悪役令嬢は、婚約破棄を「秒」で承諾する。

パリパリかぷちーの

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「作戦開始時刻は現在、午後二時。明朝の御前会議まで、残り時間は十八時間です」

宰相執務室。

私はホワイトボードの前に立ち、指揮棒(指示棒)を振るった。

目の前には、腕組みをするクライヴ閣下と、なぜか黒装束のまま正座しているミナ様。

そして、招集されたアークライト家の精鋭会計士たちと、ミナ様率いる「リーフィ様ファンクラブ(地下組織)」のメンバーが控えている。

「今回のミッションは、アレクセイ殿下の『社会的信用』を数値的根拠に基づいてゼロ……いえ、マイナスまで叩き落とすことです」

私が宣言すると、ミナ様が「はいっ!」と元気よく手を挙げた。

「顧問! 殿下の不正リスト、カテゴリ分け完了しました!」

「報告を」

「はっ! 『A:公金横領(おやつ代含む)』『B:職務怠慢(サボり)』『C:パワハラ・セクハラ発言』『D:奇行(ドラゴン召喚など)』の四つに分類されます!」

「素晴らしい。では、これらを裏付ける証拠物件(ブツ)を確保します」

私はテキパキと指示を飛ばした。

「第一班、財務省へ。殿下の過去三年分の経費申請書と、実際の領収書を照合してください。特に『使途不明金』と『視察費』名目の遊興費を洗い出すこと」

「御意!」

会計士たちが電卓を片手に飛び出していく。

「第二班、王宮メイド及び近衛騎士団への聞き込み。殿下の暴言、理不尽な命令、および『仕事をしているフリをして寝ていた時間』の証言を集めてください。録音、署名付き証言書、なんでもありです」

「お任せを!」

ファンクラブの令嬢たちが、獲物を狙う狩人の目で散っていく。

「第三班、ミナ様」

「はっ!」

「あなたは殿下の私室へ潜入し、彼が隠している『秘密の日記』を確保してください」

「に、日記ですか?」

「はい。殿下はナルシストです。自分の悪事も『英雄的な武勇伝』として記録している可能性が高い。それが自白証拠になります」

「なるほど……! 自分の足を撃ち抜くタイプですね! 行ってきます!」

ミナ様は天井裏へと消えていった(※いつの間に身体能力が向上したのかは謎である)。

「……凄まじいな」

ソファーで紅茶を飲んでいた閣下が、感嘆の声を漏らす。

「まるで軍事作戦だ。君を敵に回さなくて本当に良かったと思うよ」

「敵に回さなければ、これほど頼もしい味方もいませんよ」

私はニッコリと笑い、自分のデスクに戻った。

「さて、私は殿下がばら撒いたデマの『発生源特定』と『拡散ルートの解析』を行います」

ここからは時間との勝負だ。

私は魔導計算機を三台並列で起動し、キーボードを叩き始めた。

カチャカチャカチャッ……!

高速のタイピング音が室内に響く。

一時間後。

「報告します! 財務省班、戻りました!」

「成果は?」

「クロです! 真っ黒です! 殿下の『孤児院への寄付』名目の出金記録ですが、送金先が『高級クラブ・エンジェル』になっています!」

「……キャバクラですね。証拠保全よし」

三時間後。

「報告! 聞き込み班、大量の証言をゲットしました!」

「読み上げて」

「『殿下に「お前の顔はカボチャみたいだ」と言われました(厨房係)』『「僕の靴を舐めたら昇進させてやる」と言われました(新人騎士)』『公務中に「異世界転生の準備をする」と言って窓から飛び降りようとしました(侍従)』……計百五十件です!」

「……もはや歩くハラスメントですね。ファイルに追加」

六時間後。

「こ、顧問……! とってきました……!」

天井からミナ様がボトッと落ちてきた。その手には、金色の装飾が施された痛々しいノートが握られている。

「『アレクセイ様・未来の聖王伝説記』……これが日記です!」

「でかした」

私はパラパラとページをめくった。

『○月×日。今日も愚民どもがうるさい。国の金でカジノに行って何が悪い。王になる男には遊びも必要なのだ。リーフィには「視察」と言っておけばチョロい』

『△月☆日。宰相がウザい。いつかあいつの紅茶に下剤を入れてやる。完全犯罪だ、フハハ!』

「……」

私はパタンとノートを閉じた。

「……これ、そのまま朗読するだけで死刑にできますね」

「ですね」

閣下も苦笑している。

「殺人未遂の計画まで書いているとは。馬鹿もここまでくると清々しい」

時刻は深夜零時。

ホワイトボードには、殿下の悪事を示す証拠品が山のように貼り付けられていた。

横領総額、金貨三千枚。
職務放棄時間、累計五千時間。
被害者の会、会員数二百名。

「……完璧です」

私は満足げに頷いた。

「これで殿下を社会的に埋葬するための『墓標』は完成しました」

「お疲れ様」

閣下が立ち上がり、私に温かいココアを差し出してくれた。

「少し休むといい。明日の朝、この資料を持って御前会議に乗り込むんだろう?」

「はい。ですが、その前に一つだけ」

私は閣下を見上げた。

「明日の会議、殿下は『被害者』の顔をして現れるでしょう。涙ながらに訴えれば、情に流される貴族もいるかもしれません」

「ああ。陛下の甘さも懸念材料だ」

「そこで、最後の仕上げが必要です」

私はニヤリと笑った。

「数字だけでは伝わりにくい『殿下の本性』を、視覚的に、かつドラマチックに演出するための仕掛けを」

「……まだ何かあるのか?」

「ミナ様、例の『魔導映写機』の準備は?」

「バッチリです! 編集も終わってます! タイトルは『密着24時! これが王子の真実だ!』です!」

「よろしい」

私は窓の外、白み始めた空を見上げた。

「さあ、夜明けです。アレクセイ殿下にとっての『終わりの始まり』の日が来ました」

          ◇

翌朝。

王城、大会議室。

国の重要事項を決定する「御前会議」の場には、国王陛下を中心に、主要な貴族たち、そして新聞記者たちが詰めかけていた。

重苦しい空気の中、包帯姿(※偽装)のアレクセイ殿下が、悲劇のヒーロー然として入場してくる。

「父上……! 諸卿……! 聞いてください! 宰相の横暴を!」

殿下の熱演が始まった。

涙を流し、声を震わせ、ありもしない「宰相による虐待」を語る殿下。

記者たちがペンを走らせる。

「なんて酷い……」

「やはり噂は本当だったのか……」

空気が殿下寄りに傾いていく。

その様子を、会議室の扉の向こうで、私と閣下は静かに聞いていた。

「……役者だな」

「ええ。ですが、台本が古すぎます」

私は手元の分厚いファイル(凶器)を抱え直した。

「行きますか、リーフィ」

「はい、閣下」

「準備はいいか?」

「いつでも」

閣下が合図を送る。

衛兵が重厚な扉をゆっくりと開け放った。

ギィィィィィ……。

「異議あり!!」

私の凛とした声が、会議室に響き渡った。

全員の視線が集中する。

そこには、漆黒のドレス(戦闘服)に身を包み、冷徹な女神のような微笑みを浮かべた私と、その後ろに控える魔王(宰相)の姿があった。

「お待たせしました、アレクセイ殿下。あなたの『感動的な演説』に、少しばかり『事実』のスパイスを加えに参りました」

殿下の顔が引きつる。

「リ、リーフィ……!?」

「さあ、始めましょうか。断罪の時間です」

私はカツン、とヒールを鳴らして一歩踏み出した。

手には、殿下の破滅を決定づける「地獄のファイル」。

そして背後には、スクリーンを設置するミナ様たち(忍者部隊)。

ショータイムの幕開けである。
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