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「……以上をもって、第二王子アレクセイを廃嫡とする」
御前会議から一時間後。
場所を「王の間」に移し、国王陛下が重々しく宣告した。
その声は、怒りよりも深い失望と疲労に満ちていた。
玉座の前に跪かされたアレクセイ(元)殿下は、手錠をかけられたまま、信じられないという顔で父親を見上げている。
「は、廃嫡……? 嘘だろ、父上? 僕だぞ? 可愛いアレクセイだぞ?」
「黙れ、愚か者」
陛下が玉座の肘掛けを叩いた。
「横領、職務放棄、そしてあわや国を滅ぼしかけた不平等条約の締結……。これだけの罪を犯しておきながら、まだ王子でいられると思っていたのか?」
「で、でも、あれは全部……そう、社会勉強で……!」
「言い訳はもうよい。国民からの信頼は地に落ちた。お前を王族として置いておくことは、王家の存続に関わる」
陛下は冷徹に告げた。
「本日ただいまをもって、王位継承権を剥奪。王族籍から除名し、平民の身分へ降格とする」
「へ、平民……!?」
「さらに、お前が横領した金貨三千枚、および今回の騒動の賠償金。これらは全て『借金』としてお前個人に背負わせる。完済するまで、王都の地下労働施設で強制労働だ」
「地下労働ォォォォォッ!?」
アレクセイが絶叫した。
「嫌だ! 暗いのは怖い! 狭いのも嫌だ! 僕は太陽の子なんだぞ!」
「太陽なら地下にはない。カビとネズミと仲良くするがいい」
陛下は衛兵に顎でしゃくった。
「連れて行け」
「ま、待ってください! まだ……まだ僕には味方がいる!」
アレクセイは必死に抵抗し、後ろを振り返った。
そこには、証人として立っていたミナ様がいる。
「ミナ! 助けてくれ! 君だけは僕を見捨てないよね!?」
アレクセイは縋るように叫んだ。
「僕たちは愛し合っているじゃないか! 平民になっても、君の実家の男爵家で養ってくれるよね? 君のヒモとして生きていくのも悪くない! 毎日君の手料理を食べて、君に膝枕をしてもらって……!」
「……」
ミナ様は無言で、アレクセイを見下ろしている。
その瞳には、かつての「おどおどした小動物」の面影はない。
あるのは、悟りを開いた僧侶のような、静かで冷たい凪だけだ。
「ミナ? どうしたんだ? 愛の言葉を囁いておくれよ!」
「……お断りします」
ミナ様は、氷のように冷たい声で答えた。
「は?」
「あ、あの……アレクセイ様。私、計算してみたんです」
ミナ様は懐から、私がプレゼントした小型計算機を取り出した。
パチパチパチッ。
慣れた手つきでキーを叩く。
「アレクセイ様の現在の資産価値はゼロ。負債は数億。労働能力は皆無。生活能力はマイナス。……これを私が養う場合の『コストパフォーマンス』を算出しました」
「コ、コスト……?」
「結果が出ました」
ミナ様は計算機の画面をアレクセイに見せつけた。
そこには『Error(計算不能)』の文字が表示されていた。
「『人生の無駄』です」
「ぶべっ!!」
アレクセイが衝撃で変な声を出した。
「そ、そんな……! 愛はお金じゃ買えないだろう!?」
「愛でご飯は食べられません。それに、私にはもう、あなたという『巨大な赤ちゃん』のお世話をする気力も体力も残っていません」
ミナ様は深くため息をついた。
「私の夢は、お嫁さんになることでした。……『介護士』になることではありません」
「か、介護……!?」
「リーフィ様のマニュアルにも書いてありました。『サンクコスト(埋没費用)に囚われるな。ダメな投資先(男)からは、早期撤退こそが最大の利益である』と」
ミナ様は私のほうを見て、ニッコリと微笑んだ。
私はサムズアップ(親指を立てる)で応えた。
「よって、婚約は破棄させていただきます。慰謝料は請求しませんので、二度と私の前に現れないでください」
「う、うわあああああ! ミナアアアアア!!」
アレクセイが泣き崩れる。
最後の希望だった「愛」にも見放され、彼は完全に抜け殻となった。
「……連れて行け」
陛下の合図で、衛兵たちがアレクセイを引きずっていく。
「嫌だー! 働きたくないー! おやつがないと死んじゃうー!」
ズルズルと引きずられていくその姿は、かつての煌びやかな第二王子の面影もなく、ただの哀れな罪人でしかなかった。
扉が閉まり、静寂が戻る。
「……ふぅ」
陛下が玉座に深く沈み込んだ。
「終わったか……。我が息子ながら、情けない限りだ」
「陛下。英断です」
私は一歩前に出た。
「膿を出し切らなければ、傷は治りません。これで国は健全化に向かうでしょう」
「うむ……。リーフィよ、其方には多大な苦労をかけたな。宰相と共に、これからの国を支えてくれ」
「承知いたしました。……請求書は後ほど送りますが」
「……お手柔らかに頼む」
陛下は苦笑いし、力なく手を振った。
◇
王城からの帰り道。
私とクライヴ閣下、そしてミナ様は、並んで廊下を歩いていた。
「……スッキリしました!」
ミナ様が大きく伸びをした。
「あんなにはっきり言えるなんて、自分でも驚きです。リーフィ様のおかげです!」
「いえ、ミナ様の素質ですよ。素晴らしい『切り捨て』っぷりでした」
私が褒めると、ミナ様は照れくさそうに笑った。
「私、これからはもっと勉強しようと思います。リーフィ様みたいに、一人でも生きていける強い女性になりたいんです」
「良い心がけですね。ウチ(宰相府)で働きますか?」
「えっ! いいんですか!?」
「優秀な人材はいつでも歓迎です。ただし、最初は雑用からですが」
「やります! リーフィ様の下で働けるなら、トイレ掃除でも何でも!」
ミナ様は目を輝かせた。
かつての恋敵(?)が、今や私の忠実な部下になろうとしている。人生とは分からないものだ。
「……それにしても」
隣を歩く閣下が、ポツリと言った。
「アレクセイは地下送りか。……少し可哀想な気もするが」
「甘いですよ、閣下。彼は労働の尊さを知るべきです」
「いや、私が心配しているのは地下施設の管理者の方だ。あんなのが来たら、現場の士気が下がるんじゃないか?」
「……あ、確かに」
私は盲点に気づいた。
「『ツルハシが重くて持てなーい』とか言い出しそうですね」
「だろう? ……まあ、それも彼の自業自得だが」
閣下は私の腰に手を回し、優しく引き寄せた。
「さて、リーフィ。邪魔者は消えた。国も平和になった。……そろそろ、私たちの『個人的な懸案事項』を進めてもいいんじゃないか?」
「個人的な懸案事項?」
「結婚式の準備だよ」
閣下は甘い笑顔で囁いた。
「まさか、忘れたとは言わせないぞ。君の実家の借金、私が全額払ったんだからな」
「……忘れていませんよ。コスト分は働きます」
「労働の話じゃない。……幸せになる準備だ」
閣下は立ち止まり、夕焼けに染まる回廊で私を見つめた。
「リーフィ。君を世界で一番幸せな花嫁にする。……これは決定事項だ」
その言葉には、いつもの冷徹さはなく、ただただ温かい愛情だけが込められていた。
私は少しだけ顔が熱くなるのを感じた。
「……わかりました。では、式のプランニングに入りましょう。予算と規模、招待客のリストアップからですね」
「ふふ、君らしいな。だが、今回は効率よりも『ロマン』を重視してくれよ?」
「善処します」
私たちは寄り添いながら、ゆっくりと歩き出した。
長かった騒動は終わり、いよいよ私と「氷の宰相」の、甘くて騒がしい結婚生活へのカウントダウンが始まったのである。
御前会議から一時間後。
場所を「王の間」に移し、国王陛下が重々しく宣告した。
その声は、怒りよりも深い失望と疲労に満ちていた。
玉座の前に跪かされたアレクセイ(元)殿下は、手錠をかけられたまま、信じられないという顔で父親を見上げている。
「は、廃嫡……? 嘘だろ、父上? 僕だぞ? 可愛いアレクセイだぞ?」
「黙れ、愚か者」
陛下が玉座の肘掛けを叩いた。
「横領、職務放棄、そしてあわや国を滅ぼしかけた不平等条約の締結……。これだけの罪を犯しておきながら、まだ王子でいられると思っていたのか?」
「で、でも、あれは全部……そう、社会勉強で……!」
「言い訳はもうよい。国民からの信頼は地に落ちた。お前を王族として置いておくことは、王家の存続に関わる」
陛下は冷徹に告げた。
「本日ただいまをもって、王位継承権を剥奪。王族籍から除名し、平民の身分へ降格とする」
「へ、平民……!?」
「さらに、お前が横領した金貨三千枚、および今回の騒動の賠償金。これらは全て『借金』としてお前個人に背負わせる。完済するまで、王都の地下労働施設で強制労働だ」
「地下労働ォォォォォッ!?」
アレクセイが絶叫した。
「嫌だ! 暗いのは怖い! 狭いのも嫌だ! 僕は太陽の子なんだぞ!」
「太陽なら地下にはない。カビとネズミと仲良くするがいい」
陛下は衛兵に顎でしゃくった。
「連れて行け」
「ま、待ってください! まだ……まだ僕には味方がいる!」
アレクセイは必死に抵抗し、後ろを振り返った。
そこには、証人として立っていたミナ様がいる。
「ミナ! 助けてくれ! 君だけは僕を見捨てないよね!?」
アレクセイは縋るように叫んだ。
「僕たちは愛し合っているじゃないか! 平民になっても、君の実家の男爵家で養ってくれるよね? 君のヒモとして生きていくのも悪くない! 毎日君の手料理を食べて、君に膝枕をしてもらって……!」
「……」
ミナ様は無言で、アレクセイを見下ろしている。
その瞳には、かつての「おどおどした小動物」の面影はない。
あるのは、悟りを開いた僧侶のような、静かで冷たい凪だけだ。
「ミナ? どうしたんだ? 愛の言葉を囁いておくれよ!」
「……お断りします」
ミナ様は、氷のように冷たい声で答えた。
「は?」
「あ、あの……アレクセイ様。私、計算してみたんです」
ミナ様は懐から、私がプレゼントした小型計算機を取り出した。
パチパチパチッ。
慣れた手つきでキーを叩く。
「アレクセイ様の現在の資産価値はゼロ。負債は数億。労働能力は皆無。生活能力はマイナス。……これを私が養う場合の『コストパフォーマンス』を算出しました」
「コ、コスト……?」
「結果が出ました」
ミナ様は計算機の画面をアレクセイに見せつけた。
そこには『Error(計算不能)』の文字が表示されていた。
「『人生の無駄』です」
「ぶべっ!!」
アレクセイが衝撃で変な声を出した。
「そ、そんな……! 愛はお金じゃ買えないだろう!?」
「愛でご飯は食べられません。それに、私にはもう、あなたという『巨大な赤ちゃん』のお世話をする気力も体力も残っていません」
ミナ様は深くため息をついた。
「私の夢は、お嫁さんになることでした。……『介護士』になることではありません」
「か、介護……!?」
「リーフィ様のマニュアルにも書いてありました。『サンクコスト(埋没費用)に囚われるな。ダメな投資先(男)からは、早期撤退こそが最大の利益である』と」
ミナ様は私のほうを見て、ニッコリと微笑んだ。
私はサムズアップ(親指を立てる)で応えた。
「よって、婚約は破棄させていただきます。慰謝料は請求しませんので、二度と私の前に現れないでください」
「う、うわあああああ! ミナアアアアア!!」
アレクセイが泣き崩れる。
最後の希望だった「愛」にも見放され、彼は完全に抜け殻となった。
「……連れて行け」
陛下の合図で、衛兵たちがアレクセイを引きずっていく。
「嫌だー! 働きたくないー! おやつがないと死んじゃうー!」
ズルズルと引きずられていくその姿は、かつての煌びやかな第二王子の面影もなく、ただの哀れな罪人でしかなかった。
扉が閉まり、静寂が戻る。
「……ふぅ」
陛下が玉座に深く沈み込んだ。
「終わったか……。我が息子ながら、情けない限りだ」
「陛下。英断です」
私は一歩前に出た。
「膿を出し切らなければ、傷は治りません。これで国は健全化に向かうでしょう」
「うむ……。リーフィよ、其方には多大な苦労をかけたな。宰相と共に、これからの国を支えてくれ」
「承知いたしました。……請求書は後ほど送りますが」
「……お手柔らかに頼む」
陛下は苦笑いし、力なく手を振った。
◇
王城からの帰り道。
私とクライヴ閣下、そしてミナ様は、並んで廊下を歩いていた。
「……スッキリしました!」
ミナ様が大きく伸びをした。
「あんなにはっきり言えるなんて、自分でも驚きです。リーフィ様のおかげです!」
「いえ、ミナ様の素質ですよ。素晴らしい『切り捨て』っぷりでした」
私が褒めると、ミナ様は照れくさそうに笑った。
「私、これからはもっと勉強しようと思います。リーフィ様みたいに、一人でも生きていける強い女性になりたいんです」
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「……それにしても」
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「アレクセイは地下送りか。……少し可哀想な気もするが」
「甘いですよ、閣下。彼は労働の尊さを知るべきです」
「いや、私が心配しているのは地下施設の管理者の方だ。あんなのが来たら、現場の士気が下がるんじゃないか?」
「……あ、確かに」
私は盲点に気づいた。
「『ツルハシが重くて持てなーい』とか言い出しそうですね」
「だろう? ……まあ、それも彼の自業自得だが」
閣下は私の腰に手を回し、優しく引き寄せた。
「さて、リーフィ。邪魔者は消えた。国も平和になった。……そろそろ、私たちの『個人的な懸案事項』を進めてもいいんじゃないか?」
「個人的な懸案事項?」
「結婚式の準備だよ」
閣下は甘い笑顔で囁いた。
「まさか、忘れたとは言わせないぞ。君の実家の借金、私が全額払ったんだからな」
「……忘れていませんよ。コスト分は働きます」
「労働の話じゃない。……幸せになる準備だ」
閣下は立ち止まり、夕焼けに染まる回廊で私を見つめた。
「リーフィ。君を世界で一番幸せな花嫁にする。……これは決定事項だ」
その言葉には、いつもの冷徹さはなく、ただただ温かい愛情だけが込められていた。
私は少しだけ顔が熱くなるのを感じた。
「……わかりました。では、式のプランニングに入りましょう。予算と規模、招待客のリストアップからですね」
「ふふ、君らしいな。だが、今回は効率よりも『ロマン』を重視してくれよ?」
「善処します」
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