婚約破棄されたので、うっかり「よっしゃぁ!」と叫んでしまう。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
7 / 28

7

「……これは、革命です」

私はナプキンで口元を拭い、厳かに宣言した。

夕食の席。

目の前の皿には、パリッと焼かれた太いソーセージが鎮座している。

ナイフを入れた瞬間に溢れ出した肉汁。

そして、口の中に広がるハーブの爽やかな香りと、濃厚な肉の旨味。

「料理長、これを作ったのは貴方ね?」

「は、はい! 屋敷の裏でハンスが見つけてきた『雪解けハーブ』を、猪肉に練り込んでみました! 臭み消しになるかと思いまして……」

料理長が、期待と不安の入り混じった目で私を見ている。

昨日の今日で、彼は別人のように生き生きとしていた。

まあ、まだ少しジェラルド様の方を見ると震えているけれど。

「最高よ! 天才だわ! このハーブの清涼感が、脂っこさを完全に消している。何本でも食べられそう!」

「お、恐縮です!!」

「どうですか、旦那様?」

私が隣を見ると、ジェラルド様はすでに三本目のソーセージを平らげるところだった。

「……美味い」

「それだけ?」

「……ビールが欲しい」

「最高の褒め言葉が出ました!」

私は手を叩いた。

「これよ! これこそがヴォルグ領の起爆剤になるわ!」

私は立ち上がり、演説モードに入った。

「いいですか、皆さん。王都の貴族たちは、今『グルメブーム』の真っ只中です。しかし、彼らが食べているのは、ソースで味をごまかしただけの凡庸な料理ばかり。そこに、この野性味あふれる、かつ洗練された『ヴォルグ・ソーセージ』を投入したらどうなると思います?」

「どうなるんです?」

給仕のメイドがゴクリと唾を飲む。

「爆売れです。間違いなく」

私はニヤリと笑った。

「『北の過酷な大地が育んだ、奇跡の味』。『辺境伯家秘伝の滋養強壮食』。キャッチコピーはこれで決まりね。高値で売りつけ……いえ、提供してあげましょう!」

ジェラルド様が、呆れたようにため息をついた。

「お前、食べている時まで金の計算か」

「当然です。美味しいものを独り占めするのは罪ですが、美味しいもので儲けないのはもっと罪です」

「なんだその理屈は」

「とにかく! 善は急げです。食後は在庫確認に行きますよ!」

          ◇

夕食後、私たちは屋敷の地下にある食料庫へと向かった。

ひんやりとした石造りの倉庫には、樽や木箱が所狭しと並んでいる。

「肉の在庫は十分だな。狩猟部隊が毎日持ち帰ってくる」

ジェラルド様がランタンを掲げて言った。

「問題は、ハーブとスパイスね。ハンスさんに増産を頼むとして、既存のスパイスの在庫を確認しないと」

私は棚の方へと歩み寄った。

壁一面に作り付けられた棚には、様々な瓶や袋が詰め込まれている。

「えっと、コショウに、ナツメグ……あら? あれは何かしら?」

私の目は、棚の一番上、天井近くにある古びた木箱に釘付けになった。

ラベルには、かすれた文字で『東方スパイス』と書かれている。

「東方のスパイス!? これ、すごく貴重なものじゃなくて?」

「ああ、先代が交易で手に入れたものかもしれん。使った記憶はないが」

「もしかしたら、ソーセージの隠し味に使えるかも! 確認します!」

私は棚に手を伸ばした。

……届かない。

背伸びをした。

……全然届かない。

「くっ……! なんでこの屋敷の家具は、いちいち巨人サイズなんですか!」

私はプルプルと震えながら、必死に指先を伸ばした。

あと数センチ。

あの箱さえ取れれば、新商品開発のヒントが……!

「おい、ビスケ。無理をするな。脚立を持ってくる」

「いいえ! いけます! 私の執念を舐めないで!」

私は近くにあった木箱に足をかけた。

しかし、その木箱が古くなっていたのが運の尽き。

バキッ!

「あ」

足元が崩れた。

体が宙に浮く。

またたく間に床が迫ってきて――

「危ないっ!」

ガシッ!!

衝撃は来なかった。

代わりに、鋼鉄のように硬い腕が、私の体を空中で受け止めていた。

「……へ?」

恐る恐る目を開けると、目の前にはジェラルド様の顔があった。

近い。

まつ毛の長さまで数えられる距離だ。

彼は私を、まるで軽い荷物か猫でも抱えるかのように、脇の下に手を差し込んで抱き上げていた。

いわゆる、『高い高い』の状態である。

「無茶をするなと言っただろう」

低い声が、耳元で響く。

怒っているのかと思ったが、その瞳は心配そうに揺れていた。

「あ、ありがとうございます……」

「怪我はないか?」

「は、はい。おかげさまで」

「ならいい」

ジェラルド様は、安堵の息をついた。

しかし、私を下ろそうとはしなかった。

それどころか、ひょいっと私をさらに高く持ち上げた。

「ん? あ、あの、旦那様?」

「届かなかったのは、あれか?」

彼は私を持ち上げたまま、棚の上の方へと近づけた。

「え?」

「あの木箱だろう。取っていいぞ」

「い、いや、そういうことじゃなくて!」

私は慌てた。

私の視線の高さは、今やジェラルド様の頭頂部より上にある。

彼の太い腕が、私の腰をがっちりと支えている。

安定感は抜群だが、状況が異常だ。

「じ、ジェラルド様! 下ろしてください! 私、子供じゃありませんのよ!?」

「脚立を持ってくるのが面倒だ。このまま取ったほうが早い」

「合理的すぎます! 恥ずかしい! すごく恥ずかしいです!」

「なぜだ? お前は軽いな。ちゃんと食べているのか?」

「食べてます! さっきソーセージを5本食べました!」

私は空中でバタバタと足を動かした。

しかし、びくともしない。

この人、私の体重なんて羽毛か何かだと思っているんじゃないだろうか。

「ほら、早く取れ。腕が疲れるぞ」

「嘘おっしゃい! 全然平気そうな顔してますけど!?」

仕方なく、私は震える手で『東方スパイス』の木箱を掴んだ。

「と、取りました! 取りましたから下ろしてぇ!」

「よし」

ジェラルド様は、ゆっくりと私を床に下ろした。

足が地面についた瞬間、膝がガクッとなりそうになったが、彼が背中に手を添えて支えてくれた。

「……ふぅ。心臓が止まるかと思いました」

私は木箱を抱きしめて、荒くなった息を整えた。

見上げると、ジェラルド様は涼しい顔をしている。

「便利だろう? 高いところの物は俺に言えばいい」

「……あのですね、旦那様」

私は顔が熱いのをごまかすように、少し声を荒らげた。

「レディをあんな風に持ち上げるのは、マナー違反です! せめてお姫様抱っことか、あるでしょう!?」

「お姫様抱っこ? そうか、次はそうする」

「次がある前提!?」

ジェラルド様は、不思議そうに首を傾げた。

「嫌だったか?」

その、捨てられた子犬のような(見た目はドーベルマンだが)目で見られると、弱い。

私はうっと言葉を詰まらせた。

嫌だったかと言われれば、実はそうでもない。

彼の腕の中は、驚くほど安心感があったし、守られているという実感がすごかった。

それに、あんなに近くで顔を見たのも初めてで……。

「……べ、別に、嫌ではありませんけど」

私はそっぽを向いて言った。

「急にやられると、ときめ……いえ、驚くので、予告してくださいと言っているんです」

「予告?」

「はい。『今から持ち上げます』とか、『触ります』とか!」

ジェラルド様は真面目な顔で頷いた。

「わかった。善処する」

そして、彼は私の手の中にある木箱を指差した。

「で、それは使えそうか?」

「え? あ、はい」

私は慌てて木箱を開けた。

中には、芳醇な香りを放つ琥珀色のスパイスが入っていた。

「……すごい。これ、最高級のクミンとコリアンダーのミックスよ。これを使えば、ソーセージにカレー風味という革命を起こせます!」

「カレー風味?」

「ええ! 子供から大人まで夢中になる味です! ジェラルド様、これで勝てます! 王都の市場を制覇できますわ!」

私は興奮して、思わずジェラルド様の手を握った。

「貴方の筋肉と、このスパイスがあれば無敵です!」

「筋肉は関係ないだろう……」

ジェラルド様は苦笑したが、その耳はやっぱり少し赤かった。

「まあ、お前が嬉しそうならそれでいい」

彼が、私の頭にポンと手を置いた。

その手は大きくて、温かくて、無骨で。

私は、スパイスの香りに紛れて、自分の頬が熱くなるのを感じていた。

(……ズルいわ、この人)

無自覚にこういうことをするから、タチが悪い。

私は、この鈍感で力持ちな旦那様に、少しずつ、でも確実に惹かれ始めていることを認めざるを得なかった。

「……さあ、部屋に戻って作戦会議の続きですよ、旦那様!」

「ああ。夜は長いからな」

私たちは並んで地下室を出た。

その夜、私の夢には、なぜかソーセージを持ったジェラルド様が、私を軽々と持ち上げて空を飛ぶという、わけのわからないシーンが出てきたのだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛さないと言われた妻、侍女と出て行く

菜花
ファンタジー
お前を愛することはないと夫に言われたコレットは、その日のうちに侍女のイネスと屋敷を出て行った。カクヨム様でも投稿しています。

異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない

木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。 生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。 ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。 その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

『婚約破棄だ』と王子が告げた瞬間、王城の花が枯れ、泉が涸れ、空が曇った——令嬢に宿る精霊の加護を、誰も知らなかった

歩人
ファンタジー
公爵令嬢エレオノーラは、生まれつき大精霊の加護を宿していた。 しかし本人も、それが自分の力だとは知らなかった。 王城の庭園が四季を問わず花で溢れていたのも、泉が枯れなかったのも、 王都に災害が起きなかったのも——全てエレオノーラの存在がもたらす精霊の恩恵だった。 王子に「地味で退屈な女」と婚約破棄され、王城を去った瞬間—— 花が萎れ、泉が涸れ、空が曇り始めた。 追放されたエレオノーラが辺境の荒野に足を踏み入れると、枯れた大地に花が咲き乱れた。 そのとき初めて、彼女は自分の中にある力に気づく。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※短編です。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4800文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

『お前の針仕事など誰でもできる』——なら社交界のドレスの裏地を、めくってごらんなさい

歩人
ファンタジー
「地味な針仕事しかできない令嬢は要らない」——公爵家の嫡男にそう言い渡された伯爵令嬢ティナは、 裁縫道具だけを持って屋敷を出た。その翌週、社交界が凍りつく。王妃の夜会服も、公爵令嬢の舞踏会 ドレスも、第一王女の外交用ローブも——仕立てた職人が消えたのだ。しかもティナが十年かけて縫った 全てのドレスの裏地には、二重縫いで隠された署名が残されていて——。 辺境の小さな仕立て屋で穏やかに暮らすティナの元に、王都から使者がやってくる。

断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。 ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。 しかし、断罪劇は予想外の展開へ。