婚約破棄!おバカな王子と縁が切れました!

パリパリかぷちーの

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ギィ、と重厚な音を立てて扉が開いた。
私は心臓の鼓動を抑え、ベッドの端に腰掛けて、なるべく「儚げな令嬢」を演出する。


「お嬢様、お着替えをお持ちいたしました。……あら?」


メアリが部屋に入るなり、不審そうに首を傾げた。
私は冷や汗が背中を伝うのを感じながら、精一杯の微笑みを浮かべる。


「ど、どうしたの、メアリ? そんなにキョロキョロして」


「いえ……。なんだか、お部屋の空気が少し外の匂いがするというか。それに、先ほどガタンという大きな音が聞こえたような気がしたのですが……」


メアリの視線が、私の足元――つまり、クラウスが潜んでいるベッドの下へと向く。
私は反射的に、自分の足をバタつかせて視線を逸らそうとした。


「あ、ああ! それはきっと、私の心の壁が崩壊した音よ! 今の私は、ちょっとした物音にも敏感になってしまっているの。ねえ、それより今日のお着替えはどれかしら?」


「お嬢様……。心の壁、でございますか」


メアリは同情の混じった、それでいて「こいつ何を言っているんだ」という困惑の表情を浮かべた。
だが、彼女の追及は終わらない。
彼女はトコトコと歩み寄り、開いたままの窓に手をかけた。


「窓も開いておりますわ。不用心です。……それに、床に泥が少し……」


(マズいわ! クラウスのブーツの泥だわ!)


私は咄嗟にベッドから飛び降り、自分の体でその泥を隠すように踏みつけた。
パジャマの裾が泥で汚れるが、騎士が隠れていることがバレるよりはマシだ。


「そ、それも私の仕業よ! あまりに心が荒みすぎて、土をいじりたくなってしまったの! 花瓶の土を少し、ね!」


「花瓶、ですか……。お嬢様、やはりお医者様を呼んだ方がよろしいのでは?」


「大丈夫よ! 寝れば治るわ! だからメアリ、着替えはそこに置いて、もう行ってちょうだい!」


私はメアリの背中を強引に押し始めた。
早く出て行ってくれないと、ベッドの下のクラウスが酸欠で死ぬか、あるいは私の足に噛み付いてくるかもしれない。


「お、お嬢様! 押さないでください! ……あ、あの、ベッドの下に何か落ちて……」


メアリが屈もうとした瞬間、私は彼女の首に腕を回して抱きついた。


「メアリ! 寂しいの! 行かないで! ……でもやっぱり一人にさせて!」


「支離滅裂でございますわ、お嬢様!」


なんとかメアリを部屋の外へ押し出し、鍵をかけることに成功した。
私はその場にへなへなと崩れ落ち、荒い息をつく。


「……行っちゃった。死ぬかと思ったわ……」


「……死ぬかと思ったのは私の方だ」


低い、地を這うような声と共に、ベッドの下から銀髪の頭が這い出してきた。
クラウスは埃まみれになりながらも、その鋭い眼光だけは失っていなかった。


「お前、私の背中をあんなに強く蹴るとは何事だ。騎士への侮辱罪で捕らえるぞ」


「緊急事態だったんですもの、仕方ないでしょう! それより、あなたこそ何でそんなに泥をつけているんですのよ! 私のパジャマが台無しだわ!」


「元から台無しのような格好だろう」


クラウスは立ち上がり、甲冑の埃を手で払った。
その動作一つ一つが絵になるのが腹立たしい。


「……ふん。まあ、あててみましょうか。本当は、私を心配して来てくださったのでしょう?」


私が少し意地悪く微笑むと、クラウスは露骨に視線を逸らした。
そして、彼は懐から小さな包みを取り出し、乱暴に私へと投げた。


「……これは何ですの?」


「……王宮の料理長が、試作品だと言って持たせてくれた。お前のような食い意地の張った女なら、毒味くらいにはなるだろうと思ってな」


包みを開けると、中には見たこともないほど繊細に作られたマカロンが入っていた。
ふんわりと甘い香りが広がり、私の「干物魂」が激しく揺さぶられる。


「マカロン! しかもこれ、限定の高級品じゃない! ……毒味なんて嘘ね。さては私への差し入れですわね?」


「……勘違いするな。お前が餓死して、私の監視任務に支障が出ると困るからだ」


「素直じゃありませんわねぇ。でも、いただきますわ!」


私は早速マカロンを口に運んだ。
サクッとした食感の後に、とろけるようなクリームの甘みが広がる。
婚約破棄されてからの数日間で、間違いなく一番幸せな瞬間だった。


「美味しい……。幸せすぎて、もうこのまま永眠してもいいくらいだわ」


「寝るな。これからの予定を立てるぞ」


クラウスは私の幸せな時間を遮るように、無情な言葉を放った。


「予定? そんなの、お昼寝と、おやつと、またお昼寝に決まっていますわ」


「……違う。来週、王城でお前の『婚約破棄の正式受理』に伴う、事務的な面談がある。お前はそこで『深く傷ついているが、冷静に現実を受け止めている高潔な令嬢』として振る舞わねばならない」


私はマカロンを飲み込み、嫌な予感に身を震わせた。


「……城に行くんですの? あのナルシスト王子の顔を見に?」


「そうだ。殿下も同席する。ルル嬢もな。そこでお前が少しでも『だらしない本性』を見せれば、この合意書は白紙だ」


私は手に持ったマカロンを握りしめた。
自由を守るための最大の試練が、すぐそこまで迫っていた。


「……やってやりますわよ。完璧な演技で、王子を後悔のどん底に突き落としてやりますわ!」


「その意気だ。……だが、その前にそのマカロンの粉を拭け。台無しだ」


クラウスは再び私の頬を指先で拭い、少しだけ微笑んだような気がした。
それが、私への憐れみなのか、それとも別の何かなのか。
考える間もなく、彼は再び窓から夜の闇へと消えていった。
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