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王立学園の卒業記念パーティーは、華やかな音楽と着飾った貴族たちで賑わっていた。
シャンデリアの煌めきが、色とりどりのドレスを照らし出す。
談笑とグラスが触れ合う音が心地よく響く中、突然、その怒声はホール全体を切り裂いた。
「カルル・フォン・アイゼン! 貴様のような性悪女との婚約は、今この時をもって破棄する!」
音楽が止まる。
人々の視線が一点に集中した。
ホールの中心、一段高くなった場所に立っていたのは、この国の第一王子、ジェラール殿下だ。
金髪碧眼、絵に描いたような王子様。
しかし現在の彼は、顔を真っ赤にして憤怒の表情を浮かべている。
その腕には、小柄で可愛らしい男爵令嬢、ミナ嬢がしがみついていた。
「きゃっ、ジェラール様、怖いですぅ……」
「大丈夫だ、ミナ。僕が守るからね」
絵に描いたような「断罪イベント」の構図である。
周囲の令嬢たちが扇子で口元を隠し、ひそひそと囁き合うのが聞こえる。
「あら、ついに……」
「カルル様、あんなに厳しく接していらしたものね」
「やはり愛想を尽かされたのかしら」
そんな視線の集中砲火を浴びながら、私は――カルル・フォン・アイゼン公爵令嬢は、ゆっくりと懐中時計を確認した。
二十一時十三分。
予定より七分押しだ。
パーティーの進行が遅れていることに、私は内心で舌打ちをした。
この後のスケジュールが詰まっているというのに。
私は眼鏡の位置を指先でクイと直し、表情一つ変えずに口を開いた。
「……ジェラール殿下。確認ですが、いま『婚約破棄』とおっしゃいましたか?」
「そうだ! 耳が遠くなったのか? 貴様のような冷徹で、可愛げのかけらもない女は、王太子の妃にふさわしくないと言ったんだ!」
ジェラール殿下が胸を張り、勝利宣言のように叫ぶ。
ミナ嬢が「ふぇぇ、カルル様、睨まないでくださいぃ」と涙目で訴える。
私は溜息を殺し、ドレスの隠しポケットから分厚い書類の束を取り出した。
「承知いたしました」
「……は?」
「婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。長らくのご愛顧、誠にありがとうございました」
私は優雅にカーテシー(礼)をした。
あまりにあっさりとした反応に、ジェラール殿下の口が半開きになる。
「お、おい……待て。それだけか?」
「はい? 他に何がございましょう」
「泣いて縋るとか、身の潔白を主張するとか、あるだろう! 貴様は僕を愛していないのか!?」
「愛、ですか」
私は首を傾げた。
「殿下。私は貴方様の『婚約者』としての業務を遂行していたに過ぎません。そこに愛という不確定な感情変数を持ち込むのは、非効率的かと」
「ひ、非効率……っ!?」
「それに、殿下がミナ嬢と『真実の愛』とやらで結ばれたいと願うのであれば、私が邪魔をする道理もございません。どうぞお幸せに」
「ぐぬぬ……相変わらず可愛げのない……!」
ジェラール殿下が悔しそうに唸る。
どうやら、私が泣き崩れる姿を期待していたらしい。
残念ながら、私の涙腺はそのような茶番のために機能するようには設計されていない。
「では、婚約破棄は合意に至ったということでよろしいですね?」
「あ、ああ。そうだ。国庫への正式な手続きは後日……」
「いいえ、手続きの前に済ませておくべきことがございます」
私は手に持っていた書類の束を、バサリと広げた。
それは床に届くほど長い、巻物のような明細書だ。
「な、なんだそれは」
「請求書です」
「……はい?」
「殿下。この三年間、私が貴方様の婚約者として立て替えてきた諸経費、ならびに私が代行した公務の労働対価、そして今回の婚約破棄に伴う慰謝料の請求書でございます」
会場がざわめいた。
「せ、請求書だと……?」
「はい。まずは衣装代。殿下は『地味な服は王族に相応しくない』と仰って、私に最高級のドレスを強要されましたが、あれらは全て私の実家、アイゼン公爵家の予算で購入したものです。婚約者という立場上、王家からの支給があるべきところ、殿下が予算申請を忘れていたため、私が立て替えておりました」
私は明細の最初の方を指差す。
「金貨三百枚です」
「さ、三百……!?」
「次に、お茶会および夜会の開催費用。殿下は『主催者は僕だ』と見栄を張られましたが、実際の手配と支払いは全て私が裏で行いました。業者への支払い記録も全てここに」
「ま、待てカルル!」
「金貨五百五十枚です」
私は止まらない。
「そして、これが一番大きいのですが……殿下の公務代行費用です」
「なっ……! そ、それは言うなと言っただろう!」
ジェラール殿下が慌てて私の口を塞ごうとするが、私は華麗なステップでそれを避けた。
「殿下は『書類を見ると頭痛がする』と仰って、執務室を抜け出してはミナ嬢とお花畑でピクニックをされていましたね。その間、山積みになった書類を誰が処理していたとお思いで?」
「そ、それは……妖精さんが……」
「私です」
きっぱりと言い放つ。
「徹夜で決済書類を確認し、予算案を修正し、他国への返信を代筆していたのは、私、カルルです。王太子の公務における専門職の時給換算、および深夜労働の割増料金を含めまして……」
私は眼鏡を光らせた。
「金貨一千二百枚になります」
「いっ、一千……ッ!?」
会場から悲鳴のような驚きの声が上がる。
王太子の年間の自由になる予算を遥かに超える金額だ。
「さらに、ここにミナ嬢へのプレゼント代も含まれております」
「は?」
隣でぼーっとしていたミナ嬢が、きょとんとした顔をする。
「あ、あのぉ、ジェラール様がくれたネックレスとかですかぁ?」
「左様でございます、ミナ様。殿下は『ツケておいてくれ』と仰って商会にサインをなさいましたが、その支払先はなぜか私の管理口座に指定されておりました。気付いた時には引き落とされた後でしたので、これも返還請求させていただきます」
「えええっ!? ひどぉい! プレゼントじゃなかったんですかぁ!?」
「殿下からのプレゼントであることは否定しません。ただ、その原資が私の財布だったというだけです」
「ジェラール様ぁ……かっこ悪いですぅ……」
ミナ嬢が冷ややかな目で殿下を見る。
ジェラール殿下の顔色が、赤から青、そして白へと変わっていく。
「そ、そんな馬鹿な……カルル、お前、僕を支えてくれていたんじゃ……」
「支えておりましたよ。『婚約者』という契約に基づいて」
私は淡々と言葉を紡ぐ。
「ですが、契約破棄となれば話は別です。未払いの経費は回収させていただかなければ、私の帳簿が合いません」
「か、金か!? 貴様は金のことしか頭にないのか!」
「信用と金は、貴族社会の根幹です。それを軽んじる方に、国を治める資格はありません」
正論のナイフを突き刺す。
ジェラール殿下はぐうの音も出ない様子で、わなわなと震えている。
「と、とにかく! 今すぐに払えるわけがないだろう! こんな大金!」
「ご安心ください。分割払いも利子付きで承ります。なお、支払いが滞った場合は、アイゼン公爵家の法務部が王城まで取り立てに参りますので」
私はニッコリと、営業用スマイルを浮かべた。
「……鬼だ」
誰かが呟いた。
「悪役令嬢とは聞いていたが、まさかここまでとは……」
周囲の視線が、「哀れな被害者」を見る目から、「怒らせてはいけない猛獣」を見る目へと変わっていくのがわかる。
私は明細書を丁寧に巻き直し、リボンで結んだ。
そして、呆然と立ち尽くすジェラール殿下の胸元に、それをバシッと押し付けた。
「請求書、確かに受領されましたね。支払期限は来月末となっております。どうぞお忘れなきよう」
「あ、あう……」
「それでは、私はこれにて失礼いたします。荷造りもございますので」
私はもう一度優雅にカーテシーをし、踵を返した。
背後でジェラール殿下が膝から崩れ落ちる音が聞こえたが、振り返らない。
不採算事業からの撤退。
損切り完了。
ああ、なんて清々しい気分なのだろう。
私は足取り軽く、会場の出口へと向かった。
これからは自由だ。
もう、誰かの尻拭いで徹夜をする必要もない。
自分の能力を、自分のためだけに使って生きていけるのだ。
そう思った瞬間、ふと強い視線を感じて足を止めた。
会場の隅、柱の陰に、一人の男が立っていた。
漆黒の髪に、凍てつくようなアイスブルーの瞳。
隣国グラン・ノワールの、「氷の公爵」ことアイザック様だ。
彼は壁に寄りかかり、口元に手を当てて……震えていた。
(……怒っていらっしゃる?)
他国の王太子の失態を目の当たりにして、不快に思ったのかもしれない。
外交問題に発展しないよう、後でフォローが必要だろうか。
私が少し身構えると、彼と目が合った。
その瞬間。
「……くっ、ふはッ!」
アイザック様が吹き出した。
「は……?」
「いや、すまない……くくっ、最高だ。あんな鮮やかな請求、初めて見た」
彼は腹を抱えて笑っていた。
あの「氷の公爵」が、人目も憚らずに大爆笑している。
「面白い。実に面白い女だ」
彼は涙を拭いながら、狩人が獲物を見つけたような目で私を見た。
「君、名前は?」
「……カルル・フォン・アイゼンですが」
「そうか、カルル嬢。君のその事務処理能力と請求手腕に、甚く感動した」
アイザック様は私の前まで歩み寄ると、私の手を取って跪いた。
まるで、物語の王子様のように。
しかし、その口から出た言葉は、ロマンスとは程遠いものだった。
「どうだろう。その能力を、我が領地で活かしてみる気はないか? もちろん、給与は言い値で払おう」
私の眼鏡がキラリと光った。
「……言い値、ですか?」
「ああ。福利厚生も完備だ。残業代もしっかり出す」
その瞬間、私の頭の中で計算機が高速で弾かれた。
実家に戻っても、どうせ「王家に恥をかかせた」と父に叱責されるだけだ。
それならば、好条件の転職先を選ばない理由はない。
私はアイザック様の手をしっかりと握り返した。
「詳しくお話を聞かせていただけますか、閣下」
こうして、私の新たなキャリアが幕を開けたのである。
シャンデリアの煌めきが、色とりどりのドレスを照らし出す。
談笑とグラスが触れ合う音が心地よく響く中、突然、その怒声はホール全体を切り裂いた。
「カルル・フォン・アイゼン! 貴様のような性悪女との婚約は、今この時をもって破棄する!」
音楽が止まる。
人々の視線が一点に集中した。
ホールの中心、一段高くなった場所に立っていたのは、この国の第一王子、ジェラール殿下だ。
金髪碧眼、絵に描いたような王子様。
しかし現在の彼は、顔を真っ赤にして憤怒の表情を浮かべている。
その腕には、小柄で可愛らしい男爵令嬢、ミナ嬢がしがみついていた。
「きゃっ、ジェラール様、怖いですぅ……」
「大丈夫だ、ミナ。僕が守るからね」
絵に描いたような「断罪イベント」の構図である。
周囲の令嬢たちが扇子で口元を隠し、ひそひそと囁き合うのが聞こえる。
「あら、ついに……」
「カルル様、あんなに厳しく接していらしたものね」
「やはり愛想を尽かされたのかしら」
そんな視線の集中砲火を浴びながら、私は――カルル・フォン・アイゼン公爵令嬢は、ゆっくりと懐中時計を確認した。
二十一時十三分。
予定より七分押しだ。
パーティーの進行が遅れていることに、私は内心で舌打ちをした。
この後のスケジュールが詰まっているというのに。
私は眼鏡の位置を指先でクイと直し、表情一つ変えずに口を開いた。
「……ジェラール殿下。確認ですが、いま『婚約破棄』とおっしゃいましたか?」
「そうだ! 耳が遠くなったのか? 貴様のような冷徹で、可愛げのかけらもない女は、王太子の妃にふさわしくないと言ったんだ!」
ジェラール殿下が胸を張り、勝利宣言のように叫ぶ。
ミナ嬢が「ふぇぇ、カルル様、睨まないでくださいぃ」と涙目で訴える。
私は溜息を殺し、ドレスの隠しポケットから分厚い書類の束を取り出した。
「承知いたしました」
「……は?」
「婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。長らくのご愛顧、誠にありがとうございました」
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あまりにあっさりとした反応に、ジェラール殿下の口が半開きになる。
「お、おい……待て。それだけか?」
「はい? 他に何がございましょう」
「泣いて縋るとか、身の潔白を主張するとか、あるだろう! 貴様は僕を愛していないのか!?」
「愛、ですか」
私は首を傾げた。
「殿下。私は貴方様の『婚約者』としての業務を遂行していたに過ぎません。そこに愛という不確定な感情変数を持ち込むのは、非効率的かと」
「ひ、非効率……っ!?」
「それに、殿下がミナ嬢と『真実の愛』とやらで結ばれたいと願うのであれば、私が邪魔をする道理もございません。どうぞお幸せに」
「ぐぬぬ……相変わらず可愛げのない……!」
ジェラール殿下が悔しそうに唸る。
どうやら、私が泣き崩れる姿を期待していたらしい。
残念ながら、私の涙腺はそのような茶番のために機能するようには設計されていない。
「では、婚約破棄は合意に至ったということでよろしいですね?」
「あ、ああ。そうだ。国庫への正式な手続きは後日……」
「いいえ、手続きの前に済ませておくべきことがございます」
私は手に持っていた書類の束を、バサリと広げた。
それは床に届くほど長い、巻物のような明細書だ。
「な、なんだそれは」
「請求書です」
「……はい?」
「殿下。この三年間、私が貴方様の婚約者として立て替えてきた諸経費、ならびに私が代行した公務の労働対価、そして今回の婚約破棄に伴う慰謝料の請求書でございます」
会場がざわめいた。
「せ、請求書だと……?」
「はい。まずは衣装代。殿下は『地味な服は王族に相応しくない』と仰って、私に最高級のドレスを強要されましたが、あれらは全て私の実家、アイゼン公爵家の予算で購入したものです。婚約者という立場上、王家からの支給があるべきところ、殿下が予算申請を忘れていたため、私が立て替えておりました」
私は明細の最初の方を指差す。
「金貨三百枚です」
「さ、三百……!?」
「次に、お茶会および夜会の開催費用。殿下は『主催者は僕だ』と見栄を張られましたが、実際の手配と支払いは全て私が裏で行いました。業者への支払い記録も全てここに」
「ま、待てカルル!」
「金貨五百五十枚です」
私は止まらない。
「そして、これが一番大きいのですが……殿下の公務代行費用です」
「なっ……! そ、それは言うなと言っただろう!」
ジェラール殿下が慌てて私の口を塞ごうとするが、私は華麗なステップでそれを避けた。
「殿下は『書類を見ると頭痛がする』と仰って、執務室を抜け出してはミナ嬢とお花畑でピクニックをされていましたね。その間、山積みになった書類を誰が処理していたとお思いで?」
「そ、それは……妖精さんが……」
「私です」
きっぱりと言い放つ。
「徹夜で決済書類を確認し、予算案を修正し、他国への返信を代筆していたのは、私、カルルです。王太子の公務における専門職の時給換算、および深夜労働の割増料金を含めまして……」
私は眼鏡を光らせた。
「金貨一千二百枚になります」
「いっ、一千……ッ!?」
会場から悲鳴のような驚きの声が上がる。
王太子の年間の自由になる予算を遥かに超える金額だ。
「さらに、ここにミナ嬢へのプレゼント代も含まれております」
「は?」
隣でぼーっとしていたミナ嬢が、きょとんとした顔をする。
「あ、あのぉ、ジェラール様がくれたネックレスとかですかぁ?」
「左様でございます、ミナ様。殿下は『ツケておいてくれ』と仰って商会にサインをなさいましたが、その支払先はなぜか私の管理口座に指定されておりました。気付いた時には引き落とされた後でしたので、これも返還請求させていただきます」
「えええっ!? ひどぉい! プレゼントじゃなかったんですかぁ!?」
「殿下からのプレゼントであることは否定しません。ただ、その原資が私の財布だったというだけです」
「ジェラール様ぁ……かっこ悪いですぅ……」
ミナ嬢が冷ややかな目で殿下を見る。
ジェラール殿下の顔色が、赤から青、そして白へと変わっていく。
「そ、そんな馬鹿な……カルル、お前、僕を支えてくれていたんじゃ……」
「支えておりましたよ。『婚約者』という契約に基づいて」
私は淡々と言葉を紡ぐ。
「ですが、契約破棄となれば話は別です。未払いの経費は回収させていただかなければ、私の帳簿が合いません」
「か、金か!? 貴様は金のことしか頭にないのか!」
「信用と金は、貴族社会の根幹です。それを軽んじる方に、国を治める資格はありません」
正論のナイフを突き刺す。
ジェラール殿下はぐうの音も出ない様子で、わなわなと震えている。
「と、とにかく! 今すぐに払えるわけがないだろう! こんな大金!」
「ご安心ください。分割払いも利子付きで承ります。なお、支払いが滞った場合は、アイゼン公爵家の法務部が王城まで取り立てに参りますので」
私はニッコリと、営業用スマイルを浮かべた。
「……鬼だ」
誰かが呟いた。
「悪役令嬢とは聞いていたが、まさかここまでとは……」
周囲の視線が、「哀れな被害者」を見る目から、「怒らせてはいけない猛獣」を見る目へと変わっていくのがわかる。
私は明細書を丁寧に巻き直し、リボンで結んだ。
そして、呆然と立ち尽くすジェラール殿下の胸元に、それをバシッと押し付けた。
「請求書、確かに受領されましたね。支払期限は来月末となっております。どうぞお忘れなきよう」
「あ、あう……」
「それでは、私はこれにて失礼いたします。荷造りもございますので」
私はもう一度優雅にカーテシーをし、踵を返した。
背後でジェラール殿下が膝から崩れ落ちる音が聞こえたが、振り返らない。
不採算事業からの撤退。
損切り完了。
ああ、なんて清々しい気分なのだろう。
私は足取り軽く、会場の出口へと向かった。
これからは自由だ。
もう、誰かの尻拭いで徹夜をする必要もない。
自分の能力を、自分のためだけに使って生きていけるのだ。
そう思った瞬間、ふと強い視線を感じて足を止めた。
会場の隅、柱の陰に、一人の男が立っていた。
漆黒の髪に、凍てつくようなアイスブルーの瞳。
隣国グラン・ノワールの、「氷の公爵」ことアイザック様だ。
彼は壁に寄りかかり、口元に手を当てて……震えていた。
(……怒っていらっしゃる?)
他国の王太子の失態を目の当たりにして、不快に思ったのかもしれない。
外交問題に発展しないよう、後でフォローが必要だろうか。
私が少し身構えると、彼と目が合った。
その瞬間。
「……くっ、ふはッ!」
アイザック様が吹き出した。
「は……?」
「いや、すまない……くくっ、最高だ。あんな鮮やかな請求、初めて見た」
彼は腹を抱えて笑っていた。
あの「氷の公爵」が、人目も憚らずに大爆笑している。
「面白い。実に面白い女だ」
彼は涙を拭いながら、狩人が獲物を見つけたような目で私を見た。
「君、名前は?」
「……カルル・フォン・アイゼンですが」
「そうか、カルル嬢。君のその事務処理能力と請求手腕に、甚く感動した」
アイザック様は私の前まで歩み寄ると、私の手を取って跪いた。
まるで、物語の王子様のように。
しかし、その口から出た言葉は、ロマンスとは程遠いものだった。
「どうだろう。その能力を、我が領地で活かしてみる気はないか? もちろん、給与は言い値で払おう」
私の眼鏡がキラリと光った。
「……言い値、ですか?」
「ああ。福利厚生も完備だ。残業代もしっかり出す」
その瞬間、私の頭の中で計算機が高速で弾かれた。
実家に戻っても、どうせ「王家に恥をかかせた」と父に叱責されるだけだ。
それならば、好条件の転職先を選ばない理由はない。
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