婚約破棄!おバカな王子と縁が切れました!

パリパリかぷちーの

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「……確認したいこと? そんなの、明日でよくありませんこと?」


私はカーテンの隙間から、恨めしげにクラウスを睨みつけた。
せっかくの「解放記念日」だというのに、どうしてこうも邪魔が入るのか。


「殿下が、お前の豹変ぶりに動揺して暴れておられる。あれは本心か、それとも高度な演技かと、一睡もせずに問い詰められそうな勢いだ」


「あの方は、相変わらずおめでたい頭をしていらっしゃること。演技なわけないでしょう? 私は、心の底から清々しておりますわ!」


私が窓越しに叫ぶと、クラウスは眉一つ動かさずに溜息を吐いた。


「……だろうな。馬車の中から聞こえてきた、あの『やったあああ』という叫び声を聞けば、演技だと思う方が無理がある」


「聞こえてましたの!? 地獄耳ですわね!」


私はガバッとカーテンを開け、馬車の窓から身を乗り出した。
この鉄仮面副団長は、昔から私の「取り繕った姿」にどこか懐疑的な視線を向けてくる男だった。


「とにかく、もう私は公爵令嬢としての仮面を脱ぎ捨てましたの。殿下には『ミカは今、ショックのあまり寝込んでいて誰とも話したくないと言っている』とでも伝えておいてください。嘘ではありませんわ、明日から数ヶ月は寝込む予定ですから」


「寝込むのではなく、ただ寝たいだけだろう。……分かった、今夜は引こう。だが、王家との正式な契約解消には書類の手続きが必要だ。逃げられると思うなよ」


クラウスはそれだけ言うと、漆黒の馬を翻して去っていった。
嵐のような男だ。
私は再び背もたれに体を預け、大きく息を吐き出した。


「セバス、出して。今度こそ、私の楽園へ!」


屋敷に到着すると、私は出迎えた使用人たちの心配そうな声を無視して、父であるガーネット公爵の書斎へ突撃した。


「お父様! 朗報ですわ! あのおバカ……ウィルフレッド殿下から婚約破棄をいただきました!」


書斎で書類を検分していた父は、眼鏡をずらして私を見た。
そして、ゆっくりと口を開く。


「……そうか。ようやくか」


「あら、驚かないのですか?」


「驚くものか。あのような無能な王子に、我が愛娘を一生縛り付けるのは忍びないと思っていたところだ。むしろ、向こうから言い出してくれて手間が省けた。よくやった、ミカ」


父は満足げに頷き、机の引き出しから高級な葉巻を取り出した。
どうやらガーネット家は、血筋からしてあの王子を評価していなかったらしい。


「つきましては、お父様。私は今回の件で『心に深い傷を負った』ことにして、しばらく自室に引き籠もらせていただきますわ。食事も部屋に運ばせてください。誰の面会も受け付けません。いいですね?」


「傷を負った? お前、今にも踊り出しそうな顔をしているが」


「演技ですわ。世間体というやつです」


「ふむ……。よかろう。好きにするがいい。お前の十年の苦労は、父も認めている」


交渉成立だ。
私は父の書斎を飛び出し、階段を駆け上がって自分の部屋へと滑り込んだ。


「さあ……脱ぐわよ! この忌々しいコルセットとドレスを!」


侍女の静止を振り切り、私は宝石を散りばめたドレスを床に放り投げた。
そして、タンスの奥底に隠していた「禁断の品」を取り出す。


それは、以前にお忍びで城下町へ行った際、あまりの楽そうな見た目に一目惚れして購入した、伸縮性抜群の特大パジャマだ。
生地はくたびれているが、肌触りは最高。
上下セットで、お腹周りも締め付けない。


「ふふ……ふふふふ。これよ、これ! この解放感こそが、私の求めていたものだわ!」


髪を振り乱し、私は寝台にダイブした。
天蓋付きの高級ベッドが、私の「干物化」を優しく受け入れてくれる。


「喉が渇いたわね。セバス、お部屋に冷えた炭酸水と、あと厨房にある一番高カロリーなおやつを持ってきて!」


扉の外で侍女たちが「お嬢様が壊れた……」「やはりショックが大きかったのね……」と囁き合っているのが聞こえるが、気にしない。
彼女たちの勘違いは、私の引き籠もり生活をより強固なものにしてくれるスパイスに過ぎないのだ。


数分後、山盛りのクッキーと炭酸水が運ばれてきた。
私はパジャマの袖を捲り上げ、行儀悪く足を組んでクッキーを口に放り込む。


「んん~っ! 背徳の味! 夜中に食べる砂糖とバターの塊、最高だわ!」


ボリボリと音を立てて食べ、シュワシュワの炭酸水で流し込む。
王宮の晩餐会では一口ごとに口元を拭わなければならなかったが、今は手の甲で拭っても誰にも文句は言われない。


「これでもう、ダンスのステップを間違えて王子の足を踏まないように冷や汗をかくこともない。王子の自慢話を三時間聞き続けて死んだような目で微笑む必要もない……。幸せすぎて、涙が出てきそうだわ」


私はベッドの上でゴロゴロと転がり、そのまま深い眠りに落ちようとした。
……その時だった。


カツン、と。
窓の外のベランダから、硬い音が響いた。


「……え? ここ三階よ?」


泥棒かしら、と私は警戒して身を起こした。
しかし、カーテンを開けるよりも早く、窓が外から叩かれる。


「ミカ。忘れ物を届けに来た。……それと、この書類にサインが必要だ」


聞き覚えのある、低くて冷徹な声。
私は凍りついた。
その声は間違いなく、先ほど別れたはずのクラウスのものだった。


「なっ、何でここに……! 正門から入りなさいよ!」


「お前の父上が『娘は絶望の淵にいて部屋の鍵を閉めている。どうしても会いたいなら勝手に入れ』と言ったのだ。……開けろ」


「嫌よ! 絶対開けないわ!」


私は必死にパジャマの裾を隠し、シーツを頭から被った。
だが、無情にも窓の鍵は魔法か何かであっさりと解錠され、夜風と共に鉄仮面が室内に侵入してきた。


「失礼する。……ミカ、貴様、その姿は一体……」


月明かりの下、クラウスが目にしたのは。
乱れた髪、色気も何もないヨレヨレのパジャマ、そして口元についたクッキーの粉。
「悲劇の令嬢」の欠片もない、完璧な「干物」の姿だった。


「見……見たわね……?」


私はシーツを握りしめ、震える声で言った。
クラウスは絶句したまま、私の顔と、ベッドの上に散らばったクッキーの残骸を交互に見ている。


「……ガーネット公爵令嬢。お前、本当にショックを受けているのか?」


「受けてますわよ! 今の私を見られたショックで、立ち直れそうにありませんわ!」


私の絶叫が、夜の静寂を切り裂いた。
自由への切符を手に入れたはずの初日の夜に、私は人生最大の危機を迎えていたのである。
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