婚約破棄!推しの第二王子を愛でるため、悪役令嬢は全力で「円満退場」

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
5 / 28

5

しおりを挟む
「……は? 謹慎、ですか?」


私は公爵家の自室で、父から告げられた言葉をオウム返しにした。


昨日の図書館での騒ぎが「王族に対する不敬」と見なされたらしい。


アリスティア様が、父を通じて私に「一ヶ月の外出禁止」を言い渡してきたのだ。


「ああ、リューン。すまない……。殿下がかなりお怒りでな。表向きは『反省を促すため』ということになっているが、これは明らかに嫌がらせだ」


父は申し訳なさそうに肩を落としているが、私の脳内では今、盛大なファンファーレが鳴り響いていた。


(一ヶ月……。つまり一ヶ月間、一切の公務も社交もせず、部屋に引きこもって『推し事』に専念できるということ!?)


これまでは「公爵令嬢」という立場上、お茶会だの夜会だの、興味のないイベントに時間を削られてきた。


それがどうだ。合法的に、誰にも邪魔されず、シエル様の祭壇を磨き、新作グッズを開発し、昨日の「照れ顔」を網膜からキャンバスへ出力する時間が与えられたのだ。


「お父様、感謝いたしますわ!」


「……感謝? いや、だから外出できないんだぞ? 大好きな殿下――アリスティア殿下にも会えないんだぞ?」


「それが最高だと言っているのです。むしろ一ヶ月と言わず、一年くらい謹慎させていただけませんかしら? ついでに食事を運んでくる侍女以外、誰も部屋に入れないという厳重な警備も付けていただけると助かります」


「リューン……。お前、ショックで本当に情緒が……」


父が涙を拭いながら去っていくのを見送り、私は即座に部屋の鍵を閉めた。


「アニス! 準備はいい!? これより『第一回・シエル様尊い・二十四時間耐久制作合宿』を開始しますわよ!」


「お嬢様、落ち着いてください。その目はもう、淑女のそれではなく、獲物を狙う野獣のそれです」


アニスが呆れながらも、画材や刺繍道具をテーブルに並べてくれる。


私はまず、昨日シエル様から借りた(返したけど中身を暗記した)「肥料の本」の感想文の続きを書き始めた。


シエル様が興味を持つ分野なら、私も博士号を取る勢いで極めなければならない。


「まずは、シエル様が触れたであろうページの周辺情報を完璧にトレースするわ。そして、この謹慎期間を利用して……シエル様の等身大刺繍タペストリーを完成させるの!」


「……その情熱を、少しでも国政や花嫁修業に向けられませんか?」


「これが私の国政であり、魂の修業ですわ。あ、見てアニス! このシエル様の耳のカーブ! ここは三色の糸を使い分けて立体感を出すべきだと思わない!?」


「知りませんよ、そんなこと!」


私が部屋で狂喜乱舞しながら針を動かしている頃。


王立学院では、一人の王子が落ち着かない様子で図書館の窓際を眺めていた。


「……来ない」


シエル様は、手元の分厚い束――リューンが書いた『肥料の感想文(百ページ)』を見つめて呟いた。


「あんなに熱く肥料について語っておいて……翌日に来ないなんて。……まさか、兄様に何かされたのかな」


シエル様の胸の中に、今まで感じたことのない「奇妙なモヤモヤ」が芽生えていた。


あの変装した不思議な令嬢。


自分のことを「信仰」していると言い切り、兄をゴミのようにあしらった彼女。


彼女がいなくなった図書館は、いつも通り静かで、そして――酷く退屈に感じられた。


「……シエル、何をボーッとしている。そんな気味の悪い論文を読んでいないで、私とチェスでもしないか?」


そこへ、空気を読まないアリスティア様がやってきた。


「兄様。……リューン様に、謹慎を言い渡したというのは本当ですか?」


「フン、当然だろう。彼女はマリアンヌを傷つけ、私を愚弄した。一ヶ月も部屋で泣き暮らせば、少しは自分の過ちに気づくだろうよ」


アリスティア様は勝ち誇ったように笑ったが、シエル様は冷めた目で兄を見返した。


「……兄様は、本当に彼女のことを何も分かっていないんですね」


「何だと?」


「彼女が今、部屋で泣いているとは……僕には到底思えません」


シエル様は、感想文の九十八ページ目に書かれた一文を指でなぞった。


『――殿下、いつか一緒に、この肥料を使った最高の薔薇園を作りましょう。その時、私は殿下の影として土壌の湿度を一生守り続ける覚悟です』


「……影として湿度を守る……? やっぱり、意味が分からない」


シエル様は溜め息をついたが、その口元は微かに緩んでいた。


一方、公爵家のリューンは。


「ハッ……ハックション! ……誰か、私の悪口でも言っているのかしら? まあいいわ、今はシエル様のまつ毛の植毛作業で忙しいんですもの!」


謹慎二日目にして、彼女の部屋には「毛髪一本一本にこだわったシエル様タペストリー」の頭部が完成しつつあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

お飾りの妃なんて可哀想だと思ったら

mios
恋愛
妃を亡くした国王には愛妾が一人いる。 新しく迎えた若い王妃は、そんな愛妾に見向きもしない。

《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法

本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。  ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。  ……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?  やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。  しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。  そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。    自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

処理中です...