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王宮の広大な中庭で、各国の使節団を招いた大規模なガーデンパーティーが開催されていた。
色とりどりの花々よりも、私の目を引くのはテーブルに並んだ「多国籍串焼きコーナー」だ。
スパイシーな香りが鼻腔をくすぐり、私の胃袋はすでにスタンバイ状態である。
「……ポンド、あまり身を乗り出すな。串が目に刺さったらどうする」
「大丈夫です、卿。私の動体視力は、今、お肉が焼き上がる瞬間の肉汁の動きを完全に捉えています」
ギルバート卿が私の腰を軽く支えながら、過保護な視線を送ってくる。
彼もまた、私の好みに合わせて特製の辛口ジンジャーエールを運んでくれるという、洗練された「給餌スキル」を発揮していた。
「ああっ、見つけたぞポンド! 私の最愛の元婚約者よ!」
背後から、鼓膜に響く騒がしい声がした。
キンキラキンの正装に身を包んだ男性が、大げさに両手を広げてこちらへ突進してくる。
私は肉の串を握ったまま、ゆっくりと振り返った。
「…………?」
「どうした、その驚いた顔は! やはり私の輝きに、改めて目を奪われたか?」
私は串を一口かじり、じっくりと咀嚼した。
そして、隣にいるギルバート卿の袖を引いて、小声で尋ねた。
「……卿。この、おめでたい色合いの派手な方は、どちら様でしょうか。我が家の新しい庭師の面接に来た方ですか?」
「…………ぷっ」
ギルバート卿が、珍しく吹き出した。
彼は口元を抑え、肩を震わせながら私に耳打ちする。
「……ポンド。彼はセドリック殿下だ。ついこの間まで、君を断罪して婚約破棄を突きつけた相手だろう?」
「セドリック……。セド……。……ああ、思い出しました!」
私が手をポンと叩くと、殿下は得意げに鼻を高くした。
「そうだ、忘れるはずがないだろう!」と高笑いしている。
「確か、夜会で私の大事なエビフライを床に落とさせた、あの『エビフライの仇』ですね!」
「……エビフライの仇!? 私の名前はセドリックだと言っているだろう!」
「名前なんてどうでもいいのです。大事なのは、あの衣のサクサク感を台無しにしたという事実です。……それで、今日は何の御用でしょうか。謝罪の代わりに、新しい海老でも持ってきてくださったのですか?」
殿下の顔が、熟しすぎたトマトのような色に変わる。
後ろでリリィ様が「殿下、もうおやめなさいな!」と袖を引っ張っているが、殿下は止まらない。
「ポンド! とぼけるのもいい加減にしろ! あんなに長い間、私を追いかけていたくせに! 私の髪の色、目の形、すべてを愛していると言ったではないか!」
「……愛して……? ……卿、私、そんなことを言いましたか?」
「……私との会話では、一度も聞いたことがないな。君が愛していると言ったのは、昨日の『牛すじの煮込み』くらいだ」
「そうですよね。……殿下、申し訳ありませんが、私の記憶容量は非常にシビアなのです。美味しい情報の保存で手一杯で、脂っこすぎる顔立ちの方のデータは、自動的にゴミ箱へ送られる仕様になっております」
「ゴミ箱だと!? この私を、不燃ゴミ扱いするか!」
「いえ、可燃ゴミです。その燃え上がるような自意識過剰ぶりが、とてもよく燃えそうですので」
私は淡々と答え、二本目の串焼きに手を伸ばした。
殿下は膝をつき、芝生をむしりながら絶叫した。
プライドが高い彼にとって、「忘れられる」ことは「嫌われる」ことよりも遥かに屈辱的なのだ。
「う、嘘だ……! あの泥沼のような執着心はどこへ行ったんだ! 私を見ろ! 私の王冠を見ろ!」
「……うるさいですよ。お肉の焼ける繊細な音が聞こえなくなるではありませんか。……卿、あの方、少し具合が悪いようです。どこか涼しい地下牢あたりに連れて行って差し上げてください」
「……了解した。ポンドの安眠……いや、安食(あんしょく)を妨げる不審者は、速やかに排除しよう」
ギルバート卿が、冷ややかな瞳で部下に合図を送る。
殿下は「私は殿下だぞ! 離せ! ポンドォォォ!」と叫びながら、文字通り引きずられて退場していった。
リリィ様も、恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、顔を覆って走り去る。
「……ふぅ。静かになりましたね、卿」
「……ああ。……ポンド。君は、本当に彼のことを綺麗さっぱり忘れていたのか?」
「……ええ。私の脳は、未来の献立を考えるのに忙しいのです。過去の『食べられない男』にかまけている余裕はありません」
ギルバート卿は、満足そうに私の頭を撫でた。
その瞳には、私への独占欲と、深い信頼が混ざり合った、なんとも言えない熱が灯っている。
「……素晴らしい。……ならば、私のことは、決して忘れないように、毎日美味しいものを叩き込んでやる必要があるな」
「お願いします。卿のことなら、胃袋の最優先保存領域に永久保存してありますから」
「……胃袋か。……まあ、君らしい」
私たちは、夕暮れに染まる庭園で、最高に美味しい三本目の串焼きを分かち合った。
泥沼令嬢の記憶術。
それは、不要な過去を「消化」し、愛する人と美味しい「今」だけを味わう、究極の幸福論であった。
色とりどりの花々よりも、私の目を引くのはテーブルに並んだ「多国籍串焼きコーナー」だ。
スパイシーな香りが鼻腔をくすぐり、私の胃袋はすでにスタンバイ状態である。
「……ポンド、あまり身を乗り出すな。串が目に刺さったらどうする」
「大丈夫です、卿。私の動体視力は、今、お肉が焼き上がる瞬間の肉汁の動きを完全に捉えています」
ギルバート卿が私の腰を軽く支えながら、過保護な視線を送ってくる。
彼もまた、私の好みに合わせて特製の辛口ジンジャーエールを運んでくれるという、洗練された「給餌スキル」を発揮していた。
「ああっ、見つけたぞポンド! 私の最愛の元婚約者よ!」
背後から、鼓膜に響く騒がしい声がした。
キンキラキンの正装に身を包んだ男性が、大げさに両手を広げてこちらへ突進してくる。
私は肉の串を握ったまま、ゆっくりと振り返った。
「…………?」
「どうした、その驚いた顔は! やはり私の輝きに、改めて目を奪われたか?」
私は串を一口かじり、じっくりと咀嚼した。
そして、隣にいるギルバート卿の袖を引いて、小声で尋ねた。
「……卿。この、おめでたい色合いの派手な方は、どちら様でしょうか。我が家の新しい庭師の面接に来た方ですか?」
「…………ぷっ」
ギルバート卿が、珍しく吹き出した。
彼は口元を抑え、肩を震わせながら私に耳打ちする。
「……ポンド。彼はセドリック殿下だ。ついこの間まで、君を断罪して婚約破棄を突きつけた相手だろう?」
「セドリック……。セド……。……ああ、思い出しました!」
私が手をポンと叩くと、殿下は得意げに鼻を高くした。
「そうだ、忘れるはずがないだろう!」と高笑いしている。
「確か、夜会で私の大事なエビフライを床に落とさせた、あの『エビフライの仇』ですね!」
「……エビフライの仇!? 私の名前はセドリックだと言っているだろう!」
「名前なんてどうでもいいのです。大事なのは、あの衣のサクサク感を台無しにしたという事実です。……それで、今日は何の御用でしょうか。謝罪の代わりに、新しい海老でも持ってきてくださったのですか?」
殿下の顔が、熟しすぎたトマトのような色に変わる。
後ろでリリィ様が「殿下、もうおやめなさいな!」と袖を引っ張っているが、殿下は止まらない。
「ポンド! とぼけるのもいい加減にしろ! あんなに長い間、私を追いかけていたくせに! 私の髪の色、目の形、すべてを愛していると言ったではないか!」
「……愛して……? ……卿、私、そんなことを言いましたか?」
「……私との会話では、一度も聞いたことがないな。君が愛していると言ったのは、昨日の『牛すじの煮込み』くらいだ」
「そうですよね。……殿下、申し訳ありませんが、私の記憶容量は非常にシビアなのです。美味しい情報の保存で手一杯で、脂っこすぎる顔立ちの方のデータは、自動的にゴミ箱へ送られる仕様になっております」
「ゴミ箱だと!? この私を、不燃ゴミ扱いするか!」
「いえ、可燃ゴミです。その燃え上がるような自意識過剰ぶりが、とてもよく燃えそうですので」
私は淡々と答え、二本目の串焼きに手を伸ばした。
殿下は膝をつき、芝生をむしりながら絶叫した。
プライドが高い彼にとって、「忘れられる」ことは「嫌われる」ことよりも遥かに屈辱的なのだ。
「う、嘘だ……! あの泥沼のような執着心はどこへ行ったんだ! 私を見ろ! 私の王冠を見ろ!」
「……うるさいですよ。お肉の焼ける繊細な音が聞こえなくなるではありませんか。……卿、あの方、少し具合が悪いようです。どこか涼しい地下牢あたりに連れて行って差し上げてください」
「……了解した。ポンドの安眠……いや、安食(あんしょく)を妨げる不審者は、速やかに排除しよう」
ギルバート卿が、冷ややかな瞳で部下に合図を送る。
殿下は「私は殿下だぞ! 離せ! ポンドォォォ!」と叫びながら、文字通り引きずられて退場していった。
リリィ様も、恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、顔を覆って走り去る。
「……ふぅ。静かになりましたね、卿」
「……ああ。……ポンド。君は、本当に彼のことを綺麗さっぱり忘れていたのか?」
「……ええ。私の脳は、未来の献立を考えるのに忙しいのです。過去の『食べられない男』にかまけている余裕はありません」
ギルバート卿は、満足そうに私の頭を撫でた。
その瞳には、私への独占欲と、深い信頼が混ざり合った、なんとも言えない熱が灯っている。
「……素晴らしい。……ならば、私のことは、決して忘れないように、毎日美味しいものを叩き込んでやる必要があるな」
「お願いします。卿のことなら、胃袋の最優先保存領域に永久保存してありますから」
「……胃袋か。……まあ、君らしい」
私たちは、夕暮れに染まる庭園で、最高に美味しい三本目の串焼きを分かち合った。
泥沼令嬢の記憶術。
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