婚約破棄!推しの第二王子を愛でるため、悪役令嬢は全力で「円満退場」

パリパリかぷちーの

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「……ああ。なんということでしょう。ここは天国かしら、それともエデンかしら」


私は孤児院の古びた窓の下、生い茂るバラの茂みに身を潜めていた。


割れた窓ガラスの隙間から見えるのは、子供たちに囲まれて穏やかに微笑むシエル様のお姿。


昼間の図書館で見せる知的でクールな雰囲気とは違う、柔らかく、包み込むような声音。


「シエルお兄ちゃん、またこのお話読んで!」


「いいよ。でも、今日はもう遅いから、あと一つだけだよ?」


子供たちの頭を優しく撫でる、その指先。


「……ヒッ、フゥ……ヒッ、フゥ……。アニス、見てる!? シエル様の母性、いえ父性が溢れ出して、この孤児院一帯のマイナスイオンが致死量に達しているわ!」


もちろん、アニスはここにはいない。私は一人で、この尊すぎる光景を記録するために魔導カメラを構えた。


(シャッター音は消音魔法で完璧……! 今の、子供を抱き上げた時の広背筋のしなり! 最高だわ、国宝としてルーヴルに飾るべきだわ!)


しかし、平和な時間は長くは続かなかった。


ドォォォン! という下品な音と共に、孤児院の玄関扉が乱暴に蹴破られたのだ。


「おいおい、シケた面してんじゃねえよ! 院長、例の『立ち退き料』の話はどうなった!」


現れたのは、いかにも「三下です」という顔をした、ガラの悪い男たちが三人。


「きゃっ!?」「お、お兄ちゃん……!」


子供たちがシエル様の背中に隠れて震え出す。


シエル様は、それまでの柔和な表情を一変させ、冷徹な瞳で男たちを睨みつけた。


「……君たち。ここがどこか分かって言っているのかい?」


「ああん? 知るかよ。ここはもう、俺たちの雇い主様が買い取ることになってんだ。さっさとガキどもを連れて出て行ってもらおうか」


男の一人が、シエル様の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。


(……は?)


私の脳内で、何かが音を立てて千切れた。


(私の……私の推しの、国宝級の衣服に……その汚いドブネズミのような手を伸ばそうとした……?)


「……不敬。万死に値する不敬……。いいえ、宇宙の塵になっても許されない冒涜だわ……!」


私は茂みから音もなく飛び出した。


「誰だ、てめえ……うわっ!?」


男が驚く間もなかった。


私は袖に仕込んでおいた「特製・高濃度睡眠粉末(シエル様をじっくり観察するために開発したもの)」を、男たちの顔面に叩きつけた。


「なっ……何だ、これ……急に、眠……」


バタン、バタンと、面白いように三下の男たちが床に転がる。


静まり返る玄関。


私は眼鏡をクイッと上げ、倒れた男たちの腹を無表情で踏みつけた。


「……シエル様の視界に、あなたたちのような不純物が入ること自体が罪なのよ。三日三晩、自分の醜さを夢の中で反省しなさい」


「……え、あの、君……?」


背後から、困惑しきったシエル様の声が聞こえる。


しまった。


推しへの危害という異常事態に、つい「守護霊(物理)」としての本能が出てしまった。


私はゆっくりと振り返り、可能な限り「怪しいけど無害な図書好き」の顔を作った。


「……お、お久しぶりです、殿下。偶然通りかかったところ、あまりに治安の悪い声が聞こえたので、つい」


「偶然……? こんな、夜の城下町の外れを……?」


シエル様の銀色の瞳が、不信感と驚きで揺れている。


「はい、夜の散歩が趣味なのです。夜風に当たりながら、肥料の配合について考えるのが何よりの至福でして」


「……君、本当に面白いね」


シエル様が、ふっと力なく笑った。


その瞬間、私の心臓は本日二度目の「尊い大爆発」を起こした。


「……怪我はないかい? あんな危険なことをして……」


シエル様が私の手を取ろうとして――私の指先が、睡眠粉末で真っ白なのに気づいて手を止めた。


「あ、これはお気になさらず! ただの小麦粉です! 安眠効果のある魔法をちょっとだけ掛けた小麦粉ですわ!」


「……安眠効果のある小麦粉? ……まあいいや。助かったよ、ありがとう」


シエル様は、私に真っ直ぐな視線を向けた。


「君の名前を、教えてくれないかな。……以前会った時から、ずっと気になっていたんだ」


(な、ななな……名前!? 推しの記憶に、私の名前を刻めというの!?)


しかし、ここで「リューン・ド・ラ・メールです」と名乗れば、謹慎破りがバレる。


私は一瞬の思考の末、口を開いた。


「……『ブルーベリー』と呼んでください」


「……ベリー?」


「はい。シエル様の瞳の色に近い色の、果実ですわ。……では、失礼します!」


私は再び脱兎のごとく走り出し、暗闇の中に消えた。


背後でシエル様が「ブルーベリー……?」と呟く声が聞こえたが、振り返る余裕などない。


(言っちゃった! 名乗っちゃった! しかも変な偽名!)


私は心の中で狂喜乱舞しながら、隠し通路へと急いだ。


しかし、その頃。


公爵家では、アリスティア様が「リューンの様子を見に来た」と、父を押し切って私の部屋の前に立っていた。
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