悪役令嬢は、婚約破棄を「秒」で承諾する。

パリパリかぷちーの

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「……来たな、リーフィ!」

会議室の静寂を破り、アレクセイ殿下が叫んだ。

彼は涙を拭い、まるで悲劇のヒロインを演じる役者のように、両手を広げて私を迎え入れた。

「待っていたよ! 宰相の洗脳が解けたんだね! さあ、僕の胸に飛び込んでおいで! そして皆の前で真実を話すんだ!」

「……」

私は無言で、持っていた分厚いファイルを「ドン!」と演台に叩きつけた。

その重たい音に、最前列の貴族がビクリと肩を震わせる。

「リーフィ……?」

「アレクセイ殿下。ご提案通り、真実をお話ししましょう」

私はマイク(拡声魔導具)のスイッチを入れた。

キーン、というハウリング音が響き、全員が耳を塞ぐ。

「あー、テステス。……本日はお忙しい中、私の『定例報告会』にお集まりいただきありがとうございます」

私は事務的なトーンで切り出した。

「これより、アレクセイ殿下に関する『業務監査報告』を行います。説明担当は私、元婚約者のリーフィ。資料作成はアークライト宰相府・特別調査班です」

「は? 報告会? 何を言って……」

「ミナ様、スライドをお願いします」

「イエス、マム!」

会議室の照明が落とされ、ミナ様が操作する魔導映写機から、壁に大きな図表が投影された。

『第一章:殿下の金銭感覚における致命的な欠陥について』

バーンと表示されたタイトルに、会場がざわめく。

「な、なんだこれは!」

「殿下は先ほど、『宰相が国を乗っ取ろうとしている』と仰いましたね? ですが、こちらのグラフをご覧ください」

私は指示棒でグラフの右肩下がりの赤い線を指し示した。

「これは殿下の『私的流用額』の推移です。ここ半年で急激に悪化しています。特にここ、先月の『孤児院への寄付』名目の金貨五百枚」

「そ、それがどうした! 僕は恵まれない子供たちを……!」

「寄付先の住所を調査しました。そこにあったのは孤児院ではなく、高級会員制クラブ『天使の休息』でした」

「!?」

会場の記者たちが一斉にペンを走らせる。

「さ、詐欺だ! でっち上げだ!」

「証拠の領収書がこちらです。但し書きに『シャンパンタワー代』と明記されています」

スライドが切り替わり、ドアップの領収書が映し出される。

そこには間違いなく、殿下のサインと「天使ちゃんへ愛を込めて」というメッセージが書かれていた。

「ぶふっ……!」

どこかの貴族が吹き出した。

殿下の顔がトマトのように赤くなる。

「ち、違う! これは……社会勉強だ! 王たるもの、夜の街の経済も知らなければ……!」

「なるほど。では次です」

私は容赦なく次のスライドへ進めた。

『第二章:公務におけるサボタージュの実態』

「こちらは殿下の執務室に設置された『監視魔導具』の記録映像です」

「か、監視だと!? いつの間に!」

「私が婚約者時代、殿下の安全を守るために設置したものです(※サボり防止用)。再生します」

スクリーンに動画が流れる。

執務机に突っ伏してヨダレを垂らして寝ている殿下。
「あー、だりぃ。仕事したくねぇ。誰か代わりにやってくんねぇかなー」と鼻をほじりながらボヤく殿下。
そして、書類を紙飛行機にして窓から飛ばしている殿下。

「……」

会場が凍りついた。

国王陛下が額を押さえ、天井を仰ぐ。

「こ、これは……何かの間違いだ……! 編集だ! AIによる生成画像だ!」

「いいえ、アナログな記録です。さらに、決定的な証拠がこちら」

私は合図を送った。

ミナ様が恭しく、あの『金色のノート』を差し出す。

「げっ……!」

殿下が息を呑んだ。

「そ、それは……僕の『聖王伝説記』……!?」

「はい。ご本人の直筆日記です。朗読させていただきます」

私は咳払いを一つして、感情を込めて読み上げた。

「『×月〇日。今日は財務大臣のハゲ頭を見て笑いをこらえるのが大変だった。あいつの頭に落書きしたら面白いだろうな。今度やってやろう。ケケケ』」

「やめろおおおおおお!!」

殿下が絶叫した。

財務大臣が自分の頭を撫でながら、鬼の形相で殿下を睨みつける。

「『△月☆日。リーフィがうるさい。あいつは僕の母親か? でも、怒った顔もちょっと可愛いかも。……いや、ダメだ。僕はクールな帝王になるんだ。まずは形から入ろう。明日から眼帯をつけて登城しようかな』」

「やめてくれえええええ!! 死ぬ! 僕が死んでしまう!!」

殿下は床を転げ回った。

羞恥心による精神的ダメージは計り知れない。

「ご安心ください、殿下。まだ百ページほどあります」

「もう許して……! なんでもするから……!」

「では、質問を変えます」

私はノートを閉じ、冷徹な目で殿下を見下ろした。

「殿下。あなたが主張していた『宰相による国盗り』や『私への洗脳』。……それらの証拠は、どこにありますか?」

「そ、それは……」

殿下は脂汗を流しながら視線を泳がせた。

「……ないのですね?」

「う……うう……」

「対して、こちらの提示した資料は全て事実(ファクト)です。横領、職務放棄、名誉毀損、そして数々のハラスメント行為」

私はファイルを閉じ、結論を告げた。

「結論。アレクセイ殿下には、王族としての資質、および社会人としての常識が欠落しています。これは『陰謀』ではありません。あなたの『無能の証明』です」

シーン……。

誰一人、言葉を発する者はいなかった。

完膚なきまでの論破。

そして、公開処刑。

記者たちはシャッターを切ることすら忘れ、憐れみの目で殿下を見ている。

「……以上で報告を終わります。質疑応答は受け付けません」

私は一礼し、演台を降りた。

その時。

「……ふっ、ふふふ……」

殿下が、ゆらりと立ち上がった。

その目は虚ろで、口元には壊れたような笑みが浮かんでいた。

「……そうか。そうやって僕を追い詰めるのか。……いいだろう」

殿下は懐から、どす黒い光を放つ魔石を取り出した。

「ならば、力ずくで黙らせてやる! この古代兵器『魔竜の涙』で、この会場ごと吹き飛ばしてやる!!」

「なっ……!?」

会場がパニックになる。

「自爆する気か!?」

「逃げろ!!」

殿下が魔石を掲げ、魔力を込めようとした――その瞬間。

「……させるか」

私の背後に控えていたクライヴ閣下が動いた。

ヒュンッ!

閣下が指をパチンと鳴らす。

カキィィィィン!!

殿下の持っていた魔石が、一瞬で氷の塊に包まれ、手ごと凍結された。

「あ、あがが……!?」

「私の婚約者のプレゼンを邪魔するな。……まだ質疑応答の時間ではないと言ったはずだ」

閣下は冷ややかに言い放ち、衛兵たちに顎でしゃくった。

「確保しろ。反逆罪の現行犯だ」

「はっ!」

衛兵たちが一斉に飛びかかり、殿下を取り押さえる。

「離せ! 僕は王子だぞ! 次期国王だぞ! リーフィ、助けてくれ! 愛しているんだーッ!!」

殿下の悲痛な叫びが遠ざかっていく。

私はそれを、虫けらを見るような目で見送った。

「……残念です、殿下。私の計算では、あなたの『愛』の価値は、現在マイナス五億ゴールドですので」

バタン。

重厚な扉が閉められ、断罪劇は幕を下ろした。

残されたのは、静まり返った会議室と、私の勝利を称えるかのようなシャッター音の嵐だけだった。

「……見事だ、リーフィ」

閣下が耳元で囁く。

「最高のショーだった」

「ええ。これで少しは、残業のストレス解消になりました」

私はニッコリと微笑んだ。

さあ、次は「大団円」の準備だ。
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