婚約破棄!推しの第二王子を愛でるため、悪役令嬢は全力で「円満退場」

パリパリかぷちーの

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「……アニス。私、死ぬのかしら」


公爵家の自室。私は真っ白な灰になりながら、ベッドに突っ伏していた。


「いえ、死にません。お嬢様は今、人生で最高に幸せなはずですよ。国王陛下から正式にシエル殿下との婚約許可が下りたんですから」


アニスが呆れた様子で、山積みの祝いの品を整理している。


「幸せ? そんな生温い言葉で片付けないで! これは、例えるなら、宇宙の真理そのものと契約を交わしたようなものよ!」


私はガバッと起き上がり、壁一面に貼られたシエル様のポートレート(最新版)を指差した。


「いい、アニス? ファンというものは、本来『推し』から数メートルの距離を保ち、その輝きを遠くから見守ることで生態系を維持しているの。……それが、婚約? つまり、同じテーブルで食事をし、同じ屋根の下で眠り、あまつさえ……手を、繋ぐ……?」


私はその事実に耐えきれず、再び枕に顔を埋めた。


「不敬よ! 私の存在そのものが、シエル様の純粋無垢な独身生活を汚す不浄な汚物となってしまうわぁぁぁ!」


「お嬢様、落ち着いてください。殿下ご本人が『君がいい』って仰ったんですよ。殿下の意思は無視ですか?」


「殿下の意思は、私にとっての教典! 逆らえるわけがない! でも、私の心が『推しと結婚なんておこがましい』って、全否定のデモを起こしているのよ!」


私が自分の脳内会議で激しく揉めていると、部屋の扉が穏やかにノックされた。


「……リューン様。入ってもいいかな?」


(……ッ!? この、鼓膜に絹の滑らかさを与える癒しのボイス……!)


「シ、シエル様!? アニス、早く! 私の顔に『シエル様尊い』の文字が浮かんでいないか確認して!」


「浮かんでません。早く殿下をお通ししてください」


扉が開くと、そこには私たちが選んだ「オフの日用の、少しラフな貴族服」を纏ったシエル様が立っていた。


第一ボタンが一つだけ外れている。


そこから覗く鎖骨のライン。


(……死ぬ。今、私は視覚から入った情報によって、魂の致死量を摂取したわ)


「殿下……! い、いかがなさいましたか、こんな不浄な私の、ストーカールーム……いえ、淑女の部屋に」


「……ストーカールーム? ……まあいいや。……リューン様、少し話をしたいと思って」


シエル様は部屋の中央まで歩いてくると、私の祭壇(ミニ)の前に座った。


「……婚約が決まって、君は、あまり嬉しくなさそうに見えたから」


「とんでもございません! 喜びのあまり、現在私の細胞は秒速三万回転で細胞分裂を繰り返しており、実質的に私は一分前の私とは別の生物に進化しているほどですわ!」


「……相変わらず、何を言っているのか分からないけれど、嫌われていないなら良かった」


シエル様が、ふっと柔らかく微笑んだ。


そして、あろうことか、彼は私の隣に腰を下ろし、私の手をそっと包み込んだのだ。


(……触れた。推しの、あの、本を捲る指先が、私の不徳な皮膚に、ダイレクトに……!)


「……リューン様。これからは、今までみたいに『殿下』って呼ばなくていいよ。……『シエル』って、名前で呼んでほしい」


「……は、はい?」


「名前で、呼んで。……それと。……ファンとしてじゃなくて、一人の男性として、僕を見てほしいんだ」


シエル様が、真剣な銀色の瞳で私を真っ直ぐに見つめる。


その距離、わずか十センチ。


彼の甘い、陽だまりのような香りが私の肺いっぱいに広がる。


(……解釈、違い。……いや、これは解釈の『アップデート』なの? 推しが……私を、女として扱っている……?)


「……シエル、様」


「……様、はいらないよ」


「……シ、シエル……くん」


私が震える声でそう呼ぶと、シエル様は満足そうに目を細め、私の額に優しく唇を落とした。


「……ッ、ぐはぁっ!」


私は本日何度目かの、しかし過去最大級の衝撃を受け、白目を剥いてベッドに沈没した。


「リューン様!? 大丈夫かい? ……あ。……気絶、した?」


「……慣れてください、殿下。お嬢様にとって、あなたの愛情表現は物理的な攻撃魔法と変わりありませんから」


アニスの冷めた声を遠くに聞きながら、私は幸せな暗闇の中で確信した。


(……ああ。……明日からは、ファンとしての『推し活』じゃない。……婚約者としての『推し殺し(尊さで死ぬ)』の日々が始まるのね……!)


波乱に満ちたオーディションも終わり、一見平和が訪れたかのように見えた。


しかし、忘れてはいけない男がいた。


アリスティア様は、自分の弟と元婚約者が幸せそうにしている姿を、ハンカチを噛み締めながら塔の窓から見つめていた。


「……許さん。……許さんぞ、シエル! 私を差し置いて、そんなにキラキラ輝きおって!」


物語は、ついに最終盤へと突入する。
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