婚約破棄!おバカな王子と縁が切れました!

パリパリかぷちーの

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眩しい太陽の光が、カーテンの隙間から差し込んでくる。
いつもなら、この光は私にとって「地獄の門限」のようなものだった。


「お嬢様、朝でございます。お起きくださいませ」


聞き慣れた侍女・メアリの声。
普段ならこの声を聞いた瞬間、私はバネのように跳ね起き、一分一秒を争うように身支度を整えていた。
王妃教育という名の拷問スケジュールをこなすために。


けれど、今の私は違う。
私は布団の中で芋虫のように丸まり、さらに深く潜り込んだ。


「……あと、五時間……」


「五時間!? お嬢様、何を仰っているのですか。本日は王立図書館での調べ物と、午後は公爵夫人との茶会が……あ。……失礼いたしました」


メアリの声が、ふと途切れる。
そう、昨夜の婚約破棄だ。
彼女も思い出したのだろう。私の「輝かしい未来」が消滅したことを。


「……申し訳ございません。お辛いところを、無理に起こそうとしてしまいましたわね」


「そう、辛いの。とっても辛いのよメアリ。だからお昼まで……いえ、夕方までそっとしておいて……」


私は布団の中から、精一杯の「弱々しい声」を絞り出した。
これこそが、私が編み出した究極の処世術だ。
悲劇のヒロインを演じている限り、誰も私に労働を強いることはできない。


「分かりました。朝食は……どうされますか? やはり、お食欲はございませんか?」


(……食べたい! 焼きたてのパンに、厚切りのベーコン、たっぷりバターを塗ったスコーンも!)


本能が叫ぶが、私は堪えた。
ここでガツガツ食べてしまっては、心の傷が浅いと思われてしまう。


「……温かいココアと……あと、マフィンを二、三個。それだけでいいわ……」


「左様でございますか。……それでは、すぐに用意させますね。おいたわしいお嬢様……」


メアリが鼻をすすりながら部屋を出ていく。
扉が閉まった音を確認し、私はガバッと布団を跳ね除けた。


「……ふふ、ふふふふ! チョロいわね!」


私はベッドの上で狂喜のダンスを踊った。
これだ。これこそが、私が夢にまで見た「義務のない朝」だ。


パジャマのまま、私は部屋の隅にあるソファへ移動した。
公爵令嬢の部屋にあるまじき、だらしない姿勢で脚を投げ出す。
数分後、メアリが運んできたマフィンとココアを、私は「消え入りそうな表情」で受け取った。


「お嬢様、何かご本でもお持ちしましょうか? お心が紛れるような……」


「いいえ、メアリ。私は今、静寂が必要なの。暗闇の中で、自分の心と向き合いたいのよ」


「……左様でございますか。では、カーテンを閉めておきましょうね」


部屋は真っ暗になり、私は一人になった。
暗闇の中、私はマフィンを豪快に一口で頬張った。


「んんっ! 最高! このバターの背徳感! 暗闇で食べるおやつって、どうしてこんなに美味しいのかしら!」


一気にマフィンを完食し、ココアを飲み干す。
満腹になった私は、再びベッドに潜り込んだ。
予定はない。義務もない。王子もいない。
幸せすぎて、逆に不安になるレベルだ。


そのまま二度寝を楽しんでいた私の耳に、カタン、という不穏な音が届いた。
昨夜と同じ。三階の窓を叩く音。


「……嘘でしょ? あいつ、本当に来たの?」


私は這うようにして窓際へ向かい、カーテンを少しだけ開けた。
そこには、当然のような顔をしてベランダに立つクラウスがいた。


「……開けろ、ミカ。監視の時間だ」


「早すぎますわよ! まだ午前中じゃない!」


私は窓を細く開けて、小声で怒鳴った。
クラウスは私の顔を見るなり、あからさまに眉をひそめた。


「……酷い顔だな。本当にお菓子を食べて寝ていただけか?」


「失礼ね! これは『休息』という名の神聖な儀式ですわ!」


「儀式にしては、お前の頬にマフィンのカスがついている。……お前、さては寝起きで何も洗っていないな?」


「ギクッ」


私は思わず頬を隠した。
クラウスは溜息を吐きながら、隙間から器用に部屋の中へ侵入してきた。


「……暗いな。病んでいるふりをするのもいいが、度を越せば本当に体を壊すぞ」


「いいんですのよ、これくらい。今までが働きすぎだったんですから。それより、あなたはお仕事じゃないの?」


「非番だ。……と言いたいところだが、お前の様子を報告するのも私の『仕事』に含まれている。殿下が、お前が死んでいないか妙に気に病んでいてな」


私は鼻で笑った。


「死にませんわよ。むしろ寿命が延びた気がしますわ。殿下には『毎日、涙で枕を濡らし、一欠片のパンも喉を通らないようです』とでも言っておいてくださいな」


「……この食べかすだらけのベッドを見て、そんな報告ができると思うか?」


クラウスは私のベッドサイドにある空の皿を見て、呆れたように首を振った。
そして、彼は意外な行動に出た。
脱ぎ捨ててあった私のドレスを拾い上げ、丁寧に椅子に掛けたのだ。


「……何ですの? 掃除でもしてくださるの?」


「……お前があまりにも無様だから、つい手が動いただけだ」


クラウスの耳が、少しだけ赤くなっている。
私はそれを見て、意地悪な笑みを浮かべた。


「あら、もしかしてクラウス様。私のこんな姿に、ドキドキしていらっしゃるとか?」


「……馬鹿なことを言うな。私は、不潔なものが嫌いなだけだ」


「じゃあ、このパジャマ姿も嫌い?」


私はわざとらしく、彼の前でくるりと一周回ってみせた。
ヨレヨレで、所々に食べこぼしのシミがある(最悪な)パジャマ。


クラウスは視線を逸らし、低い声で言った。


「……嫌いではない。だが、外では絶対に見せるな。いいな」


「言われなくても見せませんわよ! これは私とあなたの、秘密なんですものね?」


私が顔を近づけて覗き込むと、彼は露骨に後ずさりした。
無敵の騎士様をからかうのは、王子を相手にするより数倍楽しい。


だが、楽しい時間は長くは続かなかった。


「お嬢様、お着替えをお持ちいたしま……」


メアリの声が、扉の外から聞こえた。
私は凍りついた。


「……まずいわ。隠れて! クラウス!」


「どこにだ?」


「ベッドの下よ!」


私はクラウスの背中を全力で押し、無理やりベッドの下へと蹴り込んだ。
ガタンという鈍い音がしたが、構っていられない。


「はーい! メアリ、今あけるわね!」


私は必死に表情を作り、再び「悲劇の令嬢」の仮面を被った。
自由な生活を守るための戦いは、想像以上にハードなものになりそうだった。
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