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王宮、謁見の間。
普段は国家の重要事項が決定されるその重厚な空間に、私とシエル様は呼び出されていた。
正面の玉座には、威厳に満ちた(しかし少し頭を抱えている)国王陛下。
その横には、「勝った」と言わんばかりのニヤケ顔を隠そうともしないアリスティア様。
そして、なぜか申し訳なさそうに震えているマリアンヌ様。
「……リューン・ド・ラ・メール。公爵から、お前が婚約破棄のショックで寝込んでいると聞いていたのだがな」
国王陛下の重々しい声が響く。
私はドレスの裾を完璧に捌き、非の打ち所のない礼法で頭を垂れた。
「はい、陛下。……心の傷は深く、一時は生死の境を彷徨いましたわ。ですが、シエル殿下という名の『歩く回復薬(ポーション)』のおかげで、奇跡的に息を吹き返した次第です」
「……ポーションだと?」
「ええ。殿下が温室で袖を捲り上げ、瑞々しい前腕を披露してくださった瞬間、私の細胞は一斉に歓喜の歌を歌い始めました。あれはもはや医療行為ですわ」
「何を言っているのだ、貴様は!」
アリスティア様が横から口を挟む。
「陛下! 聞きましたか! コイツは温室でシエルの膝を枕にし、あられもない姿を晒していたのです! 公爵家の娘として、王族の婚約者であった者として、あまりに破廉恥!」
国王陛下が鋭い視線を私に向ける。
「リューン。アリスティアの言葉は真実か? 温室で、シエルの膝を枕にしていたというのは」
「……事実ですわ」
私は堂々と顔を上げた。
「ですが陛下。あれは『破廉恥』などという低俗な言葉で片付けられるものではございません。あれは『魂の共鳴』、あるいは『聖域への奉納』でございます」
「ほう……奉納、か。……シエル、お前はどうなのだ? 兄の婚約者であった女性を、そのように扱うとは。お前らしくもない」
シエル様が一歩前に出た。
その表情は、かつての控えめな第二王子のものではない。
「陛下。……兄上は『婚約者であった者』と仰いましたが、それは過去の話です。彼女を拒絶し、その立場から解放したのは兄上ご自身ではありませんか」
「それは……! だが、マナーというものがあるだろう!」
「マナーを重んじる方が、婚約者のいる身で他の女性と仲睦まじくパーティーに出席されるのでしょうか。……僕は、自由になった彼女に、僕なりの誠意を見せたまでです」
シエル様の凛とした声に、謁見の間が静まり返る。
(……尊い。シエル様が、私のために、お父様である陛下に反論していらっしゃる……! この光景、今すぐ金貨千枚でプロの絵師に描かせたい……!)
「リューン。お前は……アリスティアではなく、シエルを望むというのか?」
国王陛下が、探るような目で私を見た。
「望む……? 陛下、その問いは少々不正確ですわ」
私は一歩、陛下の方へと歩み寄った。
「私はシエル様を『望む』のではありません。シエル様という存在を『守護』し、その美しさを永遠に保つための『土壌』になりたいのです。彼が王位を望むなら私は最強の盾となり、彼が静寂を望むなら私は空気となります。……愛、などという一言では到底収まりきらない。これは、私の『生存戦略』なのですわ!」
「……せいぜん、せんりゃく……?」
国王陛下が呆然と呟く。
「シエル様は、この国の隠された国宝です。アリスティア様のような『派手なだけの金メッキ』とは質が違います。陛下、どうかご英断を。この国宝を磨き上げる特権を、私に継続して与えてはいただけませんか?」
「き、貴様ぁぁ! 私を金メッキだと!」
怒り狂うアリスティア様を無視し、私は陛下を真っ直ぐに見据えた。
「……ふ、ふふ。ははははは!」
突然、国王陛下が大笑いし始めた。
「面白い! これほどまでに迷いのない狂気……いや、情熱を見たのは初めてだ! アリスティア、お前にはこの女は扱いきれんかったようだな」
「陛下!? 何を仰るのですか!」
「リューンよ。お前の言い分は分かった。……だが、シエルを『守護』すると言うならば、口先だけでなく、その実力を見せてもらわねばならん」
国王陛下は、ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべた。
「近々、隣国の使節団を迎える晩餐会がある。そこでシエルを、兄であるアリスティア以上に輝かせてみせよ。……もし、客人の誰もがシエルを『次代の星』と認めれば、お前の『推し事』とやらを全面的に支援してやろう」
「……受けて立ちますわ」
私は不敵に微笑んだ。
「シエル様の輝きを、全世界に知らしめる絶好の機会。……アニス! 今すぐ王国中の絹と宝石を買い占めるわよ!」
「お嬢様、まだここにアニスはいません!」
謁見の間に、リューンの(狂気に満ちた)決意が響き渡った。
一方、マリアンヌ様は。
(……カッコいい。リューン様、あんなにハッキリと……。私も、あんな風に誰かを推してみたい……)
なぜか、リューンに憧れの眼差しを向け始めていた。
普段は国家の重要事項が決定されるその重厚な空間に、私とシエル様は呼び出されていた。
正面の玉座には、威厳に満ちた(しかし少し頭を抱えている)国王陛下。
その横には、「勝った」と言わんばかりのニヤケ顔を隠そうともしないアリスティア様。
そして、なぜか申し訳なさそうに震えているマリアンヌ様。
「……リューン・ド・ラ・メール。公爵から、お前が婚約破棄のショックで寝込んでいると聞いていたのだがな」
国王陛下の重々しい声が響く。
私はドレスの裾を完璧に捌き、非の打ち所のない礼法で頭を垂れた。
「はい、陛下。……心の傷は深く、一時は生死の境を彷徨いましたわ。ですが、シエル殿下という名の『歩く回復薬(ポーション)』のおかげで、奇跡的に息を吹き返した次第です」
「……ポーションだと?」
「ええ。殿下が温室で袖を捲り上げ、瑞々しい前腕を披露してくださった瞬間、私の細胞は一斉に歓喜の歌を歌い始めました。あれはもはや医療行為ですわ」
「何を言っているのだ、貴様は!」
アリスティア様が横から口を挟む。
「陛下! 聞きましたか! コイツは温室でシエルの膝を枕にし、あられもない姿を晒していたのです! 公爵家の娘として、王族の婚約者であった者として、あまりに破廉恥!」
国王陛下が鋭い視線を私に向ける。
「リューン。アリスティアの言葉は真実か? 温室で、シエルの膝を枕にしていたというのは」
「……事実ですわ」
私は堂々と顔を上げた。
「ですが陛下。あれは『破廉恥』などという低俗な言葉で片付けられるものではございません。あれは『魂の共鳴』、あるいは『聖域への奉納』でございます」
「ほう……奉納、か。……シエル、お前はどうなのだ? 兄の婚約者であった女性を、そのように扱うとは。お前らしくもない」
シエル様が一歩前に出た。
その表情は、かつての控えめな第二王子のものではない。
「陛下。……兄上は『婚約者であった者』と仰いましたが、それは過去の話です。彼女を拒絶し、その立場から解放したのは兄上ご自身ではありませんか」
「それは……! だが、マナーというものがあるだろう!」
「マナーを重んじる方が、婚約者のいる身で他の女性と仲睦まじくパーティーに出席されるのでしょうか。……僕は、自由になった彼女に、僕なりの誠意を見せたまでです」
シエル様の凛とした声に、謁見の間が静まり返る。
(……尊い。シエル様が、私のために、お父様である陛下に反論していらっしゃる……! この光景、今すぐ金貨千枚でプロの絵師に描かせたい……!)
「リューン。お前は……アリスティアではなく、シエルを望むというのか?」
国王陛下が、探るような目で私を見た。
「望む……? 陛下、その問いは少々不正確ですわ」
私は一歩、陛下の方へと歩み寄った。
「私はシエル様を『望む』のではありません。シエル様という存在を『守護』し、その美しさを永遠に保つための『土壌』になりたいのです。彼が王位を望むなら私は最強の盾となり、彼が静寂を望むなら私は空気となります。……愛、などという一言では到底収まりきらない。これは、私の『生存戦略』なのですわ!」
「……せいぜん、せんりゃく……?」
国王陛下が呆然と呟く。
「シエル様は、この国の隠された国宝です。アリスティア様のような『派手なだけの金メッキ』とは質が違います。陛下、どうかご英断を。この国宝を磨き上げる特権を、私に継続して与えてはいただけませんか?」
「き、貴様ぁぁ! 私を金メッキだと!」
怒り狂うアリスティア様を無視し、私は陛下を真っ直ぐに見据えた。
「……ふ、ふふ。ははははは!」
突然、国王陛下が大笑いし始めた。
「面白い! これほどまでに迷いのない狂気……いや、情熱を見たのは初めてだ! アリスティア、お前にはこの女は扱いきれんかったようだな」
「陛下!? 何を仰るのですか!」
「リューンよ。お前の言い分は分かった。……だが、シエルを『守護』すると言うならば、口先だけでなく、その実力を見せてもらわねばならん」
国王陛下は、ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべた。
「近々、隣国の使節団を迎える晩餐会がある。そこでシエルを、兄であるアリスティア以上に輝かせてみせよ。……もし、客人の誰もがシエルを『次代の星』と認めれば、お前の『推し事』とやらを全面的に支援してやろう」
「……受けて立ちますわ」
私は不敵に微笑んだ。
「シエル様の輝きを、全世界に知らしめる絶好の機会。……アニス! 今すぐ王国中の絹と宝石を買い占めるわよ!」
「お嬢様、まだここにアニスはいません!」
謁見の間に、リューンの(狂気に満ちた)決意が響き渡った。
一方、マリアンヌ様は。
(……カッコいい。リューン様、あんなにハッキリと……。私も、あんな風に誰かを推してみたい……)
なぜか、リューンに憧れの眼差しを向け始めていた。
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