婚約破棄!推しの第二王子を愛でるため、悪役令嬢は全力で「円満退場」

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
17 / 28

17

しおりを挟む
「……婚約者、選定?」


その言葉が私の鼓膜に到達した瞬間、頭の中の「シエル様尊いデータセンター」が過負荷で緊急停止した。


周囲を見渡せば、さっきまでシエル様の神々しさに気圧されていた令嬢たちが、獲物を見つけた猛獣のような目つきに変わっている。


「まあ! シエル殿下、私、以前から殿下の知性溢れるお姿を尊敬しておりましたの!」


「殿下、わたくしの実家で採れる最高級の茶葉で、ぜひお茶会を……!」


隣国の王女様までもが、頬を染めてシエル様の腕に触れようとしている。


(……待て。待ちなさい。落ち着くのよ、リューン・ド・ラ・メール)


私は震える手で、空になったティーカップを握りしめた。


(これは、ある意味で私のプロデュースが『成功しすぎた』という証。シエル様という価値を全世界が認めたということよ。プロデューサー冥利に尽きるじゃない。……そうよね、アニス?)


「お嬢様、顔が般若になっていますよ。ティーカップがミシミシ言っています。今にも令嬢たちに飛びかかりそうな勢いですが、大丈夫ですか?」


いつの間にか背後にいたアニスが、冷や汗を拭いながら囁く。


「大丈夫なわけないでしょう! あの、シエル様の神聖なパーソナルスペースに、得体の知れない香水の匂いをさせた女たちが土足で踏み込んでいるのよ!?」


私はマリアンヌ様を見た。彼女もまた、刺繍糸を握りしめたまま「解せぬ」という顔で固まっている。


「リューン様……これでは、私たちが作り上げたシエル様が、他の誰かのものになってしまいますわ……!」


「……ええ。私の計算では、シエル様が世間に認知されるまであと三ヶ月はかかるはずだった。国王陛下の『推しへの理解度』が想定外に高すぎたわ!」


会場の中央では、シエル様が困惑した表情で令嬢たちの波に揉まれていた。


彼は助けを求めるように、何度もこちらに視線を送ってくる。


しかし、私は動けなかった。


(私に、その資格があるのかしら……?)


(私はただの、熱狂的なファン。彼の美しさを保存し、磨き上げたいだけのストーカー……いえ、守護霊。……『婚約者』なんていう、血の通った、生々しい関係を望んでもいいの?)


その時、私の横を風のように通り過ぎる影があった。


アリスティア様だ。


「ハハハ! シエル、良かったではないか! 父上も粋なことをなさる。……どうだ、リューン。お前の『推し』とやらは、今日この日をもって、お前のような不気味な女の手を離れるのだ!」


アリスティア様が、勝ち誇った顔で私の前に立ち塞がる。


「……アリスティア様。……今、なんて仰いました?」


「聞こえなかったか? シエルはこれから、まともな令嬢の中から、まともな婚約者を選ぶ。お前がどんなに飾り立てても、結局シエルを手に入れるのは、お前以外の誰かなのだよ!」


私は、自分の中で何かが「カチッ」と音を立てるのを感じた。


プロデューサーとしての理性。


ファンとしての謙虚さ。


そんなものは、アリスティア様の歪んだ笑顔を見た瞬間に、跡形もなく消え去った。


「……マリアンヌ様。糸をお貸しなさい」


「えっ? は、はい、こちらですわ!」


私はマリアンヌ様から受け取った、シエル様の瞳と同じ色の銀糸を指に巻きつけた。


「……アニス。私が今からすることを、公爵令嬢としての暴挙だと報告しても構わないわよ」


「……お嬢様?」


私は一歩、また一歩と、令嬢たちの群れに向かって歩き出した。


その覇気に、周囲の貴族たちが波が引くように道を開ける。


「そこまでですわ、皆様!」


私の凛とした声が、喧騒を切り裂いた。


シエル様を取り囲んでいた令嬢たちが、一斉に振り返る。


「……リューン様? あなた、アリスティア殿下に捨てられた方じゃなくて……?」


「ええ。捨てられたのではなく、私は自由を手に入れたのです。……そして、シエル様という至高の存在に人生を捧げる『権利』を手に入れましたの」


私はシエル様の目の前まで進み、令嬢たちを威圧するように扇を広げた。


「皆様。シエル様を望むのであれば、まずは私を倒してからになさい」


「倒す……? 何を仰っているの、この方」


「私はシエル様の『筆頭守護霊』。……殿下の好むお茶の温度、一日の平均読書量、そして今、殿下がどれほど皆様の香水の匂いで頭痛を催していらっしゃるか。それら全てを把握していない方に、殿下の隣に立つ資格はございませんわ!」


「リューン……様」


シエル様が、救世主を見るような目で私を見つめる。


「陛下! ……先ほどのお言葉、謹んでお受けいたしますわ!」


私は玉座の国王陛下に向き直り、不敵に微笑んだ。


「シエル様の婚約者オーディション、ぜひ開催してください。……ただし、私もその候補者の一人として、全力で参加させていただきます!」


「……ほう。アリスティアの元婚約者であるお前が、か?」


国王陛下が面白そうに顎を撫でる。


「はい。シエル様という『奇跡』を誰よりも深く理解し、誰よりも美しく研磨できるのは、この世界に私しかおりません。……この愛が『信仰』なのか『恋』なのか、そのオーディションで見極めて差し上げますわ!」


会場中に、戦慄と興奮が走った。


「……やってくれるね、リューン様」


シエル様が、令嬢たちの隙間から私の手を取り、そっと耳打ちした。


「……期待しているよ。僕を、誰の手にも渡さないでくれるんだろう?」


その瞬間。私の心臓は本日三度目の爆発を起こしたが、今度は気絶しなかった。


(……守る。死んでも守り抜くわ! 私の推しの『隣』という、最高の神席(チケット)は、誰にも渡さない!)


こうして、前代未聞の「第二王子婚約者オーディション」の幕が上がった。


しかし、アリスティア様はまだ諦めていない。


「……フン。リューン、お前の思い通りにはさせんぞ。……私には、とっておきの『策』があるのだからな」


彼の不気味な独り言が、祝宴の終わりに静かに溶けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

お飾りの妃なんて可哀想だと思ったら

mios
恋愛
妃を亡くした国王には愛妾が一人いる。 新しく迎えた若い王妃は、そんな愛妾に見向きもしない。

《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法

本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。  ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。  ……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?  やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。  しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。  そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。    自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

処理中です...