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「……はっ! ここは……天界? それともシエル様の膝の上という名の楽園かしら?」
私は公爵家の自室、いつもの「シエル様祭壇」に囲まれたベッドの上で跳ね起きた。
「残念ながら、お嬢様の自室です。夜会で殿下の腕の中にダイブして気絶したお嬢様を、殿下ご自身が馬車まで運んでくださったんですよ」
アニスが、冷え切ったタオルを私の額に叩きつけた。
「……殿下が? 私を? 運んだ!? その時の私の体重、殿下の腕にどの程度の負荷を!? 筋肉へのダメージは!? ああ、今すぐ謝罪の最高級プロテインを献上しに行かなくては!」
「落ち着いてください! そんなことより、大変なことになっているんです!」
アニスが私の肩を掴んで激しく揺さぶった。
「夜会のシエル様のダンスを見た隣国の使節団……いえ、その本国が動きました。超大国バルドゥール帝国の第一皇女、アイリス様が『シエル殿下を私の婿に迎えたい』と正式に打診してきたんです!」
(……バルドゥール帝国の、アイリス皇女?)
その名は、社交界に疎い私でも知っている。
絶大な権力と美貌を持ち、欲しいものはすべて力ずくで手に入れてきたという「氷の女帝」の異名を持つ女性だ。
「……政治。ついに『政治』という名の魔物が、私の推しを狙い始めたのね」
私は拳を握りしめ、鏡の前に立った。
「アニス、マリアンヌ様を呼んで。これはもはや、国内のオーディションなんて生温いフェーズじゃないわ。……シエル様の『尊厳』を守るための、国際防衛戦よ!」
数時間後。マリアンヌ様が、大量の資料を抱えて駆け込んできた。
「リューン様! 調べましたわ! アイリス皇女はシエル様を『自分の庭に飾る、世界で最も美しい彫刻』として欲しがっているようですわ!」
「……彫刻? つまり、シエル様の自由を奪い、豪華な鳥籠に閉じ込めようというの?」
「そうですわ! 彼女はシエル様のことを『愛でる対象』だとは言っていますが、そこにシエル様ご自身の意思は介在しておりません。……これは、私たちの『推し活』とは根本的に哲学が違います!」
私は激しい怒りに震えた。
「……解せぬ。断じて、解せぬわ……!」
私はその足で、王宮の温室へと向かった。
そこには、いつになく沈んだ表情で、青い花を見つめるシエル様がいらした。
「……リューン様。聞いたかい? 帝国の話」
「殿下……。私は、殿下の意思を尊重いたします。……ですが、一つだけ伺わせてください。……殿下は、あの冷たい帝国の城で、彫刻として生きたいのですか?」
シエル様は、力なく首を振った。
「……僕は、ここでこうして、君と一緒に土をいじっている時間が一番好きなんだ。……でも、帝国の要求を断れば、この国と帝国の関係が悪化するかもしれない。……兄様は『早く行ってしまえ』と言っているよ」
「アリスティア様は、相変わらずゴミのような発言しかできませんのね!」
私はシエル様の前に跪き、その冷たい手を取った。
「殿下。……信じてください。私が、そしてマリアンヌ様とアニスが……いいえ、この国の全『シエル様・潜在的ファン』が、あなたを守りますわ!」
「……リューン様」
その時だった。
「――あら、随分と威勢のいい羽虫がいるわね」
温室の入り口に、凛とした、しかし背筋が凍るような冷たい声が響いた。
振り返れば、そこには燃えるような深紅のドレスを纏った、圧倒的な存在感を放つ美女が立っていた。
アイリス皇女、その人だ。
「あなたが、シエルを不気味なほど崇拝しているという公爵令嬢ね? ……安心なさい。私が彼を引き取れば、あなたのような『寄生虫』が彼の視界に入ることは二度とな苦なるから」
アイリス様は、シエル様の顎をクイッと持ち上げ、品定めするように眺めた。
「……いい顔だわ。やはり、帝国の私の寝室に飾るのに相応しい。……シエル、あなたは何も考えなくていいのよ。ただ、美しくそこにいればいい」
シエル様の瞳に、明らかな「恐怖」と「絶望」が走った。
(……私の推しに、そんな目をさせて……!)
「……そこまでですわ、アイリス皇女殿下」
私はシエル様とアイリス様の間に割って入り、不敵な笑みを浮かべた。
「シエル様は『彫刻』ではありません。彼は成長し、変化し、時として迷いながらも自らの足で立つ、気高い『生命』ですわ」
「……生命? そんなもの、脆くて不確かなだけだわ。……私なら、彼を永遠の美しさの中に閉じ込めてあげられる」
「それは『愛』ではなく、ただの『標本作成』です! ……アイリス様。……シエル様を巡って、私と勝負していただけませんか?」
アイリス様が、初めて私を「敵」として認識し、目を細めた。
「……面白いわね。羽虫が私に勝負を挑むなんて。……いいわ。来週の収穫祭、そこでシエルがどちらの手を取るか……。もし私が選ばれたら、あなたは二度と彼の前に現れないこと。……いいかしら?」
「……望むところですわ!」
私は一歩も退かずに言い放った。
こうして、シエル様を「一人の人間」として推すリューンと、「完璧なコレクション」として狙うアイリス皇女の、運命の最終決戦が幕を開けた。
私は公爵家の自室、いつもの「シエル様祭壇」に囲まれたベッドの上で跳ね起きた。
「残念ながら、お嬢様の自室です。夜会で殿下の腕の中にダイブして気絶したお嬢様を、殿下ご自身が馬車まで運んでくださったんですよ」
アニスが、冷え切ったタオルを私の額に叩きつけた。
「……殿下が? 私を? 運んだ!? その時の私の体重、殿下の腕にどの程度の負荷を!? 筋肉へのダメージは!? ああ、今すぐ謝罪の最高級プロテインを献上しに行かなくては!」
「落ち着いてください! そんなことより、大変なことになっているんです!」
アニスが私の肩を掴んで激しく揺さぶった。
「夜会のシエル様のダンスを見た隣国の使節団……いえ、その本国が動きました。超大国バルドゥール帝国の第一皇女、アイリス様が『シエル殿下を私の婿に迎えたい』と正式に打診してきたんです!」
(……バルドゥール帝国の、アイリス皇女?)
その名は、社交界に疎い私でも知っている。
絶大な権力と美貌を持ち、欲しいものはすべて力ずくで手に入れてきたという「氷の女帝」の異名を持つ女性だ。
「……政治。ついに『政治』という名の魔物が、私の推しを狙い始めたのね」
私は拳を握りしめ、鏡の前に立った。
「アニス、マリアンヌ様を呼んで。これはもはや、国内のオーディションなんて生温いフェーズじゃないわ。……シエル様の『尊厳』を守るための、国際防衛戦よ!」
数時間後。マリアンヌ様が、大量の資料を抱えて駆け込んできた。
「リューン様! 調べましたわ! アイリス皇女はシエル様を『自分の庭に飾る、世界で最も美しい彫刻』として欲しがっているようですわ!」
「……彫刻? つまり、シエル様の自由を奪い、豪華な鳥籠に閉じ込めようというの?」
「そうですわ! 彼女はシエル様のことを『愛でる対象』だとは言っていますが、そこにシエル様ご自身の意思は介在しておりません。……これは、私たちの『推し活』とは根本的に哲学が違います!」
私は激しい怒りに震えた。
「……解せぬ。断じて、解せぬわ……!」
私はその足で、王宮の温室へと向かった。
そこには、いつになく沈んだ表情で、青い花を見つめるシエル様がいらした。
「……リューン様。聞いたかい? 帝国の話」
「殿下……。私は、殿下の意思を尊重いたします。……ですが、一つだけ伺わせてください。……殿下は、あの冷たい帝国の城で、彫刻として生きたいのですか?」
シエル様は、力なく首を振った。
「……僕は、ここでこうして、君と一緒に土をいじっている時間が一番好きなんだ。……でも、帝国の要求を断れば、この国と帝国の関係が悪化するかもしれない。……兄様は『早く行ってしまえ』と言っているよ」
「アリスティア様は、相変わらずゴミのような発言しかできませんのね!」
私はシエル様の前に跪き、その冷たい手を取った。
「殿下。……信じてください。私が、そしてマリアンヌ様とアニスが……いいえ、この国の全『シエル様・潜在的ファン』が、あなたを守りますわ!」
「……リューン様」
その時だった。
「――あら、随分と威勢のいい羽虫がいるわね」
温室の入り口に、凛とした、しかし背筋が凍るような冷たい声が響いた。
振り返れば、そこには燃えるような深紅のドレスを纏った、圧倒的な存在感を放つ美女が立っていた。
アイリス皇女、その人だ。
「あなたが、シエルを不気味なほど崇拝しているという公爵令嬢ね? ……安心なさい。私が彼を引き取れば、あなたのような『寄生虫』が彼の視界に入ることは二度とな苦なるから」
アイリス様は、シエル様の顎をクイッと持ち上げ、品定めするように眺めた。
「……いい顔だわ。やはり、帝国の私の寝室に飾るのに相応しい。……シエル、あなたは何も考えなくていいのよ。ただ、美しくそこにいればいい」
シエル様の瞳に、明らかな「恐怖」と「絶望」が走った。
(……私の推しに、そんな目をさせて……!)
「……そこまでですわ、アイリス皇女殿下」
私はシエル様とアイリス様の間に割って入り、不敵な笑みを浮かべた。
「シエル様は『彫刻』ではありません。彼は成長し、変化し、時として迷いながらも自らの足で立つ、気高い『生命』ですわ」
「……生命? そんなもの、脆くて不確かなだけだわ。……私なら、彼を永遠の美しさの中に閉じ込めてあげられる」
「それは『愛』ではなく、ただの『標本作成』です! ……アイリス様。……シエル様を巡って、私と勝負していただけませんか?」
アイリス様が、初めて私を「敵」として認識し、目を細めた。
「……面白いわね。羽虫が私に勝負を挑むなんて。……いいわ。来週の収穫祭、そこでシエルがどちらの手を取るか……。もし私が選ばれたら、あなたは二度と彼の前に現れないこと。……いいかしら?」
「……望むところですわ!」
私は一歩も退かずに言い放った。
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