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収穫祭の会場は、黄金色に輝く小麦と色鮮やかな果実に彩られ、民衆の歓声に包まれていた。
だが、中央の貴賓席だけは、冬の北国のような凍てつく緊張感が漂っている。
「さあ、シエル。答えを聞かせてもらえるかしら?」
深紅のドレスを纏い、玉座に等しい豪華な椅子に踏ん反り返るアイリス皇女が、優雅に扇を振った。
「私と共に帝国へ来れば、この国には莫大な支援を約束しましょう。……拒むのであれば、明日からこの国の物流は止まるわ。民が飢え、国が傾く様を見たいの?」
隣で震えるアリスティア様は、もはや空気のような存在だ。
国王陛下ですら、帝国の圧倒的な圧力を前に、苦渋の表情を浮かべて沈黙している。
(……ふん。安いわね。あまりに安い脅しだわ、アイリス皇女殿下)
私はシエル様の斜め後ろ、影のように寄り添いながら、心の中で冷笑した。
「……アイリス様。お言葉ですが、経済制裁というものは、相手に『代わりの手段』がない時にのみ有効な手段ですわ」
私が静かに口を開くと、アイリス様は不機嫌そうに目を細めた。
「……またあなたね、羽虫。代わりの手段? 小国の公爵令嬢が何を言っているの?」
「あら、お忘れですか? 我がメール公爵家は、建国以来、国内の商人ギルドと深いつながりを持っております。……そして、この一週間、私は謹慎(という名のご褒美休暇)の間に、独自のマーケットリサーチを行っておりましたの」
私は懐から、公印が押された大量の契約書をスッと取り出した。
「アイリス様が物流を止めると仰るなら、結構ですわ。……すでに隣国の商団、さらには帝国内部であなたに反旗を翻している反主流派の商閥とも、独自ルートの開拓に合意しております」
「な……なんですって!? 帝国の商閥が、一介の令嬢と契約したというの!?」
「ええ。彼らも『美しいものは世界の共有財産』という私の理念に深く共感してくださいました。……シエル様という国宝を独占しようとするあなたのやり方は、彼らにとっても『解釈違い』だったのですわ!」
「解釈、違い……?」
アイリス様が呆然と呟く。
「シエル様の美しさは、自由であってこそ輝く。……それを閉じ込めようとするあなたの経済圏など、私の『推しへの愛(資本力)』で今すぐ買い取って差し上げますわ!」
「……ふ、ふふ。面白いわね。なら、力ずくで連れて行くだけよ!」
アイリス様が立ち上がり、強大な魔力を解放しようとした、その時。
シエル様が、ゆっくりと一歩前に出た。
その足取りは、私が特訓した通りの「威厳に満ちた王子の歩法」。
「……アイリス様。もう、やめてください」
シエル様の銀色の瞳が、かつてないほど冷たく、そして鋭くアイリス様を射抜いた。
「僕は、あなたの庭を飾るための石ではありません。……僕には、守りたい温室があり、共に土をいじり、語り合いたい大切な人がいる」
(……ッッッ!?(本日六度目の心停止))
シエル様は、私の手を取り、アイリス様の目の前で高く掲げた。
「僕は……リューン・ド・ラ・メールという女性を、僕自身の意志で選ぶ。……彼女こそが、僕という不完全な存在を最も理解し、輝かせてくれる、唯一の『光』だ!」
会場中が、水を打ったように静まり返った。
(……言った。シエル様が、ご自分の意志で、私を『光』だと……!)
(ああ、尊い。尊すぎて、このまま光り輝いて昇天しそう。……今のセリフ、全土に魔導放送で流すべきだったわ……!)
「……私を、拒むというの? この私を、そんな不気味な令嬢のために……!」
アイリス様が顔を真っ赤にして叫ぶ。
だが、周囲の民衆からは、いつの間にか「シエル殿下、万歳!」「リューン様、行けー!」という大歓声が上がっていた。
シエル様の「自立」した姿。そして、それを見守る(狂気的な)私の姿は、いつの間にか国民にとって「希望の象徴」になっていたのだ。
「……負けたわ。……こんな、理屈の通じない狂気に負けるなんて」
アイリス様は力なく椅子に座り込み、扇で顔を覆った。
「……シエル。……せいぜい、その『光』に焼かれて苦しむがいいわ」
「ええ、望むところですわ!」
私はシエル様の腕に抱きつきながら、勝利の咆哮を上げた。
「経済制裁など怖くありません! シエル様の笑顔さえあれば、私は草を食べてでも、肥料になってでも生き抜いてみせますわ!」
「……リューン様。草は食べなくていいからね」
シエル様が困ったように、けれど最高に慈愛に満ちた笑顔で私を見た。
こうして、国家を揺るがす最大の危機は、一人の悪役令嬢(ガチ勢)の暴走によって、あっけなく幕を閉じたのである。
しかし、本当の「試練」は、この後に待っていた。
国王陛下が、ニヤリと笑って立ち上がったのだ。
「……よし、シエル、リューン。……これほどの愛を見せつけられたら、認めざるを得んな。……二人とも、今すぐ婚約の準備に入れ!」
(……こ、婚約……!? 公式に!?)
だが、中央の貴賓席だけは、冬の北国のような凍てつく緊張感が漂っている。
「さあ、シエル。答えを聞かせてもらえるかしら?」
深紅のドレスを纏い、玉座に等しい豪華な椅子に踏ん反り返るアイリス皇女が、優雅に扇を振った。
「私と共に帝国へ来れば、この国には莫大な支援を約束しましょう。……拒むのであれば、明日からこの国の物流は止まるわ。民が飢え、国が傾く様を見たいの?」
隣で震えるアリスティア様は、もはや空気のような存在だ。
国王陛下ですら、帝国の圧倒的な圧力を前に、苦渋の表情を浮かべて沈黙している。
(……ふん。安いわね。あまりに安い脅しだわ、アイリス皇女殿下)
私はシエル様の斜め後ろ、影のように寄り添いながら、心の中で冷笑した。
「……アイリス様。お言葉ですが、経済制裁というものは、相手に『代わりの手段』がない時にのみ有効な手段ですわ」
私が静かに口を開くと、アイリス様は不機嫌そうに目を細めた。
「……またあなたね、羽虫。代わりの手段? 小国の公爵令嬢が何を言っているの?」
「あら、お忘れですか? 我がメール公爵家は、建国以来、国内の商人ギルドと深いつながりを持っております。……そして、この一週間、私は謹慎(という名のご褒美休暇)の間に、独自のマーケットリサーチを行っておりましたの」
私は懐から、公印が押された大量の契約書をスッと取り出した。
「アイリス様が物流を止めると仰るなら、結構ですわ。……すでに隣国の商団、さらには帝国内部であなたに反旗を翻している反主流派の商閥とも、独自ルートの開拓に合意しております」
「な……なんですって!? 帝国の商閥が、一介の令嬢と契約したというの!?」
「ええ。彼らも『美しいものは世界の共有財産』という私の理念に深く共感してくださいました。……シエル様という国宝を独占しようとするあなたのやり方は、彼らにとっても『解釈違い』だったのですわ!」
「解釈、違い……?」
アイリス様が呆然と呟く。
「シエル様の美しさは、自由であってこそ輝く。……それを閉じ込めようとするあなたの経済圏など、私の『推しへの愛(資本力)』で今すぐ買い取って差し上げますわ!」
「……ふ、ふふ。面白いわね。なら、力ずくで連れて行くだけよ!」
アイリス様が立ち上がり、強大な魔力を解放しようとした、その時。
シエル様が、ゆっくりと一歩前に出た。
その足取りは、私が特訓した通りの「威厳に満ちた王子の歩法」。
「……アイリス様。もう、やめてください」
シエル様の銀色の瞳が、かつてないほど冷たく、そして鋭くアイリス様を射抜いた。
「僕は、あなたの庭を飾るための石ではありません。……僕には、守りたい温室があり、共に土をいじり、語り合いたい大切な人がいる」
(……ッッッ!?(本日六度目の心停止))
シエル様は、私の手を取り、アイリス様の目の前で高く掲げた。
「僕は……リューン・ド・ラ・メールという女性を、僕自身の意志で選ぶ。……彼女こそが、僕という不完全な存在を最も理解し、輝かせてくれる、唯一の『光』だ!」
会場中が、水を打ったように静まり返った。
(……言った。シエル様が、ご自分の意志で、私を『光』だと……!)
(ああ、尊い。尊すぎて、このまま光り輝いて昇天しそう。……今のセリフ、全土に魔導放送で流すべきだったわ……!)
「……私を、拒むというの? この私を、そんな不気味な令嬢のために……!」
アイリス様が顔を真っ赤にして叫ぶ。
だが、周囲の民衆からは、いつの間にか「シエル殿下、万歳!」「リューン様、行けー!」という大歓声が上がっていた。
シエル様の「自立」した姿。そして、それを見守る(狂気的な)私の姿は、いつの間にか国民にとって「希望の象徴」になっていたのだ。
「……負けたわ。……こんな、理屈の通じない狂気に負けるなんて」
アイリス様は力なく椅子に座り込み、扇で顔を覆った。
「……シエル。……せいぜい、その『光』に焼かれて苦しむがいいわ」
「ええ、望むところですわ!」
私はシエル様の腕に抱きつきながら、勝利の咆哮を上げた。
「経済制裁など怖くありません! シエル様の笑顔さえあれば、私は草を食べてでも、肥料になってでも生き抜いてみせますわ!」
「……リューン様。草は食べなくていいからね」
シエル様が困ったように、けれど最高に慈愛に満ちた笑顔で私を見た。
こうして、国家を揺るがす最大の危機は、一人の悪役令嬢(ガチ勢)の暴走によって、あっけなく幕を閉じたのである。
しかし、本当の「試練」は、この後に待っていた。
国王陛下が、ニヤリと笑って立ち上がったのだ。
「……よし、シエル、リューン。……これほどの愛を見せつけられたら、認めざるを得んな。……二人とも、今すぐ婚約の準備に入れ!」
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