!」


サロンが、凍りついたような静寂に包まれた。
ギルバート卿の魔力が、もはや「吹雪」となって室内に吹き荒れ始める。
リリィ様は「な、なんですって殿下!? 私というものがありながら!」と絶叫している。


「……復縁。……殿下、それはつまり」


「分かったか! 私の寛大さに感謝しろ!」


「……殿下と一緒に、またあの『一食一時間以上かかる、味の薄いフルコース』を毎日食べなければならない、ということですか?」


私は、これまでにないほど真剣な眼差しで殿下を見つめた。
殿下は私の視線を「愛の再燃」と勘違いしたのか、鼻を高くして頷く。


「そうだ。王妃教育を再開し、私の隣で淑やかに笑っていろ」


「……謹んで、お断りいたします」


「……えっ?」


「一分一秒を争う揚げ物のサクサク感を無視し、中身のない会話で胃袋を疲れさせる生活など、今の私には耐えられません。……それに、殿下」


私は、隣で今にも剣を抜きそうなギルバート卿の袖を、ぎゅっと掴んだ。


「私は今、私専用にキノコを獲り、魚を凍らせて鮮度を保ち、さらには顔の汚れまで拭いてくれる『高機能な騎士様』という、最高のパートナーに恵まれているのです。……今さら、エビフライを落とさせるような殿下に戻る理由がありません」


「……こ、高機能な騎士様だと!? 貴様、私と騎士を比較するのか!」


「比較にもなりません。……卿、寒いです。殿下の頭を冷やすのはいいですが、私のコンフィが凍ってしまいます」


「……ああ。……すまない。……殿下。今の言葉、陛下にも報告させていただきます。……それと、二度と彼女に触れようとしないでいただきたい。次があれば、……貴方の王位継承権ごと、凍らせることになりますよ」


ギルバート卿の瞳は、冗談抜きで殺意に満ちていた。
殿下は「ひ、ひいいっ!」と悲鳴を上げ、リリィ様に抱きつかれるようにして逃げ出していった。


「……全く。殿下はいつも、おやつの時間を騒がしくされますね」


「……ポンド。君は、本当にあのような男に未練はないのだな?」


「未練? ……ああ、そういえばありましたね」


「なっ……! まだあるのか!?」


ギルバート卿が、絶望に打ちひしがれたような顔をする。
私は、最後の一切れのコンフィを口に運び、飲み込んでから答えた。


「殿下の夜会で出されていた、あの『伝説のコンソメスープ』。あれのレシピだけは、私の未練として残っています。……今度、顧問の権限で厨房から盗み出してきてください」


「…………。……ああ。……レシピだな。……分かった。……今夜中に、料理長を脅して、いや、説得して持ってこよう」


ギルバート卿が、深い安堵の溜息をつきながら、私の頭を優しく撫でた。
殿下の「復縁」という名の勘違いは、泥沼令嬢の「食欲」という名の鉄壁の前に、一瞬で粉砕されたのである。


「……卿。スープが手に入ったら、次はそれに合う最高のパンを探しに行きましょう」


「……ああ。……どこまでも付き合うさ。……君の胃袋が、私を選んでくれる限りな」


泥沼令嬢の愛。
それは、美味しい思い出と、それを共に作る相手への、絶対的な信頼(という名の食欲)で構成されていた。
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