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王城での「悲劇のヒロイン」大作戦から一夜明け。
私は宣言通り、ガーネット公爵家の自室で、全力の「干物」へと戻っていた。
「ふふ……ふふふふ。勝ったわ。私の完全勝利よ」
私は天蓋付きベッドの上で、大の字になって天井を仰いだ。
王家公認の監視役がついたことで、お父様も「そうか、クラウス殿が守ってくれるなら安心だ」と、私の引き籠もりを全面的にバックアップしてくれている。
もう、誰に遠慮することもない。
私は枕元に置いたポテトチップス(特製スパイス味)の袋に手を伸ばした。
「……お嬢様。その、何と言いますか。もう少し、令嬢としての矜持をお持ちいただけませんか?」
部屋の隅で、侍女のメアリが絶望的な表情で私を見ている。
彼女は今、私の脱ぎ散らかしたドレスや、床に散らばった恋愛小説の山を片付けようとして、あまりの物量に呆然と立ち尽くしていた。
「矜持なんて、あのアホ王子と一緒に捨ててきましたわ。メアリ、そんなことより、そこの炭酸水を取ってちょうだい」
「……お嬢様。これ以上、私に虚しい仕事をさせないでくださいまし……」
メアリが涙ぐんだ、その時だった。
コンコン、と小気味よい音が響いたかと思うと、返事も待たずに扉が開かれた。
「失礼する。本日の監視業務を開始する」
「……ゲッ。クラウス様!?」
私は慌ててポテトチップスの袋を布団の中に隠したが、時すでに遅し。
部屋に踏み込んできたクラウスは、一歩歩くごとに眉間の皺を深くしていった。
「……これは。……賊の侵入でも受けたのか?」
「失礼ね! 私の思考の整理がついた結果、こうなっているだけですわ!」
「床に転がっているこれは、思考の残骸か?」
クラウスは、脱ぎっぱなしの靴下を剣の鞘で器用に拾い上げ、私に突きつけた。
私は反射的に目を逸らす。
「……メアリ。お前は一度、下がっていろ。……ここは、私が『管理』する」
「えっ? でも、クラウス様。お嬢様のお部屋のお掃除を、騎士様にお願いするなんて……」
「いい。これは教育の一環だ。……行け」
クラウスの威圧感に押され、メアリは「申し訳ございません……!」と叫んで逃げ出していった。
部屋には、だらしない格好の私と、王国一規律に厳しい騎士が二人きり。
「……さて。ミカ、貴様。……座れ」
「えっ、もう座ってますわよ。ベッドの上に」
「背筋を伸ばして正座しろ、と言っているんだ!」
クラウスの怒声に、私はビクッと体を震わせて、ベッドの上で正座した。
パジャマ姿で正座。非常にシュールな光景だ。
「いいか。私はお前の『監視役』を引き受けた。それは、お前を甘やかすためではない。……あまりにも乱れた生活は、精神の腐敗を招く。……まずは、この部屋の惨状を何とかするぞ」
「嫌ですわ! どこに何があるか分かっているんですもの! この本の山は、私の結界なんです!」
「結界だと? ただのゴミの山だ。……動くな」
クラウスは腕を捲り上げると、信じられないことに、自ら床の片付けを始めた。
騎士団の副団長が、公爵令嬢の部屋で本を整理し、ドレスを畳んでいる。
「……あ、あの。クラウス様? それ、私がやりますから……」
「黙って見ていろ。お前に任せると、また隙を見て寝るだろう」
「……正解ですわ。でも、あなたにそんなことをさせるなんて、流石の私も心が痛みますわ……」
「……ふん。お前に心なんてあったのか」
クラウスは皮肉を言いながらも、驚くべき手際の良さで部屋を綺麗にしていく。
戦場での野営で鍛えられたのか、彼の片付けは合理的で無駄がない。
三十分も経つ頃には、あんなに散らかっていた部屋が見違えるほど整頓されていた。
「……できたな。……これなら、人が住む場所として認められる」
「……うぅ。私の結界が、無残に破壊されてしまった……」
私はベッドの上で膝を抱えて丸まった。
綺麗になった部屋は、なんだか落ち着かない。
「……ミカ。不服か?」
クラウスが、私の顔を覗き込んできた。
その距離が妙に近くて、私は思わず後ずさりする。
「……別に。……ただ、あなたがこんなに甲斐甲斐しく世話を焼くなんて、意外だっただけですわ」
「……勘違いするな。私は、汚いものが嫌いなだけだ」
クラウスは再び耳を赤くして、そっぽを向いた。
そして、彼は自分の上着のポケットから、小さな紙包みを取り出した。
「……掃除のついでだ。……これをやる」
「えっ? 何かしら」
包みを開けると、中には香ばしい匂いのする焼き菓子が入っていた。
王都で一番人気の、予約が取れない店のクッキーだ。
「……これ、私の大好物ですわ! どうしてこれを……?」
「……監視役として、お前の嗜好を調査した結果だ。……掃除のご褒美だ。食え」
「お掃除したのは、あなたですけれどね?」
私はクスクスと笑いながら、クッキーを一口かじった。
サクサクとした食感と、濃厚なバターの香り。
「……美味しい。……ねえ、クラウス様。あなた、本当はとっても優しい人でしょう?」
「……黙れ。……私は、お前を甘やかしているのではない。……お前が、あまりにも……」
クラウスは言葉を濁すと、逃げるように窓へと向かった。
「……今日はこれで失礼する。……明日は、そのパジャマを洗濯しておけ。いいな」
「……はーい。……また明日ね、クラウス様」
窓から飛び出していく彼の背中を見送りながら、私はクッキーをもう一口食べた。
自由な生活。けれど、そこには思わぬ「お邪魔虫」が、心地よいリズムを刻み始めていた。
私は宣言通り、ガーネット公爵家の自室で、全力の「干物」へと戻っていた。
「ふふ……ふふふふ。勝ったわ。私の完全勝利よ」
私は天蓋付きベッドの上で、大の字になって天井を仰いだ。
王家公認の監視役がついたことで、お父様も「そうか、クラウス殿が守ってくれるなら安心だ」と、私の引き籠もりを全面的にバックアップしてくれている。
もう、誰に遠慮することもない。
私は枕元に置いたポテトチップス(特製スパイス味)の袋に手を伸ばした。
「……お嬢様。その、何と言いますか。もう少し、令嬢としての矜持をお持ちいただけませんか?」
部屋の隅で、侍女のメアリが絶望的な表情で私を見ている。
彼女は今、私の脱ぎ散らかしたドレスや、床に散らばった恋愛小説の山を片付けようとして、あまりの物量に呆然と立ち尽くしていた。
「矜持なんて、あのアホ王子と一緒に捨ててきましたわ。メアリ、そんなことより、そこの炭酸水を取ってちょうだい」
「……お嬢様。これ以上、私に虚しい仕事をさせないでくださいまし……」
メアリが涙ぐんだ、その時だった。
コンコン、と小気味よい音が響いたかと思うと、返事も待たずに扉が開かれた。
「失礼する。本日の監視業務を開始する」
「……ゲッ。クラウス様!?」
私は慌ててポテトチップスの袋を布団の中に隠したが、時すでに遅し。
部屋に踏み込んできたクラウスは、一歩歩くごとに眉間の皺を深くしていった。
「……これは。……賊の侵入でも受けたのか?」
「失礼ね! 私の思考の整理がついた結果、こうなっているだけですわ!」
「床に転がっているこれは、思考の残骸か?」
クラウスは、脱ぎっぱなしの靴下を剣の鞘で器用に拾い上げ、私に突きつけた。
私は反射的に目を逸らす。
「……メアリ。お前は一度、下がっていろ。……ここは、私が『管理』する」
「えっ? でも、クラウス様。お嬢様のお部屋のお掃除を、騎士様にお願いするなんて……」
「いい。これは教育の一環だ。……行け」
クラウスの威圧感に押され、メアリは「申し訳ございません……!」と叫んで逃げ出していった。
部屋には、だらしない格好の私と、王国一規律に厳しい騎士が二人きり。
「……さて。ミカ、貴様。……座れ」
「えっ、もう座ってますわよ。ベッドの上に」
「背筋を伸ばして正座しろ、と言っているんだ!」
クラウスの怒声に、私はビクッと体を震わせて、ベッドの上で正座した。
パジャマ姿で正座。非常にシュールな光景だ。
「いいか。私はお前の『監視役』を引き受けた。それは、お前を甘やかすためではない。……あまりにも乱れた生活は、精神の腐敗を招く。……まずは、この部屋の惨状を何とかするぞ」
「嫌ですわ! どこに何があるか分かっているんですもの! この本の山は、私の結界なんです!」
「結界だと? ただのゴミの山だ。……動くな」
クラウスは腕を捲り上げると、信じられないことに、自ら床の片付けを始めた。
騎士団の副団長が、公爵令嬢の部屋で本を整理し、ドレスを畳んでいる。
「……あ、あの。クラウス様? それ、私がやりますから……」
「黙って見ていろ。お前に任せると、また隙を見て寝るだろう」
「……正解ですわ。でも、あなたにそんなことをさせるなんて、流石の私も心が痛みますわ……」
「……ふん。お前に心なんてあったのか」
クラウスは皮肉を言いながらも、驚くべき手際の良さで部屋を綺麗にしていく。
戦場での野営で鍛えられたのか、彼の片付けは合理的で無駄がない。
三十分も経つ頃には、あんなに散らかっていた部屋が見違えるほど整頓されていた。
「……できたな。……これなら、人が住む場所として認められる」
「……うぅ。私の結界が、無残に破壊されてしまった……」
私はベッドの上で膝を抱えて丸まった。
綺麗になった部屋は、なんだか落ち着かない。
「……ミカ。不服か?」
クラウスが、私の顔を覗き込んできた。
その距離が妙に近くて、私は思わず後ずさりする。
「……別に。……ただ、あなたがこんなに甲斐甲斐しく世話を焼くなんて、意外だっただけですわ」
「……勘違いするな。私は、汚いものが嫌いなだけだ」
クラウスは再び耳を赤くして、そっぽを向いた。
そして、彼は自分の上着のポケットから、小さな紙包みを取り出した。
「……掃除のついでだ。……これをやる」
「えっ? 何かしら」
包みを開けると、中には香ばしい匂いのする焼き菓子が入っていた。
王都で一番人気の、予約が取れない店のクッキーだ。
「……これ、私の大好物ですわ! どうしてこれを……?」
「……監視役として、お前の嗜好を調査した結果だ。……掃除のご褒美だ。食え」
「お掃除したのは、あなたですけれどね?」
私はクスクスと笑いながら、クッキーを一口かじった。
サクサクとした食感と、濃厚なバターの香り。
「……美味しい。……ねえ、クラウス様。あなた、本当はとっても優しい人でしょう?」
「……黙れ。……私は、お前を甘やかしているのではない。……お前が、あまりにも……」
クラウスは言葉を濁すと、逃げるように窓へと向かった。
「……今日はこれで失礼する。……明日は、そのパジャマを洗濯しておけ。いいな」
「……はーい。……また明日ね、クラウス様」
窓から飛び出していく彼の背中を見送りながら、私はクッキーをもう一口食べた。
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