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「シエル殿下、このマカロンは隣国の名匠が焼き上げた逸品ですわ。さあ、読書の手を休めて、私との甘いひとときを……」
静寂が美徳とされる王立図書館に、セリーナ様の華やかな声が響き渡る。
(……ギギギ、ギギギギ!)
私は隣の書架の隙間から、古書を握りしめて歯ぎしりした。
見て。シエル様のあの表情を見て。
左の眉が、わずか零点五ミリほど、不快感によってピクリと震えているわ。
しかも、あのマカロン。香料が強すぎて、シエル様が愛読されている『中世肥料配合録』の古紙の香りを完全に殺している!
「……セリーナ様。お気遣いは嬉しいのですが、僕は今、この章を読み終えたいんだ」
シエル様が、精一杯の拒絶を込めて視線を本に戻す。
しかし、完璧な淑女(笑)は止まらない。
「あら、そんな小難しい本よりも、私のお話を聞いてくださる方が有意義ですわ。ねえ、殿下?」
セリーナ様が、シエル様の腕に触れようと身を乗り出す。
(……そこまでよ! 私の推しのパーソナルスペースをこれ以上侵食させるわけにはいかないわ!)
私は「地味なローブ」のフードを深く被り、分厚い眼鏡を光らせながら、音もなく二人の背後に現れた。
「――失礼。そこ、私(わたくし)が予約していた席なのですが」
「……なんですって?」
セリーナ様が、毒虫を見るような目で私を振り返った。
「あなたのような身分の低そうな者が、私に話しかけるなんて。この席が予約制? そんな話、聞いたこともありませんわ」
「ええ、制度としてはございません。ですが、この席は『静寂を愛する者たちの魂の盟約』によって守られているのです」
私は無表情のまま、シエル様とセリーナ様の間に割って入った。
「そこのお嬢様。そのマカロンから漂う濃厚なバニラの香りは、周囲の利用者の集中力を乱す『嗅覚のテロ』に該当します。速やかに密閉容器に封印し、お引き取りを」
「テ、テロ!? あなた、自分が誰に口を利いているか分かっているの!?」
セリーナ様が顔を真っ赤にして立ち上がる。
その拍子に、彼女が持ち込んだ派手な扇が机に当たり、カツンと高い音を立てた。
(……あ。殿下の睫毛が、悲しげに伏せられた)
「……騒がしいですね。マナーを守れない方は、たとえ公爵令嬢でも退場していただくのが、この聖域の掟です」
私は懐から、司書から預かった(という設定の)「静粛に」と書かれた看板をスッと差し出した。
「くっ……! 殿下、この不気味な女を今すぐ追い出してくださいまし!」
セリーナ様がシエル様に縋り付く。
しかし、シエル様は……私を見て、一瞬だけ目を見開いた後、その口元を緩めた。
「……いや。セリーナ様、彼女の言う通りだ。ここは本を愛する人のための場所。……君の心遣いはありがたいけれど、今日はもう帰ってくれないかな」
「そ、そんな……! 殿下!」
シエル様の冷ややかな、しかし確固たる拒絶。
セリーナ様は屈辱に震えながら、マカロンの箱をひったくるように持って走り去っていった。
再び訪れた静寂。
私は安堵の溜め息をつき、シエル様に向き直った。
「……失礼いたしました、殿下。不純物は排除いたしましたわ。さあ、読書の続きを……」
「……ありがとう、ブルーベリー」
シエル様が、本を置いて私を真っ直ぐに見つめた。
「……やっぱり、君が来てくれると思っていたよ」
(……ッ!?)
その、すべてを見透かしたような、優しくて深い微笑み。
「……殿下、気づいて……?」
「あんなに激しく『解釈違いだ』というオーラを出しながら本棚を睨んでいる不審者は、世界中に君しかいないからね」
シエル様はそう言って、僕の隣の席をポンポンと叩いた。
「……座って。君も、その本(肥料の配合録)を読みに来たんだろう?」
「……はい。殿下の隣で、同じ空気を吸いながら、同じ文字を追えるなんて……。私、前世でどんな徳を積んだのでしょうか……」
「前世の話はやめておこうか。……今の君と、こうして話せていることが嬉しいんだから」
シエル様の指先が、机の上で私の手に触れそうで、触れない距離まで近づく。
私は眼鏡の奥で、本日何度目かの「尊い涙」を流した。
オーディションの第一次審査は、私の圧倒的勝利で幕を閉じたのである。
静寂が美徳とされる王立図書館に、セリーナ様の華やかな声が響き渡る。
(……ギギギ、ギギギギ!)
私は隣の書架の隙間から、古書を握りしめて歯ぎしりした。
見て。シエル様のあの表情を見て。
左の眉が、わずか零点五ミリほど、不快感によってピクリと震えているわ。
しかも、あのマカロン。香料が強すぎて、シエル様が愛読されている『中世肥料配合録』の古紙の香りを完全に殺している!
「……セリーナ様。お気遣いは嬉しいのですが、僕は今、この章を読み終えたいんだ」
シエル様が、精一杯の拒絶を込めて視線を本に戻す。
しかし、完璧な淑女(笑)は止まらない。
「あら、そんな小難しい本よりも、私のお話を聞いてくださる方が有意義ですわ。ねえ、殿下?」
セリーナ様が、シエル様の腕に触れようと身を乗り出す。
(……そこまでよ! 私の推しのパーソナルスペースをこれ以上侵食させるわけにはいかないわ!)
私は「地味なローブ」のフードを深く被り、分厚い眼鏡を光らせながら、音もなく二人の背後に現れた。
「――失礼。そこ、私(わたくし)が予約していた席なのですが」
「……なんですって?」
セリーナ様が、毒虫を見るような目で私を振り返った。
「あなたのような身分の低そうな者が、私に話しかけるなんて。この席が予約制? そんな話、聞いたこともありませんわ」
「ええ、制度としてはございません。ですが、この席は『静寂を愛する者たちの魂の盟約』によって守られているのです」
私は無表情のまま、シエル様とセリーナ様の間に割って入った。
「そこのお嬢様。そのマカロンから漂う濃厚なバニラの香りは、周囲の利用者の集中力を乱す『嗅覚のテロ』に該当します。速やかに密閉容器に封印し、お引き取りを」
「テ、テロ!? あなた、自分が誰に口を利いているか分かっているの!?」
セリーナ様が顔を真っ赤にして立ち上がる。
その拍子に、彼女が持ち込んだ派手な扇が机に当たり、カツンと高い音を立てた。
(……あ。殿下の睫毛が、悲しげに伏せられた)
「……騒がしいですね。マナーを守れない方は、たとえ公爵令嬢でも退場していただくのが、この聖域の掟です」
私は懐から、司書から預かった(という設定の)「静粛に」と書かれた看板をスッと差し出した。
「くっ……! 殿下、この不気味な女を今すぐ追い出してくださいまし!」
セリーナ様がシエル様に縋り付く。
しかし、シエル様は……私を見て、一瞬だけ目を見開いた後、その口元を緩めた。
「……いや。セリーナ様、彼女の言う通りだ。ここは本を愛する人のための場所。……君の心遣いはありがたいけれど、今日はもう帰ってくれないかな」
「そ、そんな……! 殿下!」
シエル様の冷ややかな、しかし確固たる拒絶。
セリーナ様は屈辱に震えながら、マカロンの箱をひったくるように持って走り去っていった。
再び訪れた静寂。
私は安堵の溜め息をつき、シエル様に向き直った。
「……失礼いたしました、殿下。不純物は排除いたしましたわ。さあ、読書の続きを……」
「……ありがとう、ブルーベリー」
シエル様が、本を置いて私を真っ直ぐに見つめた。
「……やっぱり、君が来てくれると思っていたよ」
(……ッ!?)
その、すべてを見透かしたような、優しくて深い微笑み。
「……殿下、気づいて……?」
「あんなに激しく『解釈違いだ』というオーラを出しながら本棚を睨んでいる不審者は、世界中に君しかいないからね」
シエル様はそう言って、僕の隣の席をポンポンと叩いた。
「……座って。君も、その本(肥料の配合録)を読みに来たんだろう?」
「……はい。殿下の隣で、同じ空気を吸いながら、同じ文字を追えるなんて……。私、前世でどんな徳を積んだのでしょうか……」
「前世の話はやめておこうか。……今の君と、こうして話せていることが嬉しいんだから」
シエル様の指先が、机の上で私の手に触れそうで、触れない距離まで近づく。
私は眼鏡の奥で、本日何度目かの「尊い涙」を流した。
オーディションの第一次審査は、私の圧倒的勝利で幕を閉じたのである。
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