婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。

パリパリかぷちーの

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王弟宮の正門前は、ちょっとしたカオスになっていた。

「通しなさいよ! 私は次期王太子妃(予定)のリナよ! 未来の国母になる私が通りたいって言ってるのよ!」

ピンク色のフリフリドレスを着たリナ嬢が、門番の兵士に向かって金切り声を上げている。

兵士たちは困惑しつつも、槍を交差させて通せんぼを維持していた。

「申し訳ありませんが、アポイントメントのない方は……」

「アポ? そんなの必要ないわよ! 私はミイーシヤに文句を言いに来ただけなんだから! あいつ、私の感動的な『ざまぁイベント』を台無しにして逃げたのよ!」

「はあ……」

兵士たちが助けを求めるように振り返る。

そこへ、私とクラウス様、そして護衛の騎士たちが到着した。

「騒々しいですね。近所迷惑ですよ」

私が声をかけると、リナ嬢がパッと顔を輝かせた(怒りで)。

「あ、いたー! ミイーシヤ! あんたねぇ、呼び出しても来ないし、手紙の返事もしないし、どういうつもりなの!?」

彼女はドカドカと歩み寄ろうとするが、兵士に阻まれて地団駄を踏む。

私は冷静に懐中時計を確認した。

「リナ様。現在、勤務時間中です。私用での面会なら、正規の手続きを経てアポイントを取ってください。最短で……再来月の第三木曜日の午後なら空いていますが」

「さ、再来月ぅ!? ふざけないでよ! 今すぐ話を聞きなさいよ!」

「却下します。私は王弟殿下の筆頭事務官として、一分一秒を争う業務に従事しております。あなたのお遊戯に付き合っている暇はありません」

「お遊戯ですって!?」

リナ嬢が柳眉を逆立てる。

「アレクセイ様が困ってるのよ! あんたが仕事を放棄したせいで、お城の機能がストップしちゃったじゃない!」

「それは私の責任ではなく、引き継ぎ資料を読まない殿下の怠慢です」

「うるさい! とにかく戻ってきなさいよ! 戻ってきて、アレクセイ様に土下座して謝って、溜まった書類を片付けて、それからまた私にいじめられる役に戻りなさい!」

すごい。

清々しいほどの自己中心的な論理だ。

彼女の脳内では、世界は自分を中心に回っているのだろう。

「お断りします」

私は即答した。

「な、なんでよ! 悪役令嬢なら、最後まで悪役らしく惨めに這いつくばりなさいよ!」

「契約期間満了につき、退職いたしました。現在は別の雇用主(クラウス様)と契約を結んでおりますので、二重契約は法律で禁止されています」

「法律とかどうでもいいのよ! 『物語』の都合を考えなさいよ!」

リナ嬢が叫んだ瞬間、隣にいたクラウス様が一歩前に出た。

その瞬間、場の空気が凍りついた。

「……おい」

地を這うような低い声。

クラウス様が放つ威圧感に、リナ嬢が「ひっ」と小さな悲鳴を上げて後ずさる。

「私の屋敷の前で、私の大事な部下に対して、随分な口をきくじゃないか。男爵家の娘」

「く、クラウス様……? なんでこんな女の味方をするんですか? その女は悪女ですよ? 私をいじめたんですよ?」

リナ嬢は必死に可愛こぶって上目遣いをするが、相手は「氷の宰相」だ。効果はゼロどころかマイナスである。

「悪女? それがどうした」

クラウス様は冷たく言い放った。

「彼女が悪女だろうが聖女だろうが、私には関係ない。彼女は『仕事ができる』。それだけで、貴様の百倍価値がある」

「ひどっ! 私だって……私だって、アレクセイ様を癒やしてます!」

「癒やしで国は回らん。必要なのは実務能力だ。……帰れ。これ以上騒ぐなら、『王族への不敬罪』および『公務執行妨害』でその首を跳ねるぞ」

クラウス様がスッと手を挙げると、背後の騎士たちがジャキッ!と一斉に剣の柄に手をかけた。

本気の殺気だ。

リナ嬢の顔が蒼白になる。

「お、覚えてなさいよ! アレクセイ様に言いつけてやるんだから! 『叔父様がいじめた~』って!」

「どうぞご自由に。その頃には、アレクセイ自身が廃嫡されているかもしれんがな」

「ふんっ! ミイーシヤ、あんたもよ! 絶対に許さないから! 今度の王家主催の園遊会で、みんなの前で恥をかかせてやるんだから!」

リナ嬢は捨て台詞を残し、逃げるように走り去っていった。

その背中を見送りながら、私は小さくため息をついた。

「……嵐のような方ですね」

「ただの騒音だ。耳が腐る」

クラウス様は不快そうに肩を払った。

「しかし、園遊会か……」

「何か問題が?」

「いや。アレクセイとリナ嬢が、そこで何か仕掛けてくるということだ。面倒なことになりそうだ」

「そうですね。……では、対策を練りましょう」

私は手帳を取り出した。

「園遊会まではあと二週間。それまでに、彼らが『何もできない』状態まで追い詰めればいいだけの話です」

「ほう?」

クラウス様が面白そうに私を見る。

「具体的には?」

「先ほどの領地の汚職調査。あれを急ぎましょう。あの汚職役人たちのバックには、リナ様のご実家である男爵家がついている可能性が高いです」

「……なるほど。男爵家ごと潰して、資金源を断つか」

「はい。金がなければドレスも買えませんし、工作員も雇えません。園遊会に着ていくドレスがなくて欠席、なんてことになれば平和的解決です」

私が淡々と述べると、クラウス様はククッと喉を鳴らして笑った。

「平和的……か。君の辞書には『慈悲』という言葉はないのか?」

「業務効率化の妨げになりますので」

「最高だ。やはり君は私の運命の相手かもしれん」

「給与明細の発行元という意味でしたら、その通りですが」

「照れるな」

「照れてません」

そんな軽口を叩きながら、私たちは執務室へと戻った。

リナ嬢の襲来は、皮肉にも私とクラウス様の結束(共犯関係)を強める結果となったようだ。

          ◇

それからの一週間は、まさに疾風怒濤の日々だった。

私とクラウス様は、寝食を忘れて……いや、ちゃんと八時間の睡眠と三回のおやつタイムは確保しつつ、徹底的な調査を行った。

私が帳簿の矛盾を洗い出し、クラウス様が実行部隊を使って証拠を押さえる。

その連携は、長年連れ添った夫婦のように阿吽の呼吸だった。

そして、ついに決定的な証拠が見つかった。

「……ビンゴですね」

私は一枚の裏帳簿の写しを見つめた。

そこには、リナ嬢の父親である男爵が、領地の公共事業費を横領し、それをアレクセイ殿下の「遊興費(プレゼント代)」として献上していた記録が残っていた。

「馬鹿な男だ。尻尾を隠す努力すらしていない」

クラウス様が呆れたようにワイングラスを揺らす。

「これでリナ嬢の家は終わりだ。アレクセイも、監督責任どころか共犯として追求できる」

「はい。これを園遊会で突きつければ、チェックメイトですね」

「ああ。……だが、少し残念でもあるな」

「残念?」

「この楽しい『共同作業』が終わってしまうのがな」

クラウス様が熱っぽい瞳で私を見つめる。

最近、この方の距離感が近い気がする。

書類を渡す時に指が触れたり、休憩時間に美味しい紅茶を淹れてくれたり(普通は逆だ)、私の髪についたインクを拭ってくれたり。

「事件が片付いたら、君はどうする?」

「え? もちろん、契約通り働き続けますが……」

「そうか。ならいい」

クラウス様は安堵したように微笑んだ。

「君を手放すつもりはない。終身雇用だと考えてくれ」

「……条件の見直しが必要ですね。年金とか」

「いくらでも払おう」

そんな会話をしていた時だった。

「し、失礼します!」

またしてもハンス補佐官が、今度は青白い顔で飛び込んできた。

「なんだ、今度は。リナ嬢がまた来たのか?」

「い、いえ、違います! 王城からです! 国王陛下より、緊急の呼び出しです!」

「兄上から?」

クラウス様が眉を顰める。

「はい。アレクセイ殿下が、陛下にあることを吹き込んだようで……」

「あること?」

ハンスは言いにくそうに、私の方をチラリと見た。

「その……『王弟クラウスが、魔女ミイーシヤにたぶらかされて、王位簒奪を企んでいる』と……」

「…………は?」

私とクラウス様の声が重なった。

王位簒奪。

国家反逆罪。

アレクセイ殿下は、自分が助かるために、とんでもない嘘を吐いたようだ。

「……なるほど。無能なりに考えたな、アレクセイ」

クラウス様の声が、絶対零度まで下がった。

部屋の温度が下がり、窓ガラスがピキリと音を立てる。

本気で怒っている。

「私を愚弄するのは構わん。だが、ミイーシヤを『魔女』呼ばわりし、巻き込んだことは万死に値する」

彼は立ち上がり、マントを翻した。

「行くぞ、ミイーシヤ」

「へ? 私もですか?」

「当然だ。私の『共犯者』なのだろう?」

クラウス様はニヤリと不敵に笑い、私の手を引いた。

「魔女と魔王の恐ろしさを、骨の髄まで教えてやろう」

こうして私たちは、園遊会を待たずして、王城の謁見の間へと乗り込むことになったのである。

私の手には、決定的な証拠書類(凶器)。

クラウス様の手には、抜身の剣(のような殺気)。

いざ、最終決戦の幕開けである。
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