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「……いい、アニス? これはただの晩餐会ではないの。シエル様という『未研磨のダイヤモンド』を、全世界に向けて公式にお披露目する、歴史的な祭典(フェス)なのよ!」
公爵家の私の私室は、現在、王国中から集められた最高級の生地と宝石で溢れかえっていた。
「お嬢様、落ち着いてください。その目はもう、デザイナーのそれではなく、獲物を品定めする悪徳商人のそれです」
「失礼ね。私はただ、シエル様の完璧な骨格を0.1ミリの狂いもなく包み込む『聖衣』を作ろうとしているだけよ」
私は手に持った設計図を広げた。
そこには、シエル様の身長、肩幅、胸囲、さらには「鎖骨の角度」や「耳の形」まで詳細に記された、国家機密レベルの情報が詰め込まれている。
「……お待たせしました、リューン様」
控えめなノックと共に、今日の主役であるシエル様が部屋に入っていらした。
「……わあ。凄いことになっているね」
シエル様は、部屋に積み上げられた反物の山を見て、銀色の瞳を丸くした。
「殿下! よくぞお越しくださいました! さあ、今すぐそこに立って、その尊いお姿を晒してくださいな!」
私はシエル様を部屋の中央にある台座へと案内した。
「……これ、全部着てみるのかい?」
「当然ですわ! 殿下の肌の色、髪のツヤ、そしてその神秘的な瞳の輝きを最も引き立てる『奇跡の一着』を見つけ出すまで、私は一歩もここを動きません!」
私はまず、深海のような深い紺色のベルベット生地をシエル様の肩に当てた。
「……ッ! アニス、見て! この生地の光沢が、シエル様の美貌によって逆に照らされているわ! 生地が『私を纏ってくださってありがとう』って泣いているのが聞こえない!?」
「聞こえません。……でも、確かに殿下にはよくお似合いですね」
「次はこれ! 月の光を織り込んだという伝説の銀糸を使った、特製の刺繍入りベストよ!」
私は次から次へと、衣装をシエル様に当てては、そのたびに「尊い……!」と叫びながら床を転げ回った。
「……リューン様。……あの、さっきから僕、着替えさせられているというより、拝まれている気がするんだけど」
「気のせいではありませんわ! 殿下、少しだけ顎を引いて、斜め四十一度の角度で私を見ていただけますか?」
「こう……かな?」
「……ッッ!!(鼻血)」
私は瞬時にハンカチで鼻を押さえた。
破壊力が。破壊力が凄すぎる。
「……大丈夫かい、リューン様!?」
「問題、ございません……。少しだけ私の魂が、肉体の限界を超えて天に召されかけただけです……。ああ、これよ。この『慈愛に満ちた心配顔』こそが、隣国の王族たちを骨抜きにする必殺技になるわ!」
私が鼻血を拭いながら狂喜乱舞していると。
「――リューン! 何だこの騒ぎは!」
またしても、空気の読めないアリスティア様が、マリアンヌ様を連れて乱入してきた。
「……アリスティア様。何度言えばわかるのですか。ここは『シエル様ファンクラブ・本部(私の部屋)』です。会員以外は立ち入り禁止ですよ」
「勝手に本部を作るな! ……フン、シエルを飾り立ててどうにかしようというのか。無駄だぞ。見ていろ、私が晩餐会のために用意した、この純金糸をふんだんに使った特製マントを!」
アリスティア様が、ギラギラと輝く、悪趣味なほど派手なマントを広げた。
「どうだ、眩しいだろう! これぞ王位継承者たる私の輝きだ!」
私はそのマントを一瞥し、鼻で笑った。
「……アリスティア様。それは『輝き』ではなく、ただの『光害』ですわ」
「何だと!?」
「本当の輝きとは、素材の良さを極限まで引き出した時に生まれるもの。……見てなさい。晩餐会当日、あなたの隣で、シエル様がどれほどの『静かなる衝撃(インパクト)』を与えることになるかを」
「……フン。精々、弟をごっこ遊びの着せ替え人形にしているがいいさ!」
アリスティア様は捨て台詞を残して去っていった。
しかし、マリアンヌ様だけは部屋に残り、私を尊敬の眼差しで見つめていた。
「……あの、リューン様。もしよろしければ、私もお手伝いさせていただけませんか?」
「えっ、マリアンヌ様が?」
「はい。私、実家で刺繍を嗜んでおりまして……。殿下の瞳の色と同じ糸、私、持っていますの」
マリアンヌ様が差し出したのは、確かにシエル様の瞳にそっくりな、不思議な光沢を持つ糸だった。
「……マリアンヌ様。あなた、案外『わかっている』方なんですのね」
「……はい。リューン様を見ていたら、私も何かに熱中したくなって……」
こうして、元婚約者と、その略奪相手(という名の恩人)が手を組み、一人の王子を「究極の推し」へと変貌させる極秘プロジェクトが加速し始めた。
「さあ、シエル様! 次はシャツのボタンの数について、二時間ほど議論しましょう!」
「……まだ、終わらないんだね……」
シエル様は遠い目をしながらも、少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。
公爵家の私の私室は、現在、王国中から集められた最高級の生地と宝石で溢れかえっていた。
「お嬢様、落ち着いてください。その目はもう、デザイナーのそれではなく、獲物を品定めする悪徳商人のそれです」
「失礼ね。私はただ、シエル様の完璧な骨格を0.1ミリの狂いもなく包み込む『聖衣』を作ろうとしているだけよ」
私は手に持った設計図を広げた。
そこには、シエル様の身長、肩幅、胸囲、さらには「鎖骨の角度」や「耳の形」まで詳細に記された、国家機密レベルの情報が詰め込まれている。
「……お待たせしました、リューン様」
控えめなノックと共に、今日の主役であるシエル様が部屋に入っていらした。
「……わあ。凄いことになっているね」
シエル様は、部屋に積み上げられた反物の山を見て、銀色の瞳を丸くした。
「殿下! よくぞお越しくださいました! さあ、今すぐそこに立って、その尊いお姿を晒してくださいな!」
私はシエル様を部屋の中央にある台座へと案内した。
「……これ、全部着てみるのかい?」
「当然ですわ! 殿下の肌の色、髪のツヤ、そしてその神秘的な瞳の輝きを最も引き立てる『奇跡の一着』を見つけ出すまで、私は一歩もここを動きません!」
私はまず、深海のような深い紺色のベルベット生地をシエル様の肩に当てた。
「……ッ! アニス、見て! この生地の光沢が、シエル様の美貌によって逆に照らされているわ! 生地が『私を纏ってくださってありがとう』って泣いているのが聞こえない!?」
「聞こえません。……でも、確かに殿下にはよくお似合いですね」
「次はこれ! 月の光を織り込んだという伝説の銀糸を使った、特製の刺繍入りベストよ!」
私は次から次へと、衣装をシエル様に当てては、そのたびに「尊い……!」と叫びながら床を転げ回った。
「……リューン様。……あの、さっきから僕、着替えさせられているというより、拝まれている気がするんだけど」
「気のせいではありませんわ! 殿下、少しだけ顎を引いて、斜め四十一度の角度で私を見ていただけますか?」
「こう……かな?」
「……ッッ!!(鼻血)」
私は瞬時にハンカチで鼻を押さえた。
破壊力が。破壊力が凄すぎる。
「……大丈夫かい、リューン様!?」
「問題、ございません……。少しだけ私の魂が、肉体の限界を超えて天に召されかけただけです……。ああ、これよ。この『慈愛に満ちた心配顔』こそが、隣国の王族たちを骨抜きにする必殺技になるわ!」
私が鼻血を拭いながら狂喜乱舞していると。
「――リューン! 何だこの騒ぎは!」
またしても、空気の読めないアリスティア様が、マリアンヌ様を連れて乱入してきた。
「……アリスティア様。何度言えばわかるのですか。ここは『シエル様ファンクラブ・本部(私の部屋)』です。会員以外は立ち入り禁止ですよ」
「勝手に本部を作るな! ……フン、シエルを飾り立ててどうにかしようというのか。無駄だぞ。見ていろ、私が晩餐会のために用意した、この純金糸をふんだんに使った特製マントを!」
アリスティア様が、ギラギラと輝く、悪趣味なほど派手なマントを広げた。
「どうだ、眩しいだろう! これぞ王位継承者たる私の輝きだ!」
私はそのマントを一瞥し、鼻で笑った。
「……アリスティア様。それは『輝き』ではなく、ただの『光害』ですわ」
「何だと!?」
「本当の輝きとは、素材の良さを極限まで引き出した時に生まれるもの。……見てなさい。晩餐会当日、あなたの隣で、シエル様がどれほどの『静かなる衝撃(インパクト)』を与えることになるかを」
「……フン。精々、弟をごっこ遊びの着せ替え人形にしているがいいさ!」
アリスティア様は捨て台詞を残して去っていった。
しかし、マリアンヌ様だけは部屋に残り、私を尊敬の眼差しで見つめていた。
「……あの、リューン様。もしよろしければ、私もお手伝いさせていただけませんか?」
「えっ、マリアンヌ様が?」
「はい。私、実家で刺繍を嗜んでおりまして……。殿下の瞳の色と同じ糸、私、持っていますの」
マリアンヌ様が差し出したのは、確かにシエル様の瞳にそっくりな、不思議な光沢を持つ糸だった。
「……マリアンヌ様。あなた、案外『わかっている』方なんですのね」
「……はい。リューン様を見ていたら、私も何かに熱中したくなって……」
こうして、元婚約者と、その略奪相手(という名の恩人)が手を組み、一人の王子を「究極の推し」へと変貌させる極秘プロジェクトが加速し始めた。
「さあ、シエル様! 次はシャツのボタンの数について、二時間ほど議論しましょう!」
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シエル様は遠い目をしながらも、少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。
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