婚約破棄!おバカな王子と縁が切れました!

パリパリかぷちーの

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クラウスが窓から去った後、私は彼が置いていった高級クッキーを最後の一枚まで平らげた。
綺麗になった部屋。美味しいお菓子。
そして何より、誰も私に「王妃としての品位」を求めないこの空気。


「……最高だわ。これこそが人間の生きるべき姿よ」


私は再びベッドにダイブし、ゴロゴロと三回転ほど転がった。
だが、そんな私の至福の時間を引き裂くように、扉の外からメアリの焦った声が響いた。


「お、お嬢様! 大変でございます! お客様が……お客様が強行突破して参られました!」


「お客様? お父様なら『娘は死んでいる』と伝えておきなさいって言ったでしょう?」


「それが……『お亡くなりになっているなら、せめて死に顔を拝ませて』と仰って、聞き入れてくださらないのです!」


なんという縁起でもない言い草かしら。
私が呆れて起き上がった瞬間、扉がバァン! と景気よく開け放たれた。


「ミカ様ぁ! ご気分はいかがかしら!? 心配で、心配で、夜も八時間しか眠れませんでしたわ!」


ピンク色のフリルをこれでもかと重ねたドレスを揺らし、部屋に飛び込んできたのはルル嬢だった。
彼女は私の枕元まで駆け寄ると、ハンカチを顔に当てて「ううっ」と嘘くさい泣き真似を始めた。


(……出たわね、ビジネス聖女)


私は瞬時に「悲劇のヒロイン・モード」へと切り替えた。
瞳を潤ませ、力なくシーツを握りしめる。


「……ルル様。わざわざお越しいただいたのですか。……ご覧の通り、私はもう、立ち上がる気力もございませんの……」


「まあ! なんておいたわしい……。あんなに完璧だったミカ様が、こんなに……あ、あら? なんだかお部屋、随分とお綺麗ですのね? それに、どこか香ばしいバターの香りが……」


ルルの鼻が、ヒクヒクと動く。
流石は野心溢れる男爵令嬢。嗅覚が鋭すぎる。


「……気のせいですわ。これは、私の魂が焦げ付いている匂いですのよ」


「魂ってクッキーみたいな匂いがするんですのねぇ。……メアリさん、少し席を外してくださる? 私、ミカ様と二人きりで、積もるお話をしたいのですわ」


ルルがニコリと微笑むと、メアリは「はい……」と不安げに部屋を出ていった。
部屋に二人きりになった瞬間。


ルルは被っていた「聖女の仮面」を、物理的に剥がしたかのような勢いで投げ捨てた。
彼女は私のベッドの端にどっかと腰を下ろし、大きく溜息をついた。


「……ふぅ。やっと二人きりになれた。……ねえ、ミカ様。いつまでその『死にかけの白鳥』みたいな演技を続けるおつもり?」


「……あら。何のことかしら、ルル様」


「白々しいわね。あんなに食い気味に婚約破棄を承諾しておいて。……あの時の貴女の目、あれは獲物を狙う鷹じゃなくて、仕事終わりの親父の目でしたわよ」


私は思わず、素の表情に戻ってしまった。
この女、やはりただ者ではない。


「……バレてましたの?」


「ええ、同業者ですもの。分かりますわ。……それより、単刀直入に言うわね。……殿下、あの方、本当におバカなんですけど、どうにかなりませんの?」


「……はい?」


ルルは私の枕元に置いてあった炭酸水のボトルを勝手に手に取ると、ラッパ飲みし始めた。


「もう無理ですわ! 鏡を見てる時間の方が私と話してる時間より長いですし、愛の言葉を囁く時も自分の顔に陶酔してるだけなんですもの! 『俺を愛しているお前が一番美しい』って、それ褒めてるの自分ですわよね!?」


「……まあ。……それは、お疲れ様ですわね」


私は思わず同情してしまった。
十年間、私が耐えてきた苦行を、今まさに彼女が味わっているのだ。


「ミカ様! 貴女、よくあんなのと十年間も一緒にいられましたわね! 私、もう三日で限界ですわ! でも、ここで別れたら私の『聖女』としてのキャリアに傷がつきますし……ううっ、どうすればいいのよ!」


ルルが私のベッドでジタバタと暴れ始めた。
さっきまでの勝ち誇った態度はどこへやら、今の彼女はただの「ブラック企業の新入社員」のような悲壮感を漂わせている。


「……ルル様。落ち着いてちょうだい。……クッキー、食べる?」


私は布団の中に隠していたクッキーの残骸を差し出した。
ルルはそれをひったくるように受け取ると、ボリボリと音を立てて食べ始めた。


「……美味しい。……これ、あのお店のですわね。……あぁ、高カロリーが五臓六腑に染み渡るわ……」


「……でしょ? 殿下のことなんて忘れて、ダラダラするのが一番ですわよ」


「ミカ様……。貴女、意外といい人ですわね。……私、貴女のことをもっと性格の悪い、鉄の女だと思っていましたわ」


「鉄の女なんて、重たくてやってられませんわ。私は綿飴のようにふわふわと生きていたいの」


私たちが、奇妙な連帯感で結ばれ、王子の悪口で盛り上がっていたその時。


「……何をしている、貴様ら」


窓の外から、氷のように冷たい声が響いた。


そこには、いつの間にかベランダに立っていたクラウスが、信じられないものを見るような目でこちらを凝視していた。


「……クラウス様!?」


「……あ、近衛騎士団の副団長さん」


ルルは口いっぱいにクッキーを詰め込んだまま、間抜けな顔で彼を見上げた。


「……ミカ。お前が『療養中』だというから、邪魔をしないように様子を見に来てみれば……。……その女と何を親しげにしているんだ」


「えーっと、これは……その、女同士の……和解の儀式?」


「クッキーをボリボリ食べながら、殿下の知能指数について議論することが和解なのか?」


クラウスが頭を抱えた。
王国最強の騎士が、今、最大の危機に直面しているようだった。
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