婚約破棄されたので、うっかり「よっしゃぁ!」と叫んでしまう。

パリパリかぷちーの

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「……これは、革命です」

私はナプキンで口元を拭い、厳かに宣言した。

夕食の席。

目の前の皿には、パリッと焼かれた太いソーセージが鎮座している。

ナイフを入れた瞬間に溢れ出した肉汁。

そして、口の中に広がるハーブの爽やかな香りと、濃厚な肉の旨味。

「料理長、これを作ったのは貴方ね?」

「は、はい! 屋敷の裏でハンスが見つけてきた『雪解けハーブ』を、猪肉に練り込んでみました! 臭み消しになるかと思いまして……」

料理長が、期待と不安の入り混じった目で私を見ている。

昨日の今日で、彼は別人のように生き生きとしていた。

まあ、まだ少しジェラルド様の方を見ると震えているけれど。

「最高よ! 天才だわ! このハーブの清涼感が、脂っこさを完全に消している。何本でも食べられそう!」

「お、恐縮です!!」

「どうですか、旦那様?」

私が隣を見ると、ジェラルド様はすでに三本目のソーセージを平らげるところだった。

「……美味い」

「それだけ?」

「……ビールが欲しい」

「最高の褒め言葉が出ました!」

私は手を叩いた。

「これよ! これこそがヴォルグ領の起爆剤になるわ!」

私は立ち上がり、演説モードに入った。

「いいですか、皆さん。王都の貴族たちは、今『グルメブーム』の真っ只中です。しかし、彼らが食べているのは、ソースで味をごまかしただけの凡庸な料理ばかり。そこに、この野性味あふれる、かつ洗練された『ヴォルグ・ソーセージ』を投入したらどうなると思います?」

「どうなるんです?」

給仕のメイドがゴクリと唾を飲む。

「爆売れです。間違いなく」

私はニヤリと笑った。

「『北の過酷な大地が育んだ、奇跡の味』。『辺境伯家秘伝の滋養強壮食』。キャッチコピーはこれで決まりね。高値で売りつけ……いえ、提供してあげましょう!」

ジェラルド様が、呆れたようにため息をついた。

「お前、食べている時まで金の計算か」

「当然です。美味しいものを独り占めするのは罪ですが、美味しいもので儲けないのはもっと罪です」

「なんだその理屈は」

「とにかく! 善は急げです。食後は在庫確認に行きますよ!」

          ◇

夕食後、私たちは屋敷の地下にある食料庫へと向かった。

ひんやりとした石造りの倉庫には、樽や木箱が所狭しと並んでいる。

「肉の在庫は十分だな。狩猟部隊が毎日持ち帰ってくる」

ジェラルド様がランタンを掲げて言った。

「問題は、ハーブとスパイスね。ハンスさんに増産を頼むとして、既存のスパイスの在庫を確認しないと」

私は棚の方へと歩み寄った。

壁一面に作り付けられた棚には、様々な瓶や袋が詰め込まれている。

「えっと、コショウに、ナツメグ……あら? あれは何かしら?」

私の目は、棚の一番上、天井近くにある古びた木箱に釘付けになった。

ラベルには、かすれた文字で『東方スパイス』と書かれている。

「東方のスパイス!? これ、すごく貴重なものじゃなくて?」

「ああ、先代が交易で手に入れたものかもしれん。使った記憶はないが」

「もしかしたら、ソーセージの隠し味に使えるかも! 確認します!」

私は棚に手を伸ばした。

……届かない。

背伸びをした。

……全然届かない。

「くっ……! なんでこの屋敷の家具は、いちいち巨人サイズなんですか!」

私はプルプルと震えながら、必死に指先を伸ばした。

あと数センチ。

あの箱さえ取れれば、新商品開発のヒントが……!

「おい、ビスケ。無理をするな。脚立を持ってくる」

「いいえ! いけます! 私の執念を舐めないで!」

私は近くにあった木箱に足をかけた。

しかし、その木箱が古くなっていたのが運の尽き。

バキッ!

「あ」

足元が崩れた。

体が宙に浮く。

またたく間に床が迫ってきて――

「危ないっ!」

ガシッ!!

衝撃は来なかった。

代わりに、鋼鉄のように硬い腕が、私の体を空中で受け止めていた。

「……へ?」

恐る恐る目を開けると、目の前にはジェラルド様の顔があった。

近い。

まつ毛の長さまで数えられる距離だ。

彼は私を、まるで軽い荷物か猫でも抱えるかのように、脇の下に手を差し込んで抱き上げていた。

いわゆる、『高い高い』の状態である。

「無茶をするなと言っただろう」

低い声が、耳元で響く。

怒っているのかと思ったが、その瞳は心配そうに揺れていた。

「あ、ありがとうございます……」

「怪我はないか?」

「は、はい。おかげさまで」

「ならいい」

ジェラルド様は、安堵の息をついた。

しかし、私を下ろそうとはしなかった。

それどころか、ひょいっと私をさらに高く持ち上げた。

「ん? あ、あの、旦那様?」

「届かなかったのは、あれか?」

彼は私を持ち上げたまま、棚の上の方へと近づけた。

「え?」

「あの木箱だろう。取っていいぞ」

「い、いや、そういうことじゃなくて!」

私は慌てた。

私の視線の高さは、今やジェラルド様の頭頂部より上にある。

彼の太い腕が、私の腰をがっちりと支えている。

安定感は抜群だが、状況が異常だ。

「じ、ジェラルド様! 下ろしてください! 私、子供じゃありませんのよ!?」

「脚立を持ってくるのが面倒だ。このまま取ったほうが早い」

「合理的すぎます! 恥ずかしい! すごく恥ずかしいです!」

「なぜだ? お前は軽いな。ちゃんと食べているのか?」

「食べてます! さっきソーセージを5本食べました!」

私は空中でバタバタと足を動かした。

しかし、びくともしない。

この人、私の体重なんて羽毛か何かだと思っているんじゃないだろうか。

「ほら、早く取れ。腕が疲れるぞ」

「嘘おっしゃい! 全然平気そうな顔してますけど!?」

仕方なく、私は震える手で『東方スパイス』の木箱を掴んだ。

「と、取りました! 取りましたから下ろしてぇ!」

「よし」

ジェラルド様は、ゆっくりと私を床に下ろした。

足が地面についた瞬間、膝がガクッとなりそうになったが、彼が背中に手を添えて支えてくれた。

「……ふぅ。心臓が止まるかと思いました」

私は木箱を抱きしめて、荒くなった息を整えた。

見上げると、ジェラルド様は涼しい顔をしている。

「便利だろう? 高いところの物は俺に言えばいい」

「……あのですね、旦那様」

私は顔が熱いのをごまかすように、少し声を荒らげた。

「レディをあんな風に持ち上げるのは、マナー違反です! せめてお姫様抱っことか、あるでしょう!?」

「お姫様抱っこ? そうか、次はそうする」

「次がある前提!?」

ジェラルド様は、不思議そうに首を傾げた。

「嫌だったか?」

その、捨てられた子犬のような(見た目はドーベルマンだが)目で見られると、弱い。

私はうっと言葉を詰まらせた。

嫌だったかと言われれば、実はそうでもない。

彼の腕の中は、驚くほど安心感があったし、守られているという実感がすごかった。

それに、あんなに近くで顔を見たのも初めてで……。

「……べ、別に、嫌ではありませんけど」

私はそっぽを向いて言った。

「急にやられると、ときめ……いえ、驚くので、予告してくださいと言っているんです」

「予告?」

「はい。『今から持ち上げます』とか、『触ります』とか!」

ジェラルド様は真面目な顔で頷いた。

「わかった。善処する」

そして、彼は私の手の中にある木箱を指差した。

「で、それは使えそうか?」

「え? あ、はい」

私は慌てて木箱を開けた。

中には、芳醇な香りを放つ琥珀色のスパイスが入っていた。

「……すごい。これ、最高級のクミンとコリアンダーのミックスよ。これを使えば、ソーセージにカレー風味という革命を起こせます!」

「カレー風味?」

「ええ! 子供から大人まで夢中になる味です! ジェラルド様、これで勝てます! 王都の市場を制覇できますわ!」

私は興奮して、思わずジェラルド様の手を握った。

「貴方の筋肉と、このスパイスがあれば無敵です!」

「筋肉は関係ないだろう……」

ジェラルド様は苦笑したが、その耳はやっぱり少し赤かった。

「まあ、お前が嬉しそうならそれでいい」

彼が、私の頭にポンと手を置いた。

その手は大きくて、温かくて、無骨で。

私は、スパイスの香りに紛れて、自分の頬が熱くなるのを感じていた。

(……ズルいわ、この人)

無自覚にこういうことをするから、タチが悪い。

私は、この鈍感で力持ちな旦那様に、少しずつ、でも確実に惹かれ始めていることを認めざるを得なかった。

「……さあ、部屋に戻って作戦会議の続きですよ、旦那様!」

「ああ。夜は長いからな」

私たちは並んで地下室を出た。

その夜、私の夢には、なぜかソーセージを持ったジェラルド様が、私を軽々と持ち上げて空を飛ぶという、わけのわからないシーンが出てきたのだった。
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