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「いい、アニス、マリアンヌ様。夜会のダンスとは、ただ男女がくるくる回る運動ではないわ」
私は公爵家の広間に、シエル様の等身大パネル(最新の夜会服ver.)を立てかけ、厳かに言い放った。
「それは、シエル様という名の『至宝』を、三百六十度の角度から全参列者に叩きつけるための『可動式展示会』なのよ!」
「お嬢様、言葉を選んでください。展示会じゃなくて社交の場です。あと、そのパネルを拝みながらステップを踏むのをやめてください。怖いです」
アニスが冷たい視線を送るが、私の情熱は止まらない。
今回、アリスティア様は「ダンスの腕前でシエルを公開処刑する」と息巻いているらしい。
確かにシエル様は控えめな性格ゆえ、目立つダンスは避けてこられた。だが、それは「才能がない」のではなく「披露する場がなかった」だけ。
「マリアンヌ様、シエル様の骨格から導き出した『理想の重心移動ライン』の計算は終わったかしら?」
「ええ、リューン様! この図面通りにリードすれば、殿下の美しさは黄金比を描き、見る者の網膜を焼き尽くすはずですわ!」
「素晴らしいわ! さあ、シエル様を『世界で一番美しい独楽(こま)』に仕上げるわよ!」
私たちは手を取り合い、狂気……もとい、愛の特訓に励んだ。
そして迎えた夜会当日。
会場は、アリスティア様が用意した派手な装飾と、彼が連れてきたセリーナ様の燃えるようなドレスで、異様な熱気に包まれていた。
「ハハハ! 見ろ、リューン! これが王族の、そして次期国王たる私のダンスだ!」
アリスティア様とセリーナ様が、フロアの中央でこれでもかとアクロバティックなダンスを披露する。
高く跳び、激しく回る。それはもはやダンスというより、派手な見世物に近い。
「……うるさいわね。視覚の暴力よ。まるで攪拌機の中を見せられている気分だわ」
私は冷ややかに毒を吐きながら、隣に立つシエル様を見上げた。
シエル様は、私たちが選んだ「夜の帳を纏ったような深いミッドナイトブルー」の正装に身を包み、少し緊張した面持ちで立っていた。
「……リューン様。僕にあんな派手な動きはできないよ。やはり、僕は壁際で見守っている方が……」
「殿下。勘違いしないでください」
私はシエル様の細く、しかししなやかな手を取り、真っ直ぐにその銀色の瞳を見つめた。
「殿下が動く必要はありません。世界の方が、殿下を中心に回るのです。殿下はただ、そこに存在し、私のリードに身を委ねてくださればいい……」
「……君がリードするのかい?」
「はい。私が殿下の『台座』となり、最高の角度で光を反射させて差し上げますわ!」
音楽が、静かで優雅なワルツへと変わる。
私はシエル様の手を引き、フロアの中央へと踏み出した。
周囲から「不審者令嬢が、あの日陰の王子と……?」という囁きが漏れる。
だが、私たちが踊り始めた瞬間、その囁きは絶滅した。
シエル様は、私の導きに従い、流れる水のように滑らかなステップを踏み出した。
私が計算した通り、シエル様の重心は常に完璧な一点にあり、その指先から足先までが一本の光の筋のように美しい弧を描く。
「……っ! あ、あああ……尊い……!」
踊りながら、私は至近距離でシエル様の「伏せられた睫毛の揺れ」を観測し、魂が震えた。
(見て……見てよ、この首筋のライン! そして、私の腰に添えられた、この控えめながらも確かな体温を感じさせる手!)
(派手に回る必要なんてない。ただ歩くだけで、シエル様は芸術になる。私は今、ルーヴルの名画を動かしているのよ……!)
シエル様の瞳が、驚きと喜びに輝き始める。
「……不思議だ。体が軽い。……リューン様、君と踊っていると、まるで自分が空を飛んでいるみたいだ」
「殿下……それは、殿下がそもそも『天使』だからですわ。私はただ、その翼を広げるお手伝いをしているだけに過ぎません」
私たちのダンスは、派手さこそないものの、圧倒的な「気品」と「調和」で会場を支配した。
アリスティア様たちの激しい動きとは対照的な、静寂の中の美。
気がつけば、フロアにいた他の貴族たちは足を止め、私たちの……いいえ、シエル様の美しさに涙を流しながら見入っていた。
「な、なぜだ!? 私の超高速スピンよりも、あんな地味な歩行の方が注目を浴びるなんて!」
アリスティア様が端っこで地団駄を踏んでいるが、もはや誰も彼を見ていない。
「……リューン様」
曲が終わる直前、シエル様が私の耳元で小さく囁いた。
「……ありがとう。君に見せたい景色が、また一つ増えたよ」
(……ッッッ!?(本日五度目の心停止))
私はその完璧なファンサービスの衝撃に耐えきれず、曲の終了と同時に、シエル様の腕の中で見事な「失神(気絶)」を決めた。
「リューン様!? おい、誰か医者を!」
シエル様に抱きかかえられながら、私の意識は深い多幸感の中に沈んでいった。
(……悔いはないわ。……今の囁き、録音魔法で保存しておきたかった……!)
オーディション第二次審査、ダンスバトル。
結果は、シエル様の「静かなる圧倒」により、私(とマリアンヌ様)の完全勝利で幕を閉じた。
しかし、この勝利が、さらなる「厄介なライバル」を呼び寄せることになるとは、この時の私はまだ知る由もなかった。
私は公爵家の広間に、シエル様の等身大パネル(最新の夜会服ver.)を立てかけ、厳かに言い放った。
「それは、シエル様という名の『至宝』を、三百六十度の角度から全参列者に叩きつけるための『可動式展示会』なのよ!」
「お嬢様、言葉を選んでください。展示会じゃなくて社交の場です。あと、そのパネルを拝みながらステップを踏むのをやめてください。怖いです」
アニスが冷たい視線を送るが、私の情熱は止まらない。
今回、アリスティア様は「ダンスの腕前でシエルを公開処刑する」と息巻いているらしい。
確かにシエル様は控えめな性格ゆえ、目立つダンスは避けてこられた。だが、それは「才能がない」のではなく「披露する場がなかった」だけ。
「マリアンヌ様、シエル様の骨格から導き出した『理想の重心移動ライン』の計算は終わったかしら?」
「ええ、リューン様! この図面通りにリードすれば、殿下の美しさは黄金比を描き、見る者の網膜を焼き尽くすはずですわ!」
「素晴らしいわ! さあ、シエル様を『世界で一番美しい独楽(こま)』に仕上げるわよ!」
私たちは手を取り合い、狂気……もとい、愛の特訓に励んだ。
そして迎えた夜会当日。
会場は、アリスティア様が用意した派手な装飾と、彼が連れてきたセリーナ様の燃えるようなドレスで、異様な熱気に包まれていた。
「ハハハ! 見ろ、リューン! これが王族の、そして次期国王たる私のダンスだ!」
アリスティア様とセリーナ様が、フロアの中央でこれでもかとアクロバティックなダンスを披露する。
高く跳び、激しく回る。それはもはやダンスというより、派手な見世物に近い。
「……うるさいわね。視覚の暴力よ。まるで攪拌機の中を見せられている気分だわ」
私は冷ややかに毒を吐きながら、隣に立つシエル様を見上げた。
シエル様は、私たちが選んだ「夜の帳を纏ったような深いミッドナイトブルー」の正装に身を包み、少し緊張した面持ちで立っていた。
「……リューン様。僕にあんな派手な動きはできないよ。やはり、僕は壁際で見守っている方が……」
「殿下。勘違いしないでください」
私はシエル様の細く、しかししなやかな手を取り、真っ直ぐにその銀色の瞳を見つめた。
「殿下が動く必要はありません。世界の方が、殿下を中心に回るのです。殿下はただ、そこに存在し、私のリードに身を委ねてくださればいい……」
「……君がリードするのかい?」
「はい。私が殿下の『台座』となり、最高の角度で光を反射させて差し上げますわ!」
音楽が、静かで優雅なワルツへと変わる。
私はシエル様の手を引き、フロアの中央へと踏み出した。
周囲から「不審者令嬢が、あの日陰の王子と……?」という囁きが漏れる。
だが、私たちが踊り始めた瞬間、その囁きは絶滅した。
シエル様は、私の導きに従い、流れる水のように滑らかなステップを踏み出した。
私が計算した通り、シエル様の重心は常に完璧な一点にあり、その指先から足先までが一本の光の筋のように美しい弧を描く。
「……っ! あ、あああ……尊い……!」
踊りながら、私は至近距離でシエル様の「伏せられた睫毛の揺れ」を観測し、魂が震えた。
(見て……見てよ、この首筋のライン! そして、私の腰に添えられた、この控えめながらも確かな体温を感じさせる手!)
(派手に回る必要なんてない。ただ歩くだけで、シエル様は芸術になる。私は今、ルーヴルの名画を動かしているのよ……!)
シエル様の瞳が、驚きと喜びに輝き始める。
「……不思議だ。体が軽い。……リューン様、君と踊っていると、まるで自分が空を飛んでいるみたいだ」
「殿下……それは、殿下がそもそも『天使』だからですわ。私はただ、その翼を広げるお手伝いをしているだけに過ぎません」
私たちのダンスは、派手さこそないものの、圧倒的な「気品」と「調和」で会場を支配した。
アリスティア様たちの激しい動きとは対照的な、静寂の中の美。
気がつけば、フロアにいた他の貴族たちは足を止め、私たちの……いいえ、シエル様の美しさに涙を流しながら見入っていた。
「な、なぜだ!? 私の超高速スピンよりも、あんな地味な歩行の方が注目を浴びるなんて!」
アリスティア様が端っこで地団駄を踏んでいるが、もはや誰も彼を見ていない。
「……リューン様」
曲が終わる直前、シエル様が私の耳元で小さく囁いた。
「……ありがとう。君に見せたい景色が、また一つ増えたよ」
(……ッッッ!?(本日五度目の心停止))
私はその完璧なファンサービスの衝撃に耐えきれず、曲の終了と同時に、シエル様の腕の中で見事な「失神(気絶)」を決めた。
「リューン様!? おい、誰か医者を!」
シエル様に抱きかかえられながら、私の意識は深い多幸感の中に沈んでいった。
(……悔いはないわ。……今の囁き、録音魔法で保存しておきたかった……!)
オーディション第二次審査、ダンスバトル。
結果は、シエル様の「静かなる圧倒」により、私(とマリアンヌ様)の完全勝利で幕を閉じた。
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