婚約破棄!推しの第二王子を愛でるため、悪役令嬢は全力で「円満退場」

パリパリかぷちーの

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王宮の広大な晩餐会会場は、隣国の使節団を歓迎するための熱気に包まれていた。


煌びやかなドレスを纏った貴婦人たちや、勲章を誇らしげに掲げた騎士たちが、今か今かと主役の登場を待っている。


「……いい、マリアンヌ様。準備は完璧ね?」


私は物陰で、最終チェック用のルーペを握りしめながら、隣に立つマリアンヌ様に確認した。


「はい、リューン様! 殿下の袖口に施した隠し刺繍、光の角度でシエル様の紋章が浮き出るように調整済みですわ!」


「素晴らしいわ! さすが私の認めた共同プロデューサーだわ!」


婚約者の座を奪い合ったはずの私たちは、今や「シエル様をいかに輝かせるか」という一点において、血よりも濃い絆で結ばれていた。


ファンという名の狂気は、時として国境も立場も越えるのだ。


「――見ろ! アリスティア殿下のご登場だ!」


会場の扉が開き、まずはアリスティア様が悠然と姿を現した。


例の、純金糸をこれでもかと使ったマントが、シャンデリアの光を反射してこれでもかとギラついている。


「……うわぁ。歩く金箔ね。視覚への暴力だわ」


「眩しすぎて、隣国のお姫様が目を細めていらっしゃいますわ……。逆効果ですわね」


私たちは冷静に毒を吐く。


アリスティア様は自信満々に会場を一周し、使節団の王女の前で大袈裟に礼をした。


「ようこそ、我が王国へ。この眩いばかりの歓迎、お気に召しましたかな?」


「……ええ、とても。……その、物理的に眩しいですわね」


王女様が引きつった笑顔で応じる。


そんな「光害」によって会場が妙な空気になった、その時だった。


「――続いて、第二王子、シエル殿下のご入場です」


静かなアナウンスと共に、再び扉が開いた。


瞬間。


会場の空気が、一気に「浄化」された。


そこに立っていたのは、深夜の海を思わせる深い紺碧の衣装に身を包んだ、この世のものとは思えないほど美しいシエル様だった。


アリスティア様のような派手な装飾はない。


しかし、最高級のシルクが彼のしなやかな肢体を完璧に縁取り、マリアンヌ様が夜なべして刺した銀糸の刺繍が、歩くたびに月光のように静かに揺れる。


「……あ、ああ……」


「なんて、気高い……」


会場から、溜め息のような声が漏れる。


それは、アリスティア様の時に上がった「歓声」ではなく、あまりの尊さに言葉を失った者たちが捧げる「祈り」に似ていた。


「……ッ、フゥ……ッ、フゥ……!」


私は会場の隅で、過呼吸寸前になりながらその光景を網膜に刻みつけた。


(見て……見てよ世界! これが私の推し! これが人類の到達点よ! あの、控えめに伏せられた睫毛の影! 完璧なまでのネクタイの結び目!)


(そして何より……あの、私とマリアンヌ様が三時間議論して決めた、左胸のブローチの位置! 心臓の鼓動に合わせて微かに震えるその煌めきが、彼の生命の躍動を伝えているわ……!)


シエル様は真っ直ぐに王女の前へと進み、優雅に跪いた。


「……お初にお目にかかります。シエル・ド・ラ・メールです。遠路遥々お越しいただいたあなたに、この国の静かな夜の祝福を」


シエル様が王女の手を取り、その甲に軽く唇を寄せた。


その仕草のなんと気高く、そして色気のあることか!


王女様は、アリスティア様の時には見せなかった、本物の「乙女の顔」で赤らんだ。


「……まあ。……なんて、素敵な方」


使節団だけでなく、会場中の視線が完全にシエル様に釘付けになった。


「な、なぜだ!? 私の金糸マントの方が、原価は高いはずなのに!」


アリスティア様が端っこでガタガタと震えているが、もはや誰も彼を見ていない。


勝利。


完全なる、プロデューサーとしての勝利である。


私は、シエル様と一瞬だけ視線が交わったのを感じた。


彼は、大勢の観衆の前で見事な王子を演じながら、私にだけ分かるような、ほんの僅かな「困り眉」を作って見せた。


(……『助けて、恥ずかしいよ』って言ってる! 推しの本音が、視線を通して私の魂に直接ダウンロードされたわ!)


私はその贅沢すぎる情報の重みに耐えきれず、マリアンヌ様の肩を借りてどうにか立っていた。


「リューン様、成功ですわ……! シエル様が、世界の中心にいらっしゃいますわ!」


「ええ……。でも、マリアンヌ様。……これ、ライバルが増えすぎて大変なことになるわね」


「……覚悟の上ですわ!」


私たちは、熱狂に包まれる会場の中で、次の「推し活戦略」を練り始めるのであった。


しかし、晩餐会が佳境に入った頃。


上機嫌な国王陛下が、信じられない爆弾発言を投下した。


「……シエル! 見事な成長ぶりだ。……よし、この度の功績を讃え、お前に『新たな婚約者』を選ばせてやろう!」


その瞬間、私の心臓は止まった。
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