婚約破棄!おバカな王子と縁が切れました!

パリパリかぷちーの

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王城での面談当日。
私の部屋は、朝から戦場のような騒ぎになっていた。


「お嬢様! もう少しお顔を上げてくださいませ! そんなに俯いてばかりでは、お化粧がうまく乗りませんわ!」


メアリが半泣きになりながら、私の顔にパフを叩きつける。
私はわざとらしく視線を泳がせ、力なく首を振ってみせた。


「……いいのよ、メアリ。今の私には、着飾る資格なんてありませんもの。鏡を見るのも辛いわ……」


「お嬢様……! そんなことを仰らないでください! 今日こそ、あの浮気者の王子に見せつけてやるのです。お嬢様がいかに美しく、そして深く傷ついているかを!」


(ふふふ、計画通りだわ)


私は内心で舌を出した。
鏡の中の私は、メアリの献身的な(?)メイク術によって、見事なまでの「悲劇のヒロイン」へと変貌を遂げている。


頬の赤みを抑えて血色を悪く見せ、目の下には微かな影を忍ばせる。
唇は敢えて色を落とし、今にも震え出しそうな儚さを演出。
ドレスも、以前の私が好んでいた華美なものではなく、敢えて装飾を削ぎ落とした、慎ましやかな淡いグレーを選んだ。


「……完璧ですわ。誰が見ても、『婚約破棄されてから三日三晩泣き明かし、一睡もしていない可哀想な令嬢』にしか見えませんわね」


「お嬢様、今、何か仰いましたか?」


「いいえ。……準備はできたわ、メアリ。行きましょう。私の最後の務めを果たしに」


私は重い足取りを装い、屋敷の玄関へと向かった。
そこには、公爵家の紋章が入った馬車と――そして、なぜか護衛として馬に跨ったクラウスが待っていた。


「……クラウス様。本日のエスコート、痛み入りますわ」


私は車内に入る直前、彼に向けて深いカーテシーを捧げた。
クラウスは私を一瞥し、兜の下で微かに口角を上げた……ような気がした。


「……随分と、不健康そうな顔になったな」


「最高の褒め言葉ですわ、副団長様。今日の私は、歩く絶望ですの」


すれ違いざまに囁くと、クラウスは小声で「演技を忘れるなよ」と釘を刺してきた。


馬車が王城へ向けて走り出す。
私はふかふかの座席に体を預け、これから始まる「最終決戦」のシミュレーションを始めた。


(まず、王子の顔を見ても絶対に笑わないこと。ルル嬢の嫌味には、反論せずに黙って涙を浮かべること。そして何より、お腹が鳴らないように気をつけなきゃ……!)


今朝は役作りのためにマフィンを一つ我慢したのだ。
そのせいで、私の「干物魂」が少しだけ空腹を訴えている。


王城の面談室の前に着くと、重厚な扉が左右に開かれた。
室内には、既にウィルフレッド王子と、彼に寄り添うルルが座っていた。


「ミカ・フォン・ガーネット公爵令嬢。入室を許可する」


王子の声は、どこか威圧的で、それでいて私を憐れむような響きが含まれていた。
私は視線を床に落としたまま、ゆっくりと室内へ進む。
背後で、クラウスが騎士として壁際に控えるのが気配で分かった。


「……殿下。お招きに預かり、光栄に存じます」


私の声は、狙い通りに細く、震えていた。


「ふん。……顔を上げろ、ミカ。お前の罪を改めて確認し、今回の婚約解消に合意するための場だ。いつまでも湿気た面をするな」


王子の傲慢な物言いに、ルルがクスクスと笑い声を漏らす。


「殿下、あまり苛めて差し上げないでくださいませ。ミカ様は、あまりのショックに、お化粧も喉を通らないほどやつれてしまわれたようですから」


(……お化粧は喉を通るものではありませんわよ、このおバカさん)


私は毒づきたい気持ちを必死で抑え、代わりに目元に力を込めて、じわりと涙を浮かび上がらせた。
これは、以前ダンスの練習中に足を踏まれて痛かった時の記憶を呼び覚ました特技だ。


「……ルル様。貴女がお幸せそうで、何よりです。私は……私は、殿下の御心が他にあると知り、身を引く覚悟を決めましたの。ですから、罪だなんて……そんな、酷い……」


私はハンカチで顔を覆い、肩を小刻みに震わせた。
完璧だ。
これ以上の「被害者」は、この国中のどこを探してもいないだろう。


「……ミカ。お前……」


王子の声が、少しだけ揺れた。
どうやら、私の「やつれ具合」が想像以上だったことに、少なからず良心の呵責を感じ始めたらしい。


よし、追い込みをかけるわよ。


「……殿下との十年間は、私のすべてでした。けれど、それが殿下を苦しめていたというのなら……私は、喜んで身を引きます。たとえ、この後の人生が、暗闇に閉ざされたとしても……」


「暗闇に閉ざされる!? そんな大袈裟な!」


「いいえ。私は、修道院に入る覚悟もできておりますわ」


(嘘だけど。本当は実家のベッドでゴロゴロしたいだけだけど!)


私が最後の一押しとばかりに「修道院」というワードを出した瞬間、会場の空気が一変した。
王家に対する非難の目、そして私に対する過剰な同情。


その時。


「……お待ちください」


それまで黙って控えていたクラウスが、静かに一歩前へ出た。
彼の瞳は、私を射抜くように鋭く光っていた。


「ミカ様。その『覚悟』……私が、改めて確認させていただいてもよろしいでしょうか?」


(……えっ? 何よ、クラウス。ここで余計なこと言わないでよ!)


私はハンカチの隙間から、彼を必死に睨みつけた。
しかし、クラウスの唇は、邪悪な笑みを形作っていた。
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