婚約破棄された悪役令嬢なのに、なぜか求婚される?

パリパリかぷちーの

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あれから、5年の月日が流れた。

公爵邸の庭園には、今日も賑やかな声が響き渡っている。

「お母様ー! 見て見て、蝶々を捕まえたよ!」
「ママ! お花で冠を作ったの! かぶって!」

芝生の上を駆け回るのは、銀髪に紫の瞳を持つ4歳の男の子、レオン。
そして、私と同じ黒髪に少し鋭い目つきをした女の子、リリア。
元気いっぱいの双子だ。

「……レオン。蝶の羽を触ると鱗粉が取れて飛べなくなります。観察したら速やかにリリースしなさい」
「はーい!」

「リリア。花冠の構造強度が不足しています。茎を二重に編み込まないと、3分で崩壊しますよ」
「むぅ、ママったらきびしいー! でもやってみる!」

私はテラスでお茶を飲みながら、淡々と子供たちに指示を出した。
母親になっても、私の「鉄壁の無表情」と「合理的主義」は健在だ。
子育てとは、いかに効率よく子供の安全を確保し、かつ知能を伸ばすかという高度なマネジメントゲームである。

「……相変わらず、厳しいな」

隣で優雅に紅茶を飲んでいた夫――アイザック・グランディ公爵が、クスクスと笑った。
5年経っても、その美貌は衰えるどころか、渋みが増してより一層輝いている。

「教育です。感情論で育てると、どこかの元王太子のようなお花畑思考に育ってしまいますから」

「違いない」

アイザック様は楽しそうに同意した。
ちなみに、そのクラーク元王太子とミーナだが、北の氷獄島で意外にも逞しく生きているらしい。
先日届いた手紙には、『極寒の中での露天掘りは最高のエクササイズだ! 筋肉がついたぞ! ミーナもかまくら作りがプロ級になった!』と書かれていた。
どうやら、あのポジティブさは極限環境でこそ輝く才能だったようだ。

「……それにしても、幸せだな」

アイザック様は、庭で遊ぶ子供たちと、私を交互に見つめ、目を細めた。

「君が俺の隣にいて、俺たちの子供が笑っている。……こんな未来が来るとは、昔の『氷の公爵』は想像もしなかっただろう」

「私もです。……まさか、こんな騒がしい生活になるとは」

「後悔しているか?」

「……さて、どうでしょう」

私はとぼけて紅茶を啜った。

後悔?
するわけがない。
確かに、一人の静かな時間は減った。読書の時間も削られた。
けれど、代わりに手に入れたものがある。

「パパー! ママー! 大好きー!」

ドガッ! バシッ!

双子が全力で突進してきて、私たちの膝に飛び乗った。

「ぐふっ……! い、痛いぞレオン……」
「ママ、いい匂いするー!」

物理的な衝撃。騒音。汚れ。
非効率極まりない存在だ。
でも。

「……ふふっ」

アイザック様が、子供たちを抱きしめて破顔する。
その笑顔を見ていると、胸の奥が温かくなる。
私の「不整脈(という名のときめき)」も、相変わらず完治していないようだ。

「ローゼン」

アイザック様が、子供越しに私を見つめた。
その瞳は、出会った頃と同じ、いや、それ以上に熱い愛を湛えている。

「愛しているよ。……昨日も、今日も、明日も」

「……はいはい。子供の前ですよ」

「関係ない。俺は子供たちにも、ママがいかに愛されているか教育する義務がある」

彼は身を乗り出し、私の頬にキスをした。

「キャー! パパずるい!」
「僕もチューするー!」

双子が騒ぎ出し、もみくちゃになる。
カオスだ。
実に非効率的で、騒がしくて、愛おしいカオス。

アイザック様が、ふと真面目な顔で尋ねてきた。

「……ねえ、ローゼン。君は今、幸せか?」

真っ直ぐな問いかけ。
私は少しだけ考えた。
「幸せ」なんて言葉、私のキャラではない。
でも、嘘をつくのも合理的ではない。

私は扇を閉じ、子供たちの頭を撫でながら、静かに答えた。

「……衣食住は満たされていますし、図書室の蔵書も増えました。家族の健康状態も良好です」

「うん」

「それに……貴方という、世界一優秀で、世界一私を甘やかしてくれるパートナーもいます」

「……っ!」

アイザック様が息を呑む。
私は彼を見上げ、いつもの「無表情」の中に、ほんの僅かな、けれど心からの慈しみを込めて微笑んだ。

「……悪くありません」

それが、私なりの精一杯の「愛してる」だった。

アイザック様は、一瞬呆然とした後、顔を真っ赤にして天を仰いだ。

「……神よ。俺の妻が尊すぎて、寿命がまた50年延びました」

「妖怪になりますよ」

「望むところだ! さあ、みんな! ママを抱きしめるぞー!」

「おー!!」

「ちょっ……暑苦しいです! 密です!」

3人から抱きつかれ、私は悲鳴を上げながらも、その温もりに身を委ねた。

悪役令嬢ローゼン・ベルク。
かつて「氷の女」と呼ばれ、婚約破棄された彼女は今、世界で一番騒がしく、そして温かい愛に包まれて暮らしている。

微笑まない彼女の心の中は、きっと誰よりも「笑顔」で溢れているのだ。

(……まあ、明日からはもう少し静かにさせますけどね)

私は心の中でそう呟き、愛する家族の背中にそっと手を回した。
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みんなの感想(1件)

chikizo
2025.12.29 chikizo
ネタバレ含む
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